インターネットの回線速度の発達やYouTubeなどの映像媒体の普及によってネット上で見れる映像は非常に多くなり、その種類も多様になってきた。中には日本のテレビの画面を通しては決して見ることのできない映像もある。視聴率稼ぎなどのヤラセがはびこるメディアへの不信感が溢れる中、世界で起こっている現実から目を逸らさずしっかり受け止めたい人にとってはインターネットを通じた映像は非常に有効な手段である。
最近見た映像の中で印象に残っているのは、中絶されて手足がボロボロにつぶれた胎児の映像。そしてこれは有名な映像らしいが、チェチェンゲリラに捕まったロシア兵が首を切り落とされる映像。「ショッキングな映像です」という警告や、「見なければ良かった」という閲覧者の感想があるにも関わらず自分でも驚くほど冷静にその映像と向き合える自分がいる。
そういう映像を繰り返し見ていて思うのだ。どんなときでも感情的にならずに物事を出来る限り客観的に出来る限り冷静に捉えようと務める僕の今の姿勢を貫くことは、感情を少しずつ失っていくことと紙一重なのではないかと。
投稿者 masato : 2006年08月10日 11:03ネット通販なんかでも言えますよね。
たしかに便利・簡単なんですけど、実は人間味が欲しい(たとえば こういう色が似合いますよとか、こういう場面で使うと楽しいですよとか)ってネットが普及しても 人間的なものって実は重要なのかもしれませんね。
ネットに埋没すると 人間味無くすことはあると思いますよ。。最近の「mixi疲れ」って言葉もそうなんじゃないかな〜??
Posted by: pioho : 2006年08月11日 00:11また伝わりにくい文章で申し訳ないです。
自分が言いたかったのは
冷静な姿勢を貫こうと努力することが感情を少しずつ失うことに繋がるのではないかってことで
ネットへの埋没については特に言及しているつもりはないのですよ。
もちろんpiohoさんがおっしゃっているような
ネットへの埋没が人間性を失わせるという事実も確かに同意できる箇所がありますけど
それは利用する人の気持ちの持ちようで大きく変わるもので、
現時点で自分はネットの人間性への悪影響をそこまで主張する気はないですね。
ちなみに「mixi疲れ」というのは面白い現象ですね。
実社会で自分に自信を持てなかった人が
mixi日記で肯定的なコメントを寄せてもらえることによって自分の考えや生き方に自信を持ち、
そしてその快感を必死で維持しようとした結果なのでしょうね。
自分のようにただそのときの考え方を自分のために記録して、
コメントがあろうとなかろうとお構いなしって人間には縁のない話ですね。(笑)



