一応僕はそれなりに礼儀とマナーを備えた人間を頑張って演じているつもりなので、電車の中で携帯電話を使うことはまずない(かけてくる相手も、かける相手もいないというのが本当の理由かもしれないが)。とは言え、世間が意外と疑問に思わずに受け入れてしまっているこのルール。なぜ電車の中で通話するのは迷惑なのだろう。普通に会話をするのは許されているのに、携帯を通じて会話をするのはいけないのだ。考えてみると妙な話である。
誰もが言いそうな携帯を使用してはいけない理由の一つをまず潰してしまおう。よく「心臓ペースメーカーを誤作動させるから」という意見があるが、実は過去、携帯電話が心臓ペースメーカーの誤作動を引き起こしたという例はないのだそうだ。先月書いたテーマ「電波オフ」で、「いったいいつまで心臓ペースメーカーは携帯の電波に影響されるのか?」という疑問を僕は投げかけていたが、その答えがここにあった。「携帯の電波が心臓ペースメーカーに影響を与える」というどこかの学者が唱えた説があるから、公共機関は「携帯電話の電源を切るように」といい続け、誤作動を起こした例が過去ないから、メーカー側は特に改善する必要に迫られなかったのである。
考えるてみると、携帯の電波が本当に心臓ペースメーカーの誤作動を引き起こすのなら、
「今からこの会場の誰かを呪い殺して見せましょう。知っていますか皆さん?呪いは殺人罪にはならないのです」
なんて言って、見つからないようにポケットの中に忍ばせた大量の携帯電話から電波を発信する。そして、その途端、客の何人かが心臓をおさえて苦しみだす。こんなインチキ占い師が今頃現れていたかもしれない。
話が脱線してしまったが、一応、自分なりに携帯電話での通話が周囲の人に迷惑な理由を一生懸命考えてみた。
耳に聞こえる範囲の会話は、意識的に聞こうとしようがしまいが耳に入ってくる。そして、その会話に矛盾があることでそれを聞いている人に不快感を与えるのではないだろうか。例えば、同じ車内で仲のよさそうな男女が会話している分には、言葉のキャッチボールが矛盾なく聞こえてくるので気にならないが、携帯電話での通話の会話は、一方から発信される言葉しか周囲の人に聞こえないためひどく気になるのではないか。
いかがだろうか。かなりこじつけ感が強いが、これぐらいしか思いつかないのである。なんにしても日本で電車を利用する人すべてに、携帯電話の電源を切るように呼びかける理由としては弱い気がする。
車内での携帯電話ので通話の可否についてとは話が反れるけれど、電話での会話が不快に感じる原因って声の周波数みたいのが違うのではないかなって思ったのだけれどね。
対人での会話では人の声の周波数またはトーンっていうのかな、それって低いと思うの。
でも相手が面前にいない場合、声のトーンって高いと思わない?
それが不快に感じられるんじゃないかな、そして倦厭される。。。望まれないマナーになる。
そんなのも原因のひとつかなって。
Posted by: じゅん : 2007年01月10日 22:22>じゅん
理由の一つとしてはありそうですね。
でも、電話したときに声のトーンが高くなる人って
いつでもどこでも携帯を使って会話をするっていう、
携帯生活に慣れきった最近の若い世代には少ないような気がするな。
「電話とはあらたまった話をするもの」という意識の根付いている
40代または50代よりも上の人の特徴って気がするな。
電車内での通話が「マナー違反」として認識されていなかった頃には気にならなかったけど、「マナー違反」と認識されるようになってからは気になるようになった。僕としては声の大きさや会話の内容云々よりも「公共のマナーを平気で破るふてぶてしさ」に腹が立ちますね。
Posted by: nori : 2007年01月11日 12:38>nori
>「公共のマナーを平気で破るふてぶてしさ」
それはあるでしょうね。
多くの人が現在それを理由に不快な思いをしているのだと思います。
でも、それが理由だとしたらそもそも
そのマナー自体不必要ってことになってしまい
なんか妙な感じですね。
何かに使うためにお金を稼いでいたけど
いざ貯まってみるとあまりそのものが欲しくなくなった。
だけど、これから何かまた欲しくなるかもしれないから
とりあえず金を貯めておこう。
とか
外出するために車を買ったけど
考えてみると特に行きたい場所もない。
でも車があるからとりあえずドライブしてみる。
というように
本来「目的」のために「手段」を用いるはずなのに
「目的」がなくなってしまったために
「手段」が目的になってしまうことがたびたびあります。
今回の件は
初期の携帯電話の大声で話さないと音を拾われなかった頃の「不快」。
そしてその「不快防止」のための手段として「マナー」が存在していたのに、
携帯電話の通話品質が上がって小さい声でも通話できるようになり
「不快」自体がなくなってしまったために
「マナー」自体が目的となった珍しい例かもしれませんね。
まぁ、今でもやたらでかい声で携帯に向かって話しかける人も多いし、
単純にそういう人たちのせいで残っているマナーかもしれないけど(笑)
>電話したときに声のトーンが高くなる人って
>いつでもどこでも携帯を使って会話をするっていう、
>携帯生活に慣れきった最近の若い世代には少ない
そう!そう思う?いいトコついているね。
学生の頃に人のコミュニケーションの現象で好意を持っている人への声のトーンは上がるという研究結果があるというのを勉強したことがあるのだけれど、相手が見えない場合、見えない分人はなるべく印象を良くしよう、もしくは少なくとも悪い印象を与えないようにという意識が働いて、まさに電話なんかがいい例なのかなって。
でも電話、特に携帯電話がこんなにまで普及している今、このコミュニケーション現象が果たして当てはまるものかって言うのはちょっと疑問符だなって思ったよ。
学問って時代と共に変わるんだな〜。。。
本題とかけ離れてしまったけれど、いいとこついていると思いました。
>じゅん
>そう!そう思う?いいトコついているね。
え、ああ、そすか、どーもどーも。
>学生の頃に人のコミュニケーションの現象で
>好意を持っている人への声のトーンは上がるという研究結果があるというのを
>勉強したことがあるのだけれど、相手が見えない場合、
>見えない分人はなるべく印象を良くしよう、
>もしくは少なくとも悪い印象を与えないようにという意識が働いて、
>まさに電話なんかがいい例なのかなって。
>でも電話、特に携帯電話がこんなにまで普及している今、
>このコミュニケーション現象が果たして当てはまるものかって言うのはちょっと疑問符だなって思ったよ。
しかし、見えない相手に対して印象をよくしよう、という意識から
声のトーンが変わるというのであれば、
別に携帯電話も例外ではないはずだから、
最近の携帯電話の使い方を見ると、
どうやら別の理由があるって考える方が自然だよね。
ついでに今思ったのだが、
実際に耳で聞いて心地いいのは高い音よりも低い音だとおもうだな。
やっぱり人間の行動はわからないな。
>本題とかけ離れてしまったけれど、いいとこついていると思いました。
いやいや、どーもどーも。
Posted by: masato : 2007年01月12日 00:42


