ブロードバンドの普及により映像番組(PCもあるので「テレビ番組」とは敢えて呼ばない)はオンデマンドへと徐々にではあるが移行している。有料で番組を配信する企業はまだ多いが、GyaOのようにCMを効果的(※1)に入れることによってスポンサーからの収益を制作費に充て、無料で配信する企業も存在する。僕自身はGyaOのみしか利用したことがないので比較はできないが、個人的には無料配信へと視聴者は流れていくものと予想している。
さて、CMを挿入してスポンサーからの収益を得ている以上、視聴率こそが番組制作側にとってもっとも重要なものであることは今までと変わらない。しかし、オンデマンドという配信形態においては、「視聴率」はこれまでと少し異なる。テレビ放送において、「視聴率」とは全国に1万世帯程度という少ない標本数からの算出であったが、オンデマンド配信においては何回視聴されたかを正確にカウントすることができる。そして、すでに一部のオンデマンド配信サービスでは開始されているが、番組を視聴した視聴者がその番組について評価ができるシステムも今後広がっていくことだろう。そしてその各々の番組に対する視聴者の評価は、その後その番組を見る視聴者の数に大きく影響を及ぼすはずだ。
つまり、今までは、番組の予告を事前に放送したり、新聞のテレビ欄のコメントで視聴者に「面白そう」と思わせれば視聴率を稼ぐことができた。(サスペンスなら「温泉」とか「美女」がやたらとテレビ欄に目立った)。ところが今後は、スポーツや最新ニュースのようなリアルタイムで見ることにこそ価値がある番組を除けば、「面白そう」ではなくて「面白かった」でなければ視聴率の稼げない時代がやってくるのである。
そう、少しずつ番組は変わる。面白いものに、内容の濃いものに。まだ時間はかかるだろうが。期待している。
すべての人間は、生まれ持った能力と、その環境に従って生きているだけである。ここで言う「能力」というのは生まれ持った才能は勿論、容姿や身体の大きさなども含む、そして「環境」というのは親や友人、そしてその人が受け取るすべての情報を含む。
当たり前である。このような考え方をすると、その人が持っているもの以外の世の中すべてが「環境」に属してしまうのだから。この考えを自分以外の人間に用いることはお勧めしない。なぜならこの考えを用いると、世の中にすごい人はいなくなってしまうから。メジャーリーグでシーズン最多安打を記録したあのイチローでさえ、生まれ持った能力と、その環境に従って生きてきただけなのである。
だから、ときどき自分自身にこの考えを当てはめてみよう。そうすれば、どんなときも決して自惚れることはない。
毎年オフシーズンには審判の判定についての議論がされる。この時期はプロ野球でビデオ判定の導入が議論されているらしい。往々にして反対派の意見はこうだ「人間の目で判定するからこそスポーツだ」。なんて説得力のない意見なのだろうかか。
もちろん、そのスポーツの普及のために、そのルールはある程度人間の目で判定できるものでなければならない。例えば、極端な例になるが、野球で「バッターとピッチャーの緊迫感を出すために時速90キロ以下の球はすべてボール」などというルールを付け加えようとしても、それは人間の目で判断できるレベルを超えているので止めさせなければならない。
しかし、その人の人生や国の威信のかかっているような試合の場で、いつまで人間の目だけに判定を頼っているのだろうか、サッカーで言えば、ラインを割ったか割らないか(オフサイドまで判定できれば最高だが)。野球で言えばフェンスを越えたか超えないか、ポールの内側を通ったか外側を通ったか(こちらもアウトかセーフかまで判定できれば最高)。それ以外にも審判の見えない場所における事実確認など、今の技術なら容易にできるはずだ。
テニスではずいぶん前からライン付近にボールが落ちた場合音がなるようになっている。それによってテニスの楽しみが少しでも薄れただろうか。市民マラソンでさえ靴にセンサーをつけて走る時代、一体いつまで混乱を招くような努力を続けるのだろう。
1時をまわっても目が冴えていたので最近見続けているアニメの「デスノート」を見逃さずに済んだ。病室ではおのおのイヤホンで音を聞きながらテレビを見ることになっているのだが、それでも消灯時間過ぎるとカーテンを閉めていても部屋中に光が漏れる。そのような理由から自分一人というのは気楽である。
6時には目を覚ます。顔を洗ってひげを剃ってベッドに戻ると、再びウトウト。
S先生「おはよう」
僕「あ、おはようございます」(~_~)..zzZZ
現状の僕の状態について報告すると、しばらくは体調のいいときと悪いときを繰り返しながら回復に向かうはずだという説明と、しばらくの間、腰に負担のかかるような重い物を持つのは控えるように言われた。
再びウトウト
看護師「おはようございます」
僕「あ、おはようございます」(~_~)..zzZZ
退院の手続きと次回の診察の予約表を渡される。次回は1月下旬だそうだ。
再びウトウト
事務の女性「すいません」
僕「あ、はいはい」(~_~)..zzZZ
事務の女性「じゃあ、これを帰り際に会計に出してください」
明細を渡される。保険が効くか効かないかはもっとも気になる部分で、最初にこの「脳脊髄液減少症」について知った「報道ステーション」での特集では、10月から保険が効かなくなるため、検査から治療まで約30万円かかるということであったが、費用は30,960円で、どうやらすべて保険が適用されているらしい。この辺の事情については改めて調べてみる必要があるようだ。
帰り際少し吐き気を覚えたので、さいたま市の自宅までタクシーで帰宅。約25,000円。
病院の朝は早い。いろんな人の動き出す音が聞こえて目を覚ますとまだ7時前、目が覚めても大した違いはない。もう慣れてしまった視野の違和感と耳の後ろの頭痛は相変わらずである。もちろん治るにしても時間がかかることは聞いていたのだが、どこかで次の日にはすべてが回復している、みたいな奇跡を期待したりもしていたのだ。
朝食を摂ってからまた点滴を開始し、ベッドの上半身部分を持ち上げてしばらく本をよんだ。またウトウトしていたら看護師が昼食を持ってきてくれた。昼食の到着を伝える館内放送に気付かなかったらしい。
「カーテン開けるよ。だって閉めておく必要ないでしょ。」
そう言ってカーテンが開かれると、なんと今朝までいたはずの他の5人のベッドはきれいさっぱり。5人とも退院してしまったらしい。
夕方になると腰の痛みはかなり治まってきて、点滴の袋のぶら下がった金属の棒(なんて名称なのだろう)を転がしながら、歯磨きに行ったり、別の棟にある売店近くの自動販売機にコーヒーを買いに行ったりした。昼間寝過ぎたせいか消灯時間が過ぎても寝れるはずもない。
23時半を過ぎた頃、12月だというのに、雷鳴が鳴り響く。病院の夜は少し楽しい。ドラマなんかだと怖いイメージがあるが、常に誰かが動いている気配があるのでそんなことはない。子供の泣き声や、いびきや、看護師の歩く音が常に聞こえている。
さて今日から入院である。朝からまた横浜南共済病院へやって来た。11時頃到着し、受付で名前を告げてしばらく待つと病室に案内された。6人部屋のもっとも入口に近い左側。テレビと冷蔵庫が一人一台づつ備え付けられている。部屋自体はナースステーションから最も遠くに位置していて、それはつまりこの部屋の入院患者は自分の事は自分でできる人だけだということだ。看護師A(男性)の説明によるとブラッドパッチの治療は15時半頃を予定しているという。また、治療後に気分が悪くなる人も多いので昼食は半分程度に控えるように言われた。
昼食がナースステーション前に届いたとの館内放送があり、自分の分を取りに行くとあまりの少なさにビックリ。すべてを食べたところで普段食べている量の半分に満たない。というわけで看護師Aの忠告を無視して完食。ウトウトしながら2時半頃になると、看護師がやって来て、S先生(担当医)に手術が入りそうだから先にブラッドパッチをやってしまいたい旨を告げられる。というわけで予定より1時間程早く治療を行う事となった。
しばらくして処置室に案内されて、そこのベッドに横たわる。体の右側面を下にして膝と頭をつけるようにして丸くなり背中を突き出す。まずは左手に点滴用の針を刺す。
プス
続いて背中に痛み止めの麻酔を注入する。
S先生「今、いい感じで腰を曲げているので、これから麻酔を刺しますけど痛みで腰を引っ込めないでくださいね」
これは4日に受けた脳槽シンチ検査でもやったので予想の範囲内。
プス
看護師達が雑談している。
看護師B(女性)「次の患者さんは三重から来たんだって〜」
看護師C(女性)「三重からブラッドパッチを求めて、いやS先生を求めてかな、すごいですね〜」
なるほど、この先生はそんなにすごい人なのか、運が良かったかも。
S先生「今生理食塩水を注入してまーす。手足がしびれたりとかしてないですか?」
僕「今のところないです。」
麻酔のせいで感覚はないのだか背中にまた針を入れてるのだろう。
しばらくして今度は何か細いもので背中の中をかき混ぜられているような感覚が。(もちろんこれも痛みはないのだが)
S先生「はい、今いい感じで針が刺さってます。あとは血液を入れるだけですよ。」
いい感じ?一体どんな状況なのだろう。背中を見たいような見たくないような・・・・見たくない。
今度は看護師Aが僕の右手をとり採血を始める。
プス
2本分の40ccの血液を採り終わるとすぐに
S先生「では今から入れて行きます」
すると背中に妙な感覚が、背中の一部分が無理に広げられているような、「痛い」というのかわからないがとにかく辛い。
S先生「手足がしびれたりとかしていませんか」
僕「ないです」
S先生「頭に何か抜けるような感じはないですか」
僕「いえ、特には。ただ耳鳴りがしてきたような」
S先生「圧が変わりますからね。辛かったら言ってください」
僕「あ〜、ちょっと辛いです」
S先生「はい、じゃちょっとストップ」
背中の表面近くに注入された血液が少しずつ体の奥の方に染み渡って行くような感覚とともに辛さが軽減。
S先生「大丈夫ですか?じゃ、続いて行きます」
僕「は〜い」
再び同じような感覚が襲う。
S先生「はい、今20ccはいりました、もう一本いきま〜す」
僕「はい〜」
また、再び同様の感覚が。
僕「あ〜、ちょっと辛いです」
S先生「はい、じゃちょっと休憩。今全部で32cc入りました。あと8ccです。どうしても辛いならもう30cc入っているのでここで止めておきますけど」
僕「いえ、行っちゃってください」
S先生「はい、じゃあいきま〜す」
再び同じ感覚が。
僕「あ、辛い〜」(この辺で敬語がなくなった)
S先生「はい、ストップ、あと3ccです。」
僕「はぁ〜、ふぅ〜」(深呼吸)「はい、お願いします」
S先生「はい、じゃあゆっくり行きます。」
・
・
S先生「はい、終わりました、じゃ、絆創膏貼っておきます」
全身、冷や汗でぐっしょり。そのままストレッチャーで病室まで運ばれる。ストレッチャーを押してくれているのは再び看護師A
看護師A「どうでした〜?」
僕「いや〜予想以上に辛かったです」
看護師A「昨日の患者さんなんか5ccぐらい入れたら『もう駄目だー』って言ってましたよ、あはは」
笑えない・・
その後は2回の点滴を受けながらベッドで横になる。この病院では点滴の針は常に左手に刺したままで、チューブ部分のみを変えるようだ。前回のさいたま赤十字病院に入院したときは点滴のたびに針を刺したのだが今回はそれがないのが嬉しい。病院による機器の違いなのかそれとも4年の間の技術の進歩なのか。
夕食前に尿意をもよおして、点滴ごとトイレへ行くが、長くたっていると血液を注入した部分にまた嫌な感覚が起きる。そのためその後はずっとベッドで横になる。夕食を看護師が運んできてくれた。昼食を食べてから箸を洗っていないのだが洗いに行く気力もないので気にしないようにしてそのまま使用。
10時の消灯時間を過ぎると、となりのベッドから強力ないびきが聞こえてくる。どこでもどんな状況でも眠れる僕としては眠るのに支障はないが、起きている分にはイライラさせられる。このいびきで眠れなくなる人ってたぶんいると思う。
なんか今日はクリスマスみたい。そういえばクリスマスって誰かの誕生日だったような・・・そうだ、弟の誕生日だった。とりあえず僕は一人でクリスマスにクルシミマス。
さて、明日から入院するわけだが、僕にとってはこれが2回目の入院となる。1回目は約4年前。サッカーの試合中に左足を骨折したのが原因である。僕が雪の中を半そでで走り回ろうと、雨の中をずぶ濡れになろうと、めったに風邪をひかないし、アホみたいに健康なのは自分がサッカーをやっているせいだと思っていた。でも皮肉なものだ。サッカーをやっていなければこの2回の入院はなかった。
最近病院に行く機会が多いから良く思う。この国民のほとんどに携帯電話が行き渡った時代、一体いつまで心臓ペースメーカーは携帯の電波に影響されるのだろう。そんなことを考えながらふと思った。「電波オフ」。そんな機能があればいい。携帯で写真が撮れる時代だから、携帯で音楽が聴ける時代だから、携帯でファイルが開ける時代だから、携帯で文章が書ける時代だから、電車の優先席の前でも病院の中でも「電源オフ」しないで「電波オフ」。
「病気」と「怪我」ってどう違うんだろう。どちらも「大変だな〜」とか「つらいだろうな」と思うことには変わりはないが、「怪我」と聞くと少し「カッコイイ」と思ってしまうのは僕だけだろうか。僕に4回の骨折経験があることを知ると、「私も一度骨折してみたい」なんて言っていた友人もいたから、そんな感想を抱く人は他にもいるのだろう。考えていても仕方がないので調べてみた。Goo辞書より。
【病気】
肉体の生理的なはたらき、あるいは精神のはたらきに異常が起こり、不快や苦痛・悩みを感じ、通常の生活を営みにくくなる状態。
【怪我】
不注意・不足の事態などのため、身体を傷つけること。また、その傷。
だそうだ。ということは、今の僕の状態は「怪我」だ。なんか少しいいかも。
今月4日に大宮の自治医大病院で脳脊髄液減少症を確認するための脳槽シンチという検査を受け、それによって脳脊髄液減少症であることが確定し治療を受けることになったわけだが、治療を行っている病院は限られており、自治医大の担当医が近場のを候補として挙げてくれた、山王病院、日本医科大学、横浜南共済病院である。山王病院はどうやら保険が効かないらしく治療費が高くつくらしい、日本医科大学はどうやら早くても来年の5月になってしまうそうだ。そして残された横浜南共済病院、こちらは行って診察を受けてみないとどれくらいの時期に治療を受けられるかわからないと言う、というわけで母に付き添ってもらって横浜南共済病院まで行くことにした。
最寄り駅が京浜急行の追浜(おっぱま)という駅なのでJR東大宮駅から湘南新宿ラインで横浜まで行って、そこから京急に乗り換えるというルートを選んだ。母が電車に乗りなれていないということで最も乗り換えの少ないルートを選んだわけだが、電車に乗るにあたって脳脊髄液減少症の症状の一つである乗り物酔いが少し障害となるわけだ。もちろんその症状があるからこのルートを選んだのだが、単純に早く目的地に着けば嬉しいかと言うとそんなことはない、いつ吐き気が襲ってくるかわからない状態においては、長い間止まらない湘南新宿ラインよりも、気分が悪くなったらすぐに降りられる各駅停車の方が気分的には楽なのである。
とりあえず今回は、途中少し怪しい気配を胸の辺りに感じながらもなんとか無事にたどり着くことができた。紹介状を持ちながらも予約無しの初心と言うことで3時間ほど待たされて診察を受けた。担当医はS先生。横浜南共済病院がこの治療を行っているというよりも、このS先生がこの治療を行っていて、最近になって川崎の病院からこの病院に移ったということである。自治医大病院から紹介状と共に渡されたMRI画像と、脳槽シンチの結果の画像を見て、すぐに聞いてきた。
「年内にやりますか」
早くても3月頃だろうと思っていただけに心の準備ができていなかったが、それでも断る理由はないので
「お願いします」
ということで12月25日から27日まで入院することになった。
その後治療ないようについていくつか聞いてきた。治る確率は70%程度だという。僕の症状が始まったのが2年程前であることを告げると渋い顔をした。先生が言うには、症状が出始めてすぐにブラッドパッチの治療を施した人はスパッと綺麗に治ることが多いと言う。ブラッドパッチを施したことによって治るか治らないかは、それによって髄液の漏れが止まるか止まらないかによるものではなく、ブラッドパッチをすれば大抵の場合髄液の漏れは収まるのだという。しかし長い間髄液が漏れていた人は、髄液の循環自体が通常とは異なる流れになってしまっていて、それによって髄液の漏れを塞いだとしても、元の流れに戻るまでに時間がかかったり、いつまでたっても戻らなかったりするそうだ。
さらに僕の今の症状について尋ねてきた。頭痛とめまい、吐き気に主に悩まされていることを告げると、頭痛とめまいであれば治りやすいと言っていた。ちなみに治りにくいのは、味覚がおかしくなっていたり、手足がしびれたりする症状だそうだ。
同じ日の少し前に診察した女性について話してくれた。その女性はフライトアテンダントで乱気流で機体が揺れた際に腰を強く打ち付けて、それから乗り物酔いが激しくて仕事をするのがつらくなったという。そして1週間ほど前にブラッドパッチの治療を受けて、もう全くめまいなどの症状が消えたという。その女性は症状が出てから半年ほどでブラッドパッチの治療を受けたという。
また、4日の脳槽シンチの検査の後に始まった頭痛が治まらないことを言うと、脳槽シンチの検査は髄液を漏らす検査だから、本来はこの検査で髄液が漏れていることがわかったらすぐにブラッドパッチの検査をすることが理想だという。とはいえ自治医大病院側にも、脳脊髄液減少症であることがはっきりしないと紹介状を書きにくいという都合もあったのだろう。
頭痛についてもどこが痛いのか具体的に聞いてきた。耳の後ろあたりであることを告げると、その症状であれば治りやすいということを言われた。もし頭が痛くて、普通の頭痛のように頭を抑えるのであれば、それは脳脊髄液減少症の症状ではないということだ。
入院などの諸手続きについても一通りの説明を受けたあと、心電図と採血と胸部レントゲンを撮って病院を後にした。ちなみに最近、この脳脊髄液減少症が注目されているのは10月から保険の適用外になることによるものだが、この日の診察にも保険は適用されていたし、4日の脳槽シンチの検査でも保険は適用されていた。この日の先生の話にも保険が効く効かないについての話はなかった。
最近PCの性能に不満が募る。いや元々不満はあったのだが、なんとか目をつぶってきたのである。だが、最近はソフトの切り替えの時間に耐えられなくなってきた。
どんな状況かというと、多くの人と同じように常にブラウザが立ち上がっている、勿論タブブラウザ必須で自分はFirefox派なのだが、そのブラウザにmixiとMySpaceとスペースアルクとWikipediaが常に開いている(あとはそのときに応じて他のサイトが5つぐらい)。コミュニケーションのためにMSN MessengerとSkypeもまた常に立ち上がっている(TeamSpeakも導入したいところだが)。さらに最近は英語の勉強のためにBBCニュースを聞いているので、WindowsMediaPlayerも常に立ち上がっている。あとは思いついたことをいつでもメモるためにテキストエディタも当然のように生きているが、こいつは他のソフトに比べればかわいいものだ。これだけ立ち上げておきながらメーラーを立ち上げてないのが面白い(すべて携帯に転送している)。そして当然のように曲者のSecondLifeも立ち上がっている。ついでにGoogleEarthも常駐させておきたいのだが、とりあえず手元に置いてある地図帳でしのいでいる。
回線の太さは今のところ気にならないが、ソフトの切り替えの時間には毎回イライラさせられる。仕方ないのでWindowsMediaPlayerとFirefoxとMSN MessengerはMac側で動かしているが、ときどきPhotoshopを開いて画像を作ったりするときなどはどちらもいっぱいいっぱいである。日本語と英数字の切り替えのキー操作をよく間違えるのがMacとWindowsの二刀流の人には共通の悩みだろう。とりあえず上に挙げたソフトが常に立ち上がっていれば僕としては「準備完了」といったところだ。彼等を軽く動かせるようなPCが欲しいものだ。
「もうこれ以上は増やさない」と今のところ思っているが、技術の進化と共に要求も増すことを実感しているこのごろである。(ちなみに新聞は相変わらず紙で読んでいるし、)
今日、僕が悩まされている病気が脳脊髄液減少症というものであることが確定した。10月23日のこの病気について新聞に掲載されているのを見て、その後11月20に頚椎、胸椎、腰椎のMRI検査を受け、肝臓の上に髄液が漏れていると思われる白いモヤが映っていることを告げられ、本日さらに髄液の流れを調べるために、脳槽シンチという検査を一日がかりで行い、先ほど担当医から明らかに髄液が漏れているということで、その病名を改めて告げられた。原因と思われる2005年1月9日のサッカーの試合中による激突からなんと694日である。
この694日の間にももちろんこのような状況にならなければ経験できないことをたくさんした、が、それにしても649日は長すぎる。脳脊髄液減少症という病名を知らなかったばかりにここまで時間がかかってしまった。「知識のない人は損をする」という僕の信念を今回は身をもって体験してしまったわけである。
とりあえず、まずは一安心。もちろんこれで治ることが決定したわけではないので、何が一安心かというと、症状が始まってからこれまでの間、神経症だったり、自律神経失調症だったり、ストレスによる内耳性眩暈だったり、とにかく精神病という診断を受けてきたのである。精神病というのは診断を受けて初めて分かるつらさがある。もちろんその症状もつらいのだが、精神系の病という診断を受けるということはつまり「あなたの現在の物事への取り組み方ではあなたの心は耐えられません」と言われているようなもので、つまり生き方そのものを否定されたような気分になるわけだ。僕は常に自分の中に強い心を育もうとして生きてきたのに、精神病の診断を受けるたびに「僕の心はそんなに弱いものだったのか」と考えさせられたわけである。とりあえず、今日の診断の結果を受けて、やっぱり僕の心はそこまで弱くなかった、と思うことだできた。それが一安心というわけである。
さて、これから治療へと移る訳だが、半年ほど時間がかかりそうである。というのはこの病気を治療できる医師がまだ少ないこと、そして最近になってメディアなどでこの病気が取り上げられたために、治療を求める患者が殺到しているということ。日本の医療もまだまだである。
とりあえず「脳脊髄液減少症」という病名を広く知ってもらうこともこれからの僕が生きる目的の一つになりそうだ。



