多少改善されたとは言え世間的に見れば未だ「引きこもり状態」。そんな状態だから、人間関係は必然的にネットを通じたものが多くなる。ブロードバンドの普及により各方面でボイスチャットへの移行が進んでいるとはいえ、依然としてメインとなる会話はチャットやメールなど文字によるものである。
そんな文字をメインとした人間関係の中では、特に相手の性別を気にする必要は無い。現実世界では男性なのに女性の名前とアバターを操る人や、その反対もまた多く存在するはずだ。相手の現実世界の性別など気にしても大きな意味は無く、重要なのはその人の人間性をそのまま受け止めることである。変えることのできない外見や声や性別を強いられ、それが人間関係に大きく影響を与える現実世界に比べれば、それは非常に公平な世界と言えるのかもしれない。
しかし、そのような環境で人間関係を築いていく中でも、「この人は男」「あの人は女」と僕の中でいずれかの性別を割り当てていることに気付く。名前が女性っぽいからとか、操っているアバターが女性の外見をしているからとか、そんな単純なものでは決して無い。何か言葉にできない法則に従って僕はその分類をしているようだ。
相手によってはその判断基準は非常にわかりやすい。とある女性の名前と外見を操る人。僕は、この人を男性だと確信している。なぜなら多くの会話の中で、その人の話し方は非常に論理的で意見にも説得力があるからだ。もちろん女性にだって論理的な話し方ができる人はたくさんいるが、やはりそれは僕の中で一つの大きな判断材料になっているらしい。
しかし、そんな判断基準のわかりやすい人ばかりではないから興味深い。「どうして僕はあの人を男って判断したんだろう・・?」「どうして僕はあの人を女って判断したんだろう・・?」未だにその判断理由が分からない人も多い。
仲の良い友達に聞いてみた。
僕「今、俺が、『実は現実世界では女なんだよ』って言ったら信じる?」
友人「うーん、それは信じられないなー」
僕「それはなんで?どうして俺は男って判断されたの?」
友人「やっぱり、話し方かな〜」
僕「でも、文字だけなら話し方なんていくらでも演じることができるわけじゃない?」
友人「そうだけど、うん、そう言われてみるとなんでだろうね・・、とにかく演技でそれはできない気がする」
みんな、何か言葉にできない法則にしたがって分類しているようだ。とりあえず僕が推測する僕の中の判断基準はこうだ。
男性は文字を「意志を伝えるための道具」として利用している。
女性は意思伝える以外に何かを文字の中で表現しようとしている。
だから、基本的に女性は文字の入力ミスが少なく、顔文字など、言葉以外のものが文字間に入ることが多い。日本語の会話に限らず、英語においても、ty(Thank youの略)やic(I seeの略)を多用するのは男性である。メールよりも即座に反応を必要とされるチャットにおいてそれは特に顕著である。
考えてみると数多くの絵文字を使ってメールのやり取りをする文化も女子高生から始まったものだし、時代を遡れば平仮名を作り出したのも女性である。この男性と女性の感覚の違いは文化に依存しないものなのかもしれない。



