タレントの向井亜紀さん(41)夫妻が米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届に関するニュースが世間を騒がせている。東京都品川区は双子の出生届を受理するよう命じた東京高裁決定を不服として、最高裁への許可抗告を同高裁に申し立てたが、品川区長の発言は決して代理出産を否定しているものではない。世の中の流れを考えると恐らく最高裁でも同様の判決が下されるだろうし、そうなるべきだと個人的にも思う。
なぜなら、出産の形が異なるだけで、生まれてきた子供は、向井亜紀さんが子宮を失わなかったら生まれてきたと思われる子供と変わらないからである。むしろこの場合に「出産者を母」という定義を適用する方がはるかに無理があると感じる。「出産者を母」という定義を適用すれば、全く似ていない親子が存在してしまうことになるのだから。想像してみるといい、日本人の顔をした子供の実の母親が青い目と白い肌に金髪をなびかせているところを。
さて、そうなると気になるのは母親、父親の定義である。現在の民法では「出産者」を母親とし、出産時に婚姻関係にあった男性を父親としている。(出産時に婚姻関係がなかった場合は認知した男性が父親)。今回の出生届けが受理されるなら、母親の定義は「出産者」から「卵子提供者」とするべきなのだろうし、男性の定義も「精子提供者」とするべきなのだろう。
さらに出生届を受理したなら、日本国内での代理出産の是非についても触れないわけにはいかないだろう。個人的には代理出産も認められるべきだと思う。現在の技術で不妊に悩む夫婦が子供を授かる手段があるのなら、特に少子化が問題とされる今、それを認めない理由はないと思うし、なにより国境を超えることに抵抗がない現代においてアメリカで(正確にはカリフォルニア州で)代理出産が認められているなら、国内で認めないことにそれほど意義があるとは思えないからである。
現在、日本人の代理出産希望者の多くはアメリカでそれを行っていて、その費用は最低でも1,000万円はかかると言う。そのため「国内でも代理出産を認めるべき」と発言するとこんな反論が予想される。「代理出産を認めると不妊で悩む夫婦の中で経済的に裕福な人だけが子供を授かることができてしまって不公平だ」と。しかし、経済的に裕福な人が多くの子供を育て、貧しい人が少ない子供しか育てられないというのは現在も言えることで、代理出産を認めたことによって新たに生じる問題ではないはずだ。
もう一つ予想される反論はこうだ。「代理出産を認めることは犯罪の温床となる」と。そのような意見の人がどのような犯罪を想定しているのかはわからないが、恐らく代理出産を認めたことによって起こるであろう問題はこんなものだろう。借金などに困った女性が高額な報酬を期待して代理母に立候補する。または借金取りが代理出産への立候補を強要する、という問題。しかし、この問題も代理母への報酬を法律である程度規定しておけば特に問題はないだろう。個人的には200万〜300万程度の報酬なら、お金のためだけに代理母に立候補するようなことはないと思う。「犯罪の温床となるから認めない」という考え方ではなく「認めたうえで犯罪の温床とならないように法の整備をする」という考え方が大切だと思うのだ。



