「すべての人の命は等価」。そんなことを自信を持って主張できる人は少ないだろう。いるとしたらその人は、家族や友人などの親しい人のいない寂しい人間に違いない。なぜなら親しい人間の価値が見ず知らずの人よりも高いのは、感情を持った人間ならば当然のことだからだ。では見ず知らずの人の命ならばそれは等価だろうか。この問いに対してもこんな反論が予想される。先の人生の短い老人の命よりも、未来のある若い命の方が価値がある、と。では、見ず知らずの人で同じ年齢だったらその命は等価だろうか。この問いに対しては「イエス」と答える人が多いのではないだろうか。
以前、「子供の臓器移植」というテーマを書く際に知ったことである。重い心臓病を患う1歳の男の子、松田京大(けいた)君がアメリカでの心臓移植をするために、移植に必要な治療費など8,000万円を目標に募金活動を行った。その結果、9月8日の「けいた君を救う会」のサイトで目標額到達の報告がされている。一人の子供を救うために8,000万円もの募金が集まったのだ。すばらしいことだと思う。見ず知らずの人のために多くの人が募金を惜しまなかった結果、幼い一つの命が助かるかもしれないのだ。しかし、本当にそう素直に喜べるのだろうか。
発展途上国の子供達を支援するユニセフのサイトを見てみた。サイト内の募金のページにはこんな説明がある。3,000円で失明から子供を守る1年分のビタミンAカプセルを700人分。4,000円で下痢による脱水症から子供の命を守る経口補水塩を623人分。8,000円で肺炎から子供の命を守る抗生物質5日分を299人分。
多くの人から見れば、京大(けいた)君も発展途上国の子供達も見ず知らずの幼い命で、そこに大きな差はないはずだ。つまり、世界の現実を知っていれば、たった一人の人間の命のために8,000万円もの募金が集まるはずがないのである。言葉は悪いかもしれないが「下手なお金の使い方」としか言いようがない。それでも現実にはそれだけの募金が集まっている。これをどう説明しよう。
結局みんな自分の行動が引き起こす結果など大して気にしていないのではないだろうか。「いいことをした」「人の役に立った」と満足感に浸るためには「善意の行動」だったらなんでもいい。目の前に募金箱を差し出されたから、それが数ある「善意の行動」の中で最も選びやすい選択肢だったから。だから深く考えもせずにそこにお金を入れただけなのではないだろうか。
誤解を招かないように言っておく。別に京大(けいた)君に恨みはないし助かればいいと思っている。ただ、たった1人の命が助かるよりも、大勢の人の命が助かったほうがいいと思っているだけだ。特別珍しい考え方ではないはずだ。
せっかくこういう機会なのでユニセフに募金しようとしたら
サイトからはクレジットカードによる募金しかできないらしい。
銀行振り込みによる募金の窓口があればいいのだが。
大手のオンラインショッピングのサイトなどならともかく、
ユニセフのサイトでクレジットカードを使うのは抵抗がある。
どうやら俺はわずかな詐欺被害のリスクによって
発展途上の国々の子供達を救うのを放棄するらしい。
どうしようもない俺。
さらに入力フォームの選択肢も気になった。
↓
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募金先をお選びください。
〇スーダン・ダルフール緊急募金
〇アフガニスタン復興募金
〇アフリカ緊急募金
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こんなもの一つに選べないって。入金したものを三分割してくれればいいのに。
さらにサイトを巡っていたら、振込用紙を請求すれば
時間はかかるが銀行振り込みによる募金もできるということだったので
請求しておきました。(自己満足)
ボランティアはもっと気軽に参加できるシステムにしてしてほしいですね。骨髄バンクも以前登録しましたが、めんどくさいことこの上ない。献血みたいに気軽に出来ないとドナー登録者は増えないですよ。
ちなみに偽善でもいいのではないですか。やらない善よりやる偽善ですよ。いいんですよ、自己満足でも。要は結果ですよ、何事も。僕も自己満足的な部分はありますが、別にそれはそれでいいかなと思ってますよ。
ちなみに全ての命が等価だとは私も思いませんよ。酒に酔って運転して人の命を奪うよな輩と、一所懸命額に汗して働いている人の命が等価だとは思えない。そんな人は刑務所に入れるのも税金の無駄ってもんですよ。更正プログラムなんてのも下らない。いい年した大人を更正してもきっとまた同じこと繰り返すに決まってる。そんなことに我々の血税が使われていると思うとがっかりですね。
あ、話がそれましたね。すみません。
Posted by: nori : 2006年10月19日 09:14>nori
システムに関しては本当に整備が足りないですね。
臓器移植もドナー登録も今のシステムでは増えないでしょうし、
先ほどユニセフに募金のための振込用紙を請求する際の応募フォームでも
何度電話番号やメールアドレスを聞きなおされたことか。
あと、自分もボランティアは自己満足でいいと思いますよ。
偽善と言われようがその結果がいいものならば問題ないと思います。
しかし世の中には、目の前にある「善意の行動」によって
それが引き起こす結果すら考えもせずに行動している人がいる。
そういう状況を目の当たりにしたときは不安を感じますね。
本文で書いた以外に「善意の行動」で「結果を見ていない」と思われる例を挙げると、
最近では増田剛さんのチェーン日記などがいい例ですね。
ちなみに自分の考えでは自己満足がなければ
人助けなんて誰もしないとも思っています。
このことは以前議論した「人は損得で行動する」で言いましたね。
ボランティアは「満足感」を見返りとしての行動ということです。
>酒に酔って運転して人の命を奪うよな輩と、
>一所懸命額に汗して働いている人の命が等価だとは思えない。
>そんな人は刑務所に入れるのも税金の無駄ってもんですよ。
>更正プログラムなんてのも下らない。
>いい年した大人を更正してもきっとまた同じこと繰り返すに決まってる。
この部分はずいぶん過激ですね。
まさかnoriさんからこんな意見が聞けるとは思わなかったです。
自分も飲酒運転なんて大っ嫌いで
ニュースを見ていると犯人に強烈な怒りを覚えることはありますが、
更正の機会を奪おうとは思わないですね。
インターロック装置や免許証を差し込まないとクルマが動かない装置を
早く導入すればいいとは思ってますけどね。



