「日の丸・君が代強要違憲」
この21日の東京地裁の判決は、思想の自由を考慮するなら当然の流れだと思う。
それに対する石原都知事の考え方は相変わらず理解できない。ここまではっきり主張してくれると分かり易くていいけど、支持はできない。
「規律を取り戻すための手段」と主張するなら、「国旗・国家」ではなくて「校章・校歌」でも問題ないのではないだろうか。それなら「国旗・国家」よりは受け入れられ易いだろう。恐らく本当の理由は「愛国心を育てたい」ということなのだろう。
ついでに小泉首相の言葉。最後だから大胆になったのだろうか。
外国で変に思われる?この言葉で、日本は他人の目を気にしながら生きている自信のない人間のように思えてきたよ。そんな格好悪い国だったら、僕は永遠に愛国心なんて持てないだろう。
確かに、他の国と比較すると日本人は愛国心の薄く、少し寂しさを感じることもある。だから、愛国心のある人間を育てたいと考える気持ちも理解できる。しかし、君が代を斉唱すれば愛国心ある人間が育つのだろうか。国旗を掲揚すれば愛国心のある人間が育つのだろうか。なんか「メールアドレスや携帯番号を交換したら友達」って考え方と少し似ているような気がする。友情や愛情は形のないもの。「あれをしたから友情」とか「これがあるから愛情」なんてモノは存在しない。友情や愛情は人の内側で育つものだ。内側に手を突っ込んで植えつけようとしたって無理だし、逆に反抗心を煽るだけだ。
愛国心のある人間を育てたければ、愛する価値のある国になるのが最良の手段。もちろん時間はかかるだろうが、それほど難しいことだとは思わない。とりあえずアメリカに尻尾を振っているうちは無理かな。
投稿者 masato : 2006年09月23日 00:11日本はアメリカに尻尾を振ってるわけじゃなくて、ホントにアメリカが好きなんじゃないですかね?
利害関係抜きにして。
なんて仮説を考えてみましたが。
ちなみに「君が代」は国家とか愛国心とか関係ナシに、いい曲なので好きです。
Posted by: miyuki : 2006年10月09日 23:53>ちなみに「君が代」は国家とか愛国心とか関係ナシに、いい曲なので好きです。
そういう人もいるんですね。
自分はもう少し歌いやすい曲だったらいいのに・・と
よくどこかのアーティストがサッカーの国際試合などの際に
歌いにくそうに歌っている姿を見て思います。



