2005年08月28日

44日目

朝からまぶたがぴくぴくしている。なんでだろう。たくさん寝ていると思うし、そんなに目を疲れさせているようには思えない。ひょっとしたらなにかの手がかりになるかもしれない。若干頭痛もするかな。とりあえず今日の予定には支障はなさそうである。

午前中は図書館へ行って、借りていた本を返すとともに新たに鉄道関連、臨床心理学関連の本をそれぞれ1冊ずつ借りてきた。その後は15時からの大森でのスカッシュに向かう。

スカッシュの練習は15時〜17時。2日連続の人が半数ということもあり、明らかに全体のモチベーションが前日に比べて低いように思える。そのモチベーションの低さは僕自身の集中力にも影響を及ぼす。残り30分を残して集中力がぷっつり。「集中力が切れ始めたらさっさと休憩する」という自分の中の法則に従って残りの30分はのんびり他のメンバーのスカッシュやっている姿を見ていた。

サークルという団体に属する人たちの気持ちの持ち方はいつだって正規分布である。そしてその分布曲線の両端は時には対立し、時にはどちらかが辞めるまで解決を見ないことがある。サッカーのサークルでもフットサルのサークルでも何度となく経験したことである。「共存」のための手探りは、いつだって避けて通れない問題なのかな・・

投稿者 masato : 22:23 | コメント (0)

2005年08月27日

43日目

気がつけば土曜日。今日も定例化した品川健康センターでのスカッシュの練習がある。母のクルマでJR東大宮駅まで送ってもらい、宇都宮線で上野まで行き、そこからは京浜東北線快速で大井町へ行く。1時間程の電車での移動だったのだが若干電車酔い、症状は相変わらずである。大井町のBook 1stで興味の沸いた本を買う。相変わらず文庫本を持たないと落ち着かない性格なのである。

14時からのスカッシュの練習はなぜか女性ばっかり。というよりもすでにサークル全体の女性の占める割合がかなり高いように思えるのだが、気のせいだろうか。とりあえずストレートストレートや4分の3の練習で勝ち抜きルールのため毎回相手が変わり、そのたびに打つショットのパターンを変えなければならないことが集中力の維持を妨げる。僕が練習でこころがけていること。「集中力が切れ始めたらさっさと休憩する」これは上達のためには大切な考え方のような気がする。

帰り際、懐かしい大学時代の友人に会った。同じ時代にスカッシュに打ち込んだ専修大学のスカッシュサークルの主将である。スカッシュ界の狭さを感じながら連絡先を交換した。帰ってからサークルに今度来てくれるように頼んでおいた。実現すると嬉しい。

今日の我が家はさいたま市ではなく川崎である。2日で食べ切れそうな量の食べ物を駅前の東急で購入して家に帰り、ご飯を炊いてテレビを見ながら一人で食事をする。

スポーツニュースでは、西武の西口はまたしてもノーヒットノーラン(今回はパーフェクト)を逃したようだ。彼は大記録を達成することで目標を失うのを恐れているのではないのだろうか、などと考えたりした。最近、人の行動の裏にある心理状態に非常に興味が湧いているのである。ヴィッセル神戸の三浦淳は今日もフリーキックでゴールを決めていた。おそらくフリーキックでの得点数はJリーグ最多であろう。彼のフリーキックの技術は日本サッカー界が世界のサッカーに誇れるものの一つだと僕は信じている。

投稿者 masato : 23:53 | コメント (0)

2005年08月26日

42日目

ぐーたら生活の象徴ともいえるドラマ再放送の「金八先生第6シリーズ」が今日最終回だった。読みかけの本、松岡圭祐の「千里眼 トランス・オブ・ウォー」を読了。台風一過で外は陽射しが強いので夕方涼しくなったら軽く外出しようと思いながら、まばたきをしたら外はもう真っ暗。今日はついに家から一歩も外に出なかった。

父と二人で晩飯を食べながら水泳の話しになった。父はスポーツクラブで週3回、毎回4キロの距離を泳いでいるのだという。実は少し尊敬。クロールの泳ぎ方はどうすべきか、手のかき方はどうすべきか、などなど、そんな話題で食事が盛り上がるなんて昔は考えられなかった。

投稿者 masato : 23:51 | コメント (0)

2005年08月25日

41日目

台風がやってくるらしい。友人と18時にJR大宮駅で会う予定があったが、午後には外はすでに豪雨。大宮駅近くの塾で講師のために出勤する母のクルマに乗せてもらい、駅まで送ってもらうことにした。乗り物酔いの症状が激しい中、大宮駅までの20分ほどの距離をなんとかクルマに乗り続けられたことはうれしい進歩である。

約束の時間まで時間があったので埼玉新都心まで京浜東北線で移動し、ショッピングモール内で新たな刺激を求めて彷徨(さまよ)う。台風のせいか人がまばらである。雑貨のお店のでずっと探していた三段折りのコンパクトな折りたたみ傘を見付けて購入。その後は入り口付近にあるタリーズコーヒーでエスプレッソを飲みながら本を読む。気が付くとすでに18時近くなったので、再び大宮へ舞い戻る。台風の影響でムーンライトえちごの運休の放送が流れていた。「青春18きっぷ」の旅人たちが可哀想だ。友人と会ってソニックシティ付近を歩いてみた。あの頃は大きく見えた市内で最も高いビルが、今はどこにでもありそうな小さなビルに見えた。

その後は晩ご飯を食べながら終電ぎりぎりまで他愛もない話しをする。一般の人は早めに帰宅したためか、終電間際にもかかわらず非常に空いていた。やはり雨の日は気圧の関係からか少し調子が悪い。開き直って焦らずゆっくり直すことにする。

投稿者 masato : 21:13 | コメント (0)

2005年08月24日

40日目

今日も今にも降り出しそうな空。それでも家にこもっていても仕方がないので近所を散歩することにした。とりあえず5分ほどの場所にある小学校まで歩いて行ってみる。とりあえずサッカー場とトラックのある校庭に子供の姿が見えないのに驚く。僕が子供の頃は校庭は常に取り合いだったはずだ。これが小子化の影響だろうか、小さい側のグランドの砂場に4人ほどの子供の姿が見えるだけだった。ジャングルジムとチェーンを組み合わせたような校庭の青い色の遊具がある。ペンキが塗り直されていないのであれば、当時好きだった子の名前が今も下の方に書いてあるに違いない。

校舎の色はペンキで最近塗り直されたようで少し印象が変わっていたが、新しい建物が加わった様子も新しい設備が加わった様子もない。変化が少なすぎて逆に悲しくなる。

続いてこれまた近所にある図書館に行ってみる。どうやらさいたま市在住、在勤、在学以外の人は本を借りることが利用できないようだ。それでも閲覧はできるので少し気になった本を読んでみる。ギリシャ神話、宗教関連がマイブームである。

結局この日の外出はこれだけ。懸念したとおり家にこもりがちになってしまったような気がする。

投稿者 masato : 21:11 | コメント (0)

2005年08月23日

39日目

今日は実家で起きる。8時に起きると午前中が長い。久しぶりに父の出勤を見送ってから、庭の草木について母にいろいろ教えてもらった。しかし、最近の僕の生活サイクルに8時起床は少し厳しい。すぐに昼寝に入ってしまい起きたら13時を過ぎていた。

その後は大宮の駅までぶらぶらしに行く。4km程度の距離だったので、歩いて行こうかとも思ったが雨が降りそうだったので電車で行くことにした。大宮の駅も周辺も新しい店が結構増えたが、基本的な構造は学生時代と大きな変化はない。東口を出るとやけに空が広く見えたのは、渋谷や新宿などに慣れてしまったせいだろうか。東口からLoftまでもずいぶん近くに感じたのは僕自身が成長したからだろうか。

結局テニスショップのウィンザーに行って、グリップテープを買った。その後、自分の気に入るようなスポーツサングラスを探したのだが見つからず、3段折りの折りたたみ傘を探したがこれも見つからず、静かに読書できるような喫茶店を探したがこれも見つからず、結局雨が降り出す前に家に戻って、本を読みふけった。

先日借りてきた本「図解雑学自衛隊」の中で、憲法第9条を久しぶりに(おそらく中学生以来)読み直すこととなった。

第9条 日本国民は、平和と秩序を基調とする世界平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

改めて読み直してみると若干、日本語的におかしな気もする。
例えば

「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」→「陸海空軍その他の戦力を保持しない。」
「国の交戦権は、これを認めない」→「国の交戦権を認めない」

とすれば、より拡大解釈の可能性が薄れるような気もするのだが・・・とはいえ、この条文は日本が世界に誇れるものの一つのような気がした。

【今日の雑学】
政府による憲法第9条の解釈
戦争放棄
自衛のための必要最低限の武力行使は「戦争」にはあたらない
戦力の不保持
自衛のために必要である最低限度の実力は「戦力の保有」にはあたらない
交戦権否認
自衛のための実力行使として、相手国の兵力を破壊することは「交戦権の行使」」にはあたらない
投稿者 masato : 23:14 | コメント (2)

2005年08月22日

38日目

起きてTIPNESS宮崎台へ行って、スカッシュのドロップの練習をしようと思っていたのだが、昨日久しぶりに参加したサッカーの練習で思った以上に体が悲鳴をあげていた。スカッシュで使う筋肉とは違うものの、モチベーションを下げるには充分だった。仕方がないので、今日からしばらく川崎を離れることもあり部屋の掃除などをした。

スカッシュ用のグリップテープを買いに、二子玉の高島屋まで歩いて行ったが扱っていなかった。その後は家に戻り、台所などを片づけて冷蔵庫を掃除してから、実家に向かう。

19時30分頃には実家に到着したが、誰もいない。10分程してすぐに父が帰って来たので一緒に晩飯を食べた。

沈黙が降りてくる。おそらく性格的には似ているのだろう、お互い自分から会話を始めることが苦手なうえに、沈黙に全然耐えられる人間なのだ。そしてその勝負(?)に負けた僕から声を発する。

「最近何か面白い本あった?」

2年ほど前、大晦日に実家に帰った去り際に父から紹介された浅田次郎の「シェエラザード」が個人的にはヒットだったために、最近読んだ小説の話題が唯一の共通の話題となっている。

歴史小説を薦める父に対して、「歴史物の小説って苦手なんだよね・・」という僕。そこからは父の独壇場。韓国や中国や日本、そしてヨーロッパまでの民族と戦争の歴史をかいつまんで語り。「歴史小説もそうやって読めば面白いんだよ」と熱く語ってくれた。その中で記憶に残った意見。

「中国四千年の歴史」なんて謳(うた)っているけれども、実際には四千年の間に中国を統治している民族は何回も入れ替わっている。それに対して日本は大和民族という一つの民族が二千年以上にわたって統治してきた。実は中国よりも日本の歴史の方がずっとすごいんじゃないか?

というものだ。「なるほど、そんな考え方もあるのか・・」と思った。機会があったらしっかり調べてみたいと思った。興味の対象を少し広げてくれた父に心のなかで感謝である。

【今日の雑学】
大和民族
古来から日本に住む民族の一つ。民族の形質としては主にアルタイ語族に属し、主に古モンゴロイド、新モンゴロイドを祖形とした民族といわれる。日本人の一部では地方的名称である「大和」を嫌い、「大和民族」ではなく「日本民族」と名乗る場合もあるが、この場合は沖縄系の人々も含むことが多い。
投稿者 masato : 23:46 | コメント (0)

2005年08月21日

37日目

今日は11時から砧公園でサッカーチームの練習。最近試合続きだったために全快していない僕は参加を見送っていたのだが、本日は久しぶりにボールを蹴れる。

最近の生活サイクルでは9時に起きるのはややつらい、結局10時ぎりぎりまで寝ていて、慌てて家を出ようとした間際に届いた友人からのメールの内容に若干気分が鬱になり、さらにグランドに到着して着替えてからグランドに立ったときに感じた恐ろしいほどの暑さにさらに気分が萎える。それでも1年半ほど前に、世界を旅するためにチームを一度脱退して、先月日本に戻ってきたチームメイトであり、ダイビングを一緒に始めた仲間でもある1人と再会を果たすとモチベーションも少しずつ上がってくる。

練習開始から普通に入って、シュート練習で軸足のぶれの大きさに若干サッカー用の筋肉が落ちているような気がした。その後少し吐き気が襲ってきたためチームメイトの1人に聞いてみる

「今日って、健康な人でも気分悪くなるかな?」

それを聞いたチームメイトの1人は大きくクビを縦に振った。しかし4ヶ月にもわたる経験則からこの状態でムリすべきでないことは理解しているので、様子を見ながら練習に参加することにした。センタリングの練習はインターバルが長いので問題なく、最後の仕上げのミニゲームもみんなの配慮で人数の多いチームに入れてもらった。

最終ラインでボールを配給する体力的にラクな位置をキープし、隙あらばドリブルで切り込むという普段の自分から見ると、やや遠慮がちなプレーに徹した。個人的に自分のコンディションを分析すると、ボールタッチはやや不安定だったが一瞬のダッシュは相変わらずだった。ドリブルを見たチームメイトに「完全復活しているようにしか見えないんだけど」と言われた。結局やや不安はあったものの9割がた普通に練習をこなすことができた。

あと少し、きっとあと少しだ・・・

家に帰って少し一休み。結構な疲れを感じる。ブランクによる足の筋肉の衰えなのか、それとも久しぶりに炎天下の中で運動したことが思った以上に体力を奪ったのかはわからないが、手足も若干熱を帯びて赤くなっていた。しかし去年までは普通に毎週のようにやっていたことだ。明日は少し筋肉痛になりそうだが自分の通常の生活を取り戻すために避けられないもので、むしろ大歓迎である。

その後、昨日の反省もあってスカッシュラケット用のグリップテープを探しに行くが、普段買っているイトーヨーカドーのテニス用品売り場はすでにシューズのみの扱いへと変わっており、溝の口駅周辺にグリップテープを売っている箇所はどうやらなさそうだ。

その後はいつものように駅前のカフェ・ドュ・モンドで本を読みながらいろいろ考える。とりあえず明日実家に帰って、平日は実家で過ごそうと心に決めた。

投稿者 masato : 23:05 | コメント (0)

2005年08月20日

36日目

朝食を実家で摂って、正午を少し前に母親の運転するクルマでJR東大宮の駅まで送ってもらい、そこからスカッシュの練習のために大井町へ向かう。相変わらずクルマ酔いは激しそうな気配があったが、クルマに乗ったということは大きな進歩だ。

品川健康センターでのスカッシュの練習では、ストレートストレートだろうと、4分の3だろうと、一つ一つとにかく集中力を最大限に高めて練習に取り組むことを意識した。グリップテープが古くなったせいか若干ボレーなどで力むとグリップがずれることが5,6回あった。女性陣がずいぶん上達している気がしてそれが嬉しかった。コート内がやたら暑くて水分を多く摂るようにこころがけながらも、練習としては以前のように体調不良による休みを入れずに一通りこなせるようになったので比較的満足である。

練習後、大学時代のスカッシュサークルの2学年下の後輩に偶然遭遇した。今月はいろんな古い友人に出会える月らしい。現役時代のサークルの共通の知り合いの近況について情報交換したが、彼女も僕もサークルとのつながりは現在はほとんどないようだ。

本日は多摩川の花火大会のため、家に帰っても何もできないと思い、(家が揺れる、音がうるさい)大井町駅前で時間をつぶしてから帰った。

明日は久しぶりにサッカーの練習。この調子なら普通に参加できるかもしれない。もしそれができたら今の僕にとっては大きな一歩である。

投稿者 masato : 23:09 | コメント (2)

2005年08月19日

35日目

今日は半年ぶりにさいたま市の実家に帰ってきた。1時間半もかからないのに毎年帰ってくるのは大晦日のみ。今回は、長い間休んでいてせっかくの機会ということもあり、僕自身の症状について安心させたかったのと、体調が戻るまで実家に戻るか、川崎で一人で過ごすか考えるためだ。
実家に帰って、母親に促されるままに家中をまわってみる。我が家はバリアフリー化が進んでおり、トイレにはウォッシュレットが備え付けられていた。

久し振りに家族3人で晩ご飯を食べてから、両親が一昨日まで行ってきた北海道旅行の写真を見て家族の会話を楽しんだ。

その後自分の部屋に入り、タンスの一番下の引き出しを開けるとそこには大学卒業のときにサークルの仲間が寄せ書きしてくれた色紙が入っていた。考えてみると実家に帰ると必ず見て、毎回少し笑うのだ。
今や手の届かないところに行ってしまったスカッシュの達人のコメントがある。団体戦を一緒に戦った彼は今やジャパンランク2位である。
争うようにして大きな文字で住所まで書いた2人の後輩の女の子のコメントがある。そのうち片方はもう結婚したという噂を聞いた。
「大学時代は結局人との付き合い方を学ばず終いでしたね。社会人で苦労しますよ!」なんて失礼なコメントもあった。これには胸を張って答えられるな。「今も社会に染められることなく自分流に生きてるよ!」って。
それでも時間が確実に流れていることを感じた。

夜は川崎と比べるとやっぱり静かだ。さて、どうするかな。両親は理解を示してくれたし、結局答えを出すのは僕自身だ。

投稿者 masato : 23:59 | コメント (0)

2005年08月18日

34日目

今日は動きが早い。11時には動き出して、TIPNESS宮崎台へ。今日はスカッシュコートも空いていたので、先週同様、ボレードロップを左右100本ずつと、ニック狙いのフォア側のスマッシュを30本ほど練習。プールで泳ぐのは省いて帰りに駅前のカフェで本を読む。

家に戻ってからもひたすら本を読む。読みかけだった「ヘーメラーの千里眼」を読了。夕方刺激をもとめて本屋へ。宗教と心理学系の本を読みたくなった。「面白いほどよくわかる」シリーズ、「図解雑学」シリーズ、双方をすべて読破したら相当な知識人になるような気がした。もちろんそれをどう活かすかは本人次第である。

投稿者 masato : 23:29 | コメント (0)

2005年08月17日

33日目

午前3時ごろ、なぜか急に外に出たくなって空を見上げると川崎の夜のわりには星がきれいだった。マイナーどころでは三角座からくじら座まで見えたので、道路を挟んだ向かいにある公共の施設の駐車場の芝生に横になって1時間ほどペルセウスを見上げていたら流星が1つ流れた。火星も大きく見えた。結局眠りについたのは5時過ぎだった。

正午過ぎに起きて、スカッシュの友人からもらったチケットでベルナール・ビュフェ展のために損保ジャパン東郷青児美術館へ行ってきた。輪郭の濃いタッチの絵が特徴的。時代とともに極端に画風が変わるにも関わらずそのへんの解説が細かくされていないのが残念だった。ゴッホのひまわりもとりあえず拝みたかったのだが残念ながら愛・地球博のために貸し出し中だった。
その後はTIPNESS宮崎台へ行くが、今日もスカッシュコートはあいていなかったのでプールで泳ぐ。クロールで100メートル、平泳ぎで150メートル程で飽きた。

夕方はイラン戦を見てそれなりに満足。日本にはこのくらいの強さでいてほしいものだ。

投稿者 masato : 23:27 | コメント (2)

不公平な社会の中で

人間というのは不公平だ。生まれながらにして持っている「才能」というものは確かに存在し、ある程度は「努力」で補えるとしても、その「努力」のためにもまた「忍耐力」という「才能」が必要なのだ。決してこれは、幼い子供たちに「努力すれば夢は叶う」と教えることを否定しているわけではない。努力はすばらしいことだ。

今の社会の仕組みの中で幸せを得るために影響する「才能」。一般的にそれは、知恵や学力や運動神経や人脈を作る「才能」である。そして、それに恵まれた人たちが創り出した企業が、恵まれなかった人が創った企業から大きな利益を得ることで社会はまわる。別の例を挙げるなら、運動神経という才能に恵まれた人たちがプロ選手やスポーツインストラクターになって、その才能に恵まれなかった人たちが観戦料やレッスンの受講料を支払う。多くの社会の側面においてこの法則は成立する。

つまり、資本主義とは「才能」のあるものが才能に恵まれなかったものを食い物にする仕組みである。しかし、ふと思ったのだ。社会の中で、才能に恵まれた人は、恵まれなかった人に人生の楽しみを与えるための努力をすることこそ正しい生き方なのかもしれないと。とはいえ「ではそのために国家の仕組みをどうすべきなのか」と問われれば、そんな答えは僕の乏しい知識と発想では考えも及ばない。できる範囲で個人で解決していくしかないのだろう。

僕自身は平均から見ると多くの才能に恵まれて生まれてきたのだと思う。そんな僕のような人間が上に挙げたような葛藤を満たす「正しい」と思える生き方には一体どんな選択肢があるのだろう?知恵や知識を生かしてボランティアに従事することだろうか?でも、さすがに自分自身の限りある時間の多くを見ず知らずの世間の人のために割くほど善人にはなりきれない。なぜなら、結局僕はただの偽善者なのだから。

やはり考えるだけで行動に結びつかなそうだ、でも、こんな考えを心のどこかに置いておくことは大切なことのような気がした。

僕自身は努力することを知らずに生きてきた。たまたま人より多くの才能に恵まれてきて、少し優れた「学力」や「知性」や「運動神経」を今現在備えているだけだ。人より何一つ優れていない、それを忘れないでいたい。いつだって謙虚に。いつだって相手と同じ目線で。

口で言うのはなんて簡単なんだろう・・・

投稿者 masato : 16:55 | コメント (2)

2005年08月16日

32日目

今日は早く起きて少し友人にメールを書いてる途中で地震が起きた。たぶんすぐに地震だとわかったということは体調が回復しているということだろう、数週間前に起こった地震はめまいが元々あったので自分が揺れているのか地震なのかよくわからなかった。その後はTIPNESS宮崎台に行ってきた。今日もスカッシュコートは埋まっていた(予約しないから悪いんだけど)、一体世の中はいつまでお盆休みなんだろう・・と調べてみたら一般的には16日まで、つまり今日ってことだ。

結局今日もプールで泳いだだけ、今日は自分流のクロールをしてみる。こっちのほうが全然ラク、しかも速いし。おっと、これは上達を妨げる行為に違いない。他の人がスカッシュで同じようなことしていたら「上達する気がないならもう何も言わないよ・・」と言ってしまいそうなところだ。

携帯を家に忘れていたことに気づいて一度家に戻ってテレビをつけたら、地震の影響で大騒ぎ。スカッシュの友人にもらったベルナールビュフェ展へ行くつもりだったのだが、なにやら都会は混乱に陥っているらしいので辞めた。その後はなぜか熟睡。最近の生活サイクルを考えると早起きしすぎてのかもしれない。

その後はOmega Chartという株価チャートのソフトのスクリーニングのためのXMLを一生懸命構築。とりあえず元手が少なすぎて取引できる株も少ないのだがまぁ、少しずつ少しずつ。

ふと気づくと19時10分前、図書館まで奪取して「図解雑学自衛隊」という本を借りてきた。ドラマの「海猿」は相変わらず深いテーマだった。海上保安庁と海上自衛隊の役割の違いはなんなんだろう・・・またしても疑問が頭の中にわきあがる。

投稿者 masato : 22:24 | コメント (0)

2005年08月15日

31日目

正午過ぎにおきて午前5時頃眠る生活が続く。スカッシュのドロップの練習がしたくてTIPNESSの宮崎台に行ったが、どうやら世の中はお盆休みらしくコートがあいていない。仕方がないので泳ぐことにした。

先日読んだ本に書いてあった、ストロークについて、S字を描くようにと、それがなかなか上手くいかない。右手はうまくいくのだが左手がイマイチ。25メートル泳ぐごとに腕の動きを確認しながら結局400メートルぐらい泳いだかな・・・今の体調でこんなに水泳していいのか不安になるが、なにを今更って感じ。

世の中は終戦記念日のせいかテレビも特集番組が多い。どの番組も見ていればそれなりに考えさせられることがあるがキリがないので途中で消した。読みかけの本をひたすら読む。

読みかけの本の影響で自衛隊のサイトをひたすら閲覧した。よく読む、松岡圭輔や福井晴敏の本には自衛隊ネタが多いので、少しでも知識を増やせばより楽しむことができるだろうと思ってのことだ。日本地図と照らし合わせながら自衛隊の基地の場所を確認したり、読みかけの本に出てくる戦闘機の名前を航空自衛隊のサイトて調べたり、自衛隊の隊員の階級の上下関係を調べたりした。海上自衛隊に航空軍司令部があるってことを今日まで知らなかった。少なくとも僕らの平和の一部は彼らの力の一部が築いているのを実感した。

投稿者 masato : 23:03 | コメント (0)

2005年08月14日

30日目

昨晩ずいぶん遅くまで本を読んでいたためか、起きたのは11時ごろ。昨日のスカッシュの練習を思い出して補足事項を洗い出す。その後は図書館によって「自衛隊」に関する本を探した。その後は友人に誘われて二子玉のミスドで昼メシを食べる。その後はその足で大森の文化の森でのスカッシュの練習に向かう。

今日もストレートストレート中心の練習。前回と同様、普段は後ろ32分の1への長いショットをこころがけるとともに、Tを支配したときのみボレードロップによる前への攻撃を積極的に狙うという意識で、フォアとバックを1時間ずつ行った。3人いたので、待ちの1人に審判という役割を持たせてゲーム性が若干高まったように思える。

個人的には特にフォアのストレートが全体的に甘かった。これだけ練習しても調子の良し悪し、集中力のあるなしなどのわずかな影響でコースが甘くなる。ストレートの練習はいくらやってもやりすぎることはないということだ。逆にバックのラケットコントロールは学生時代並まで復活してきた気がした。この点が本日最大の収穫かな。今まで2人でやってきた練習だったので、今日は3人で少し楽になるかと甘く考えていたのだが、やってみるとそうでもない。練習のルールが勝ち残りなので自分はひたすら連続、他の2名は交互に。しかも交互だからなかなか弱らない、最後まで活きがいい・・・とりあえず練習的には満足ということで。

投稿者 masato : 23:23 | コメント (0)

2005年08月13日

29日目

こんな生活を続けていても曜日感覚はしっかり存在している。今日はいまや定例化し始めてスカッシュの練習。

起きてからなんか調子が良かったので大井町線で大井町に向かう途中に本を読んだら、もはやお決まりのオチのごとく大井町到着の頃にはしっかりと電車に酔っていた。そんなわけで本日も練習の開始にスムーズに入っていけず。練習に入ったあとも全体的に集中力を欠いていた。特にフォアのストレートが内側に入りすぎる、大森との弾みの違いの修正がなかなかできなかったこともあるが・・それなら逆にずれそうな気もする。とりあえず集中力が欠けているならやるな!って感じだな。あとは試合に出ようと考えているメンバーにマーカーと審判の指導をした。

帰りは大井町のスタバで突然振り出した外の雨をときどき見ながら本を読んだ。呼んでいる本の影響で少し自衛隊について知りたくなった。

投稿者 masato : 21:32 | コメント (2)

2005年08月12日

28日目

社長とMSN Messengerで少しやりとりした。とりあえず15日からの復帰はムリな旨を伝え、8月中には何らかの決断を出すことを伝えた。

家にいてもたぶん体に良くないし、かといって外に出て喫茶店に行っても金がかかるので、とりあえず二子玉まで歩くことにした。その途中によく通う図書館があるので、暑さのための休憩にと立ち寄って、せっかく立ち寄ったのだからと新たな刺激を求めて本棚を眺める

すると近くで男性の大きな声がした。

「ここに座るなって言ってんだよ。そういう規則なんだから」
「あんた誰?係りの人じゃないでしょ?」

なにをもめているのだろう、と除いてみると、どうやら勉強にしに図書館にやって来たにもかかわらず自習室に空きがないため図書館の隅の絨毯(じゅうたん)の上に座って本を読んでいた学生がいて、その学生に対して少しアルコールが入っていると思われる50過ぎの男性が注意をしているようだ。いつものごとく「我関せず」と放っておいて僕は探している本棚を物色している、すると次第にエスカレートし始めた。

「俺だけに文句言うなよ。向こうにも座っている人いるじゃないか」
「そんこと関係ねんだよ。なんだ?やるか?」

他の利用者は誰も見向きもしない、「見てみぬフリ」というのではなくて、もはやそんないさかいも日常の一部分として受け入れているようだ。ちなみに図書館の係員は半分以上は公務員なのか、与えられた仕事以外のことはしない。つまり他の利用者の迷惑になるからといって止めるそぶりもない。さすがにうるさくなってきたので

「そろそろ終わりにしましょうよ」

と間に入ったときには、その50過ぎの男性は長袖のシャツを脱いで、首に巻いて、袖を引っ張って(つまり自分の首を絞めるような感じで)「殺(や)れるもんなら殺(や)ってみろ」と学生に向かって叫んでいた。

とりあえず間に入ったことでわりとあっさり終わったのだが、少し考える。

注意されて素直に謝れず、他の人を引き合いに出す学生。きっと規則を知っていても頭ごなしに否定されたために謝りにくかったのだろう。
注意した50過ぎの男性。平日の図書館にいるということは自分の居場所がないのだろう。この出来事は彼が人との接点を求めた結果なのかもしれない。
関与しようとしなかったほかの利用者たち。関係のない人のに首をつっこんで得をすることのほうが稀な世の中なのだから仕方がない。「電車男」のようなできごとは100回のうち1回もないだろう。
図書館の係員。一生懸命やっても適当にやってももらえる給料は変わらないのだ。

その後は二子玉高島屋の屋上庭園のベンチに座って本を読む。最近知識欲が止まらない。いいことのか悪いことなのか・・

投稿者 masato : 21:02 | コメント (0)

生活必需品

雑誌の中の三井住友フィナンシャルグループの広告に書かれていた話である。
脚本家・倉本聰が主催する俳優を養成する学校「富良野塾」。もちろん場所は北海道の富良野にあるのだが、そこの塾生数十人に生活必需品を10ずつ挙げるようにいい、出てきた答えを集計した答えが次のようになった。

1位 水
2位 火
3位 ナイフ
4位 食物
5位 着るもの
   ・
   ・
14位 人

僕が同じ問いをされたらなんて答えるだろう。生活必需品・・つまり生きていくために最低限必要なものだから、やっぱり食物、服、家・・・そんな順番かな。そして都会人だから、インターネットや携帯やお金も上位に食い込んでくることだろう。

富良野塾塾生の出した14位の「人」という答えが心を打った。誰も一人で生きることはできないのだから、「人」が「生活必需品」であることは間違いなく真実である。しかしそれをすぐに答えとして出せる人はなかなかいない。きっと自分の弱さを知っているのだろう。強い人間にもなりたいが、彼らのように自分の弱さをしっかり認められるような人間にもなりたいな。

投稿者 masato : 03:44 | コメント (2)

2005年08月11日

27日目

起きると体調イマイチ。吐く状態を10とすると1か2ぐらいの吐き気が胸の中にとどまっているような感じ。無駄なことと感じながら再び眠って12時過ぎに起きるが大した変化はない。しばらく部屋の中で本を読んでいたら、「金八先生」の再放送が始った。ビデオ録画して外出しようとしたが見入ってしまって結局最後まで見ることになった。

内容は上戸彩(うえとあや)の演じる鶴本直(つるもとなお)の性同一性障害の回である。そういえばこのドラマを見て自分も「性同一性障害」という本を買って読んだことを思い出した。このドラマのこのテーマが社会に貢献したことは大きかったと思うし、いまや知らない人もいないタレントとなった上戸彩によって、この再放送もまた大きな意味があるのだろう。


16時をまわってさすがにお腹が減ってきた。宮崎台駅前のケンタで昼飯を食べて、久しぶりにTIPNESS宮崎台に行った。予想に反してスカッシュコートはがらがら。ボレードロップを、ティンから上20cm以内でサイドウォールに絡めるという条件をつけて成功したもののみカウント。バックとフォアを100本ずつやってみた。それだけで1時間以上経過していた。学生時代こんなことやってなかったな〜と反省。結局今まで努力も苦労もせずにセンスだけで生きてきたんだな〜。

その後はプールで軽く泳いだ。先日買った「クロールがきれいに泳げるようになる!」の本の記憶に残っている箇所だけ意識して泳いだ。手を3回かくごとに1回の息継ぎというのと、肩の傾きを生かして遠くに手を運ぶことを意識した。とりあえず左向きに息継ぎするのはつらい。今まで右側にしか息継ぎしたことがなかったことを実感する。とりあえず少し泳ぎが上手くなったような・・・。でも200メートルほど泳いで飽きた。

最近の傾向でどうやら体を冷やすのがもっとも体調を悪化させるような気がしたので逆転の発想でサウナに入ってみた。やっぱりダメ。5分が限界。この体は代謝が良すぎるらしい。それなりに負けず嫌いだから自分より前に入った人よりは長く入っていたかったのだが、周囲の人の豊満なボディをみると強烈なハンデを感じる。そういえば数週間前の「あるある大辞典2」でやっていた「匂う汗と匂わない汗」というのを思い出した。腕からも細かい汗が出ているということはたぶん自分の汗は匂わない汗。サウナに入ってよかったのはその事実を確認できたことだけ。


溝の口に戻ると、駅前では早くも衆議院解散後の総選挙のための演説が始っていた。今までは受け取ったことのないビラをわざわざ近づいて受け取ってきた。先月読んだ真保裕一の選挙を題材にした本「ダイスをころがせ」の影響だと思う。いいことなのか悪いことなのかはわからないが、自分も少しずつ着実に変わっているということだ。いや、たぶんいいことだ。美味しいコーヒーが飲みたくなったので例によってカフェ・ドュ・モンドでアイスコーヒーを飲みながら本を読むことにした。今日は店員が「いつもご利用ありがとうございます」と言ってくれた。すこし照れくさい。

本屋でまた本を買った。先日買った本の第二弾「さわりで覚えるクラシックの名曲50選 (No.2)」と昨日見に行ったモロー展で知識欲を刺激されたために「面白いほどよくわかる聖書のすべて」の2冊を購入。2冊目は図書館にも置いてありそうだけど、ま、いいか。


駅前で晩飯の買い物をして帰る途中、交差点で古い友人とあった。友人というか、学生時代に蒲田のセントラルフィットネスクラブでスカッシュのバイトをしていたときのお客さんで、今は偶然同じ溝の口に住んでいるため、たまに遭遇して近況を語り合う友人へと変化している。

僕の肩に背負ったスカッシュラケットを見て「まだスカッシュやってるんだ?」と尋ねてきた。体調を崩して会社を休んでいることや、自身の今のスカッシュの活動やその取り組み方や考え方を少し熱く伝えた。20分ほど横断歩道の前で話たあと、「そっか、たくさん活動してるんだね〜」と感心した様子で「また連絡するよ」と言って彼は去っていった。たぶん連絡は来ないのだろうけど、それでもそんな無意味なセリフもたまには嬉しい。信号でしか止まることのない交差点で、2人の人間が遭遇する確率ってどんなものなんだろう。そんなわずかな確率が自分に少しのパワーを与えてくれた気がした。

投稿者 masato : 22:27 | コメント (0)

2005年08月10日

26日目

午前中は部屋の中で適度にエアコンを効かせて本を読む。一昨日図書館で借りてきた「電車に乗れない人たち」を読了。パニック障害に悩む人々とその治療法について書いてあり、僕の悩む症状と若干似ている部分もあるが、細かいことを気にする神経質な人に多いようだ。少なくとも泥棒に入られて警察呼んで「いい話のネタができた〜」と喜んでいるような人間には当てはまらないと思った。

正午を回ってからネット上で半年ほど顔をあわせていない友人と再会した。この場合「再会」という表現が正しいのかどうかわからないが、自然と口をつくということはそういう時代の流れなのだろう。その後は例によって駅前のカフェ・ドュ・モンドでアイスカフェオレとレタスドッグを食べながら本を読む。

その後は渋谷に出て、Bunkamuraザ・ミュージアムで昨日から始ったギュスターヴ・モロー展に行ってきた。見たかったのは「一角獣」と「出現」だったのだが、それ以外にも絵の前で浸れる作品ばかりだった。一昨日のフィリップス・コレクション展を5とすると今日のモロー展は20ぐらいかな・・もちろん好みにもよると思うが。全体的にギリシャ神話やキリスト教をを題材とした作品が多く、ヘラクレスやプロメテウス、レダなどおなじみの英雄、神々のほかにいままで気にもとめなかった神々の名前が出てきた。レダが白鳥と戯れる絵がいくつかあって、僕の中のギリシャ神話ではレダに白鳥となって近づいたのはゼウスという記憶だったが解説では別のユピテルという解釈になっていた。

家に帰ってネットで調べたら、ゼウスもユピテルも(勿論ジュピターも)表記の違いで同一人物を指すということだ。こうして僕の中でギリシャ神話とキリスト教への興味は再び増していき、部屋の隅で眠っていたギリシャ神話の本を再び手に取る。さらに今読みかけの本は、白血病からキリスト教によって18世紀まで続いた魔女狩りまで幅広いテーマをミステリーの題材として取り入れている。そんなわけで気がつくと「魔女狩り」の歴史などをネットで調べたりしている。こうして好奇心が尽きない限り、興味の対象は永遠に広がる。そして時間はいつだって足りない。にもかかわらず僕は多くの時間をお金を稼ぐために費やしている。そんな矛盾につい目を向けてしまう。

とりあえずモロー展はおすすめなので渋谷で時間をつぶしたいと思った方はぜひ足を運んで欲しいな。

投稿者 masato : 19:18 | コメント (1)

2005年08月09日

25日目

ネットで話題になっていた缶コーヒーを飲んだためか、明け方近くまで眠れる気がせず、スカッシュの試合に参加しようと気合の入っている友人たちのためにマーカーのコールの仕方をまとめてみた。結局眠りについたのは6時頃。10時頃目を覚ますと明らかに体調が悪い。油断したらしい。夕方に熱心なスカッシャーの友人との練習の約束が入っているために、回復するように再び眠る。結局活動開始は14時頃。

16時半には家を出て、大田文化の森へ向かう。今日もストレートストレート中心の練習。前回の後ろ32分の1に加え、Tを支配したときのみボレードロップによる前方32分の1の使用も可。というルールでひたすら2時間。ストレートを制するものは試合を制する。とは言わないが、ストレートさえしっかり打っていればそう簡単に相手に攻撃のきっかけを与えないのは確かである。

練習後はなぜか二子玉川高島屋のスターバックスでコーヒーフラペチーノを飲んだ。不味くはないが、体を冷やすと急激に体調が悪くなるような気がした。帰宅後はビデオに録画しておいた「海猿」を見る。今クールは結局「海猿」以外のドラマはすべて切ってしまった。

投稿者 masato : 23:10 | コメント (2)

2005年08月08日

24日目

今日はフィリップス・コレクション展に行ってきた。実は遅ればせながら初の六本木ヒルズである。目玉であるルノワールの「舟遊びの朝食」はそれなりに満足、最後にもう一度絵の前に戻って目に焼き付けて来た。他の絵についてはやっぱり人によって好みが分かれるだろうな。キュービズム(※1)のブラックやマルクの強烈な色彩の絵はよかったし、ピカソの「緑色の帽子をかぶった女」もこころに突き刺さるものがあったが、コレクション展よりも一人の画家に特化した展覧会の方が好みかもしれない。そういう意味では9日から始まるモロー展は注目かな。

帰りにまた図書館で本を借りてきた。今回は次の2点。

図解雑学イヌの心理
天才!志村どうぶつ園」という番組の中にイヌと会話できるという女性が出てくる。その女性が飼い主に訴えるイヌの気持ちを聞いていると、人事とは思えない。我が家のイヌはもう3年前に死んでしまったのだが、動物(特にイヌ)の気持ちをもう少し理解できたらいいなと思ったのだ。

電車に乗れない人たち
パニック障害のひとたちについて解説している。若干今の自分の症状に似ている部分もあり、せっかくこんな機会で病気に悩んでいる人の痛みがわかるときなのでその知識を深めようと思ってのことだ。

夜、ネットをさまよっていたら缶コーヒーのコミュニティで「どの缶コーヒーがおいしいか?」という議論が起こっていた。僕は大して深く考えもせず、缶コーヒーに味を期待するほうがおかしいという考えで、ジョージアのエメラルドマウンテンか、Asahiワンダののモーニングショット、伊藤園のSalon de Cafeのカフェオレのどれかだったのだが、Dydoのデミタスが美味しいという意見が多かったので、近くの自販機で買って試してみることにした。よくわからなかった。

※1 キュービズム 自然の構造をあらゆる角度から観察し、それを幾何学的に表現した美への新しい試み。形態の徹底をはかるために色彩を極度に抑えているのが特徴的。代表的な画家はピカソやブラック
投稿者 masato : 23:10 | コメント (2)

吐いた息の責任

僕ら人間は呼吸によって年間320キログラムの二酸化炭素を排出する。その二酸化炭素はどこに行くか?どこかの南の島の熱帯雨林が光合成によって処理してくれているのだろう。などと多くの人は考えているのかもしれない。しかし、すでにそんな甘い考えで済ませられる時代は終わっている。

熱帯雨林の森林伐採は手遅れなまでに進み、あわせて現地の人たちの焼き畑農業によって大地は荒れ果てた。今は少しでも多くの植林によってその流れを食い止めようと必死で抵抗している人たちが地球を支えているのだ。しかし、その力は世界の流れから見れば微々たる物なのである。自分の吐き出す二酸化炭素に責任を持ちたい。そんな立派な心がけをしている人も、「では一体どうすればいいのだ?」そう途方にくれるに違いない。

そんな人に教えたい。木に投資するという手段があるということを。インドネシアで植林するゴールデンバイオチークという木を買い、10年後に伐採して木材として売ることで利益を出すのである。株や土地への投資と異なるのは、その自分の購入した木によって、自分の排出した二酸化炭素の責任を取ることができるということだ。もちろん購入者自身は希望しないかぎりインドネシアに行くこともないし、自分の購入した木を直接見ることもない。

信頼性やインドネシアという国へのカントリーリスク、そして生きるためだけに何故そんなにお金がかかるのだ?という疑問もあるかと思うが、一つの選択肢として記憶にとどめておくべきものだと思った。

【参考サイト】
http://www.vivo.co.jp/index-tree.html

投稿者 masato : 13:35 | コメント (0)

2005年08月07日

23日目

今日はスカッシュの練習に大森に行った。帰省しているメンバーが多いせいか、参加は5名のみ。左利きの方が参加していたため、バックの練習もそれなりにスリルがあった。3時間の間、ときどき休憩を入れたながらではあったがかなり体調の回復を感じる。特に動体視力がずいぶん復活しているような気がして、早いボールもしっかり目で追うことができた。まだ違和感はかなりあるものの、この方向で時間が経つのを待つということで問題ないような気がした。

帰ってしばらくしたらマルイのオンラインショップで注文しておいたジャケットが届いた。質感が予想と少し違ったがまあ許すことにした。サッカーの東アジア選手権の日本対韓国は内容は悲惨なものだったが結果は勝利ということでとりあえずブラウン管に向かって拍手をした。

飲み物がないので夕食のおかずもあわせて駅前に買いに行った帰り、思ったよりも雲の少ない夜空を見上げた。天頂には白鳥座のデネブと琴座のベガ、鷲座のアルタイルの夏の大三角が輝き、その下にはひさしぶりにカシオペヤが顔を出していた。あと2,3時間もすればペルセウス座が見える位置まであがってくることだろう。星のキレイに見える場所で流星群が見たいと思った。

投稿者 masato : 22:50 | コメント (0)

2005年08月06日

22日目

今日も久しぶりに医者へ行った。2週間分の薬をもらった。大した進展はなし。その後は例によってカフェ・ドュ・モンドでアイスコーヒーとプレーンドッグを食べながら読書をする。土曜日とあって家族連れも多い。立地条件から仕方がないとは思うがもう少し静かなコーヒーショップがどこかにあるとうれしいとは思う。とはいえ本を読むことに集中し始めれば周囲の雑音はかえって心地いい。まったくの静寂よりもはるかに集中できる。小さな子供が音のなるサンダルを鳴らしながら歩いている。社員と思われる少し年配の女性スタッフがそれをみて優しそうに微笑む。その表情から彼女のやさしさがにじみ出てくる。40分ほど本を読んでアイスコーヒーもなくなったころ席を立つ。

家に戻って、今度は一昨日買ったクラシックの本に付属のCDを流しながら新聞を読み、郵政民営化の記事を少し面白可笑しく眺める。テレビ欄を見て、今日見る価値のある番組はないと判断する。そして引き続き本を読む。夜になって腹が減ったので駅前の王将で土曜日は50円引きの餃子を4人前とライスの中を食べた。もう少し腹いっぱいになるかと思ったが、腹八分目がいいところだ。体調が回復に向かっているのを感じる。昨日手放したユーロが140円を超えていて少しショック。そんな静かで充実した1日だった。

投稿者 masato : 22:40 | コメント (0)

忘れがたい日の一コマ

すでに100万人を超えたSNSのmixiの中に「空を見る人」というコミュニティがある。そのコミュニティで今日大きなイベントが行われた。コミュニティ参加者の希望者で広島の原爆投下の8時15分に各自の今いる場所から空の写真を撮り、コミュニティのトピック内にアップしようというものだ。

先ほど本日アップされた空の画像を一通り見た。全体的に晴れている地域が多いが、中にはイギリスから真っ暗な画像をアップしている人や、寝坊して10時頃の空の写真をアップしている人もいたが、心に訴えるものがあった。

アップされている画像は地球を囲む空のジグソーパズルの1ピースに似ていると思った。それぞれの写真は欠けている間のピースさえあれば一つにつながるということを、今日カメラを構えた人の多くは意識し、にもかかわらず大地には多くの境界線が引かれ、その境界線によって今日という日が忘れがたいに日になったことを感じたのかもしれない。

投稿者 masato : 20:24 | コメント (0)

2005年08月05日

21日目

だんだん起きるのが遅くなる。今日も金八先生を見ながらだらだらしてようやく外に出ようと決意したのは17時を過ぎていたのではないだろうか。毎度のごとく本屋で新たな刺激を求めて1時間ほど。とある本にこんなことが書いてあった。人との関係を良好にするためには3つの先端に気を使わなければならない。3つとは髪の毛、指先、足元だそうだ。自分を客観的に見つめてみる。髪はまぁ可もなく不可もなく、指はなぜか生まれつきキレイ、靴は少しぼろくなってきた。というわけで靴を買ってしまった。

その後はモスバーガーで読書。3日前に図書館で借りてきた本「あなたにもできる地球を救う森づくり」にこんなコピーが書いてあった。

百億人のインド人か、二十二億人のアメリカ人か!?

というものだ。どういう意味かというと、地球上の食料には当然限界があり、地球上のすべての人がアメリカ人のような食生活をしていると22億人しか生活できないのだそうだ、それに対してインド人のような質素な食生活を送れば100億人が生活をできるという。なんだか大切なことのような気がした。

投稿者 masato : 23:53 | コメント (2)

2005年08月04日

20日目

再放送の金八先生になぜかハマり始める。それでもこのまま部屋で過ごすのは良くないと外に出るが、なんて暑いのだろう。例によって駅前のカフェ・ドュ・モンドでしばらくアイスコーヒーとベニエを食べながら読書。

その後は伸びきった髪を切りに美容院に。カットしてくれるスタイリストさんは前回と同じ女性。夏休みに帰る実家の話になると、なんと彼女の実家は長崎の五島列島だそうだ。高校は島に4つほどあるが、服を買おうと思ったら福岡まで飛行機で行くしかなく、海が荒れると九州にも渡ることができないとか・・・、そんな場所で生活している人がいるのだな〜と感動するとともに、18きっぷ旅行へのモチベーションがあがってきた。

その後、本屋で「さわりで覚えるクラシックの名曲」という本を買ってきた。クラシックのとっかかりとしてはかなりオススメである。何を隠そう、「エリーゼのために」がベートーベン作曲だというのを今日まで知らなかったのだ。

投稿者 masato : 23:20 | コメント (2)

2005年08月03日

19日目

今日も11時をまわった頃動き出す。しかしいつものぐーたらな1日とは今日は違う。久しぶりに仕事に行かなければならないのだ。といっても打ち合わせに同行するだけである。スーツを着て駅まで歩くともう体中がぐっしょり。渋谷のエクセシオールカフェで同僚と待ち合わせてクライアント会社に向かう。だらだら生活していることによって「社会に復帰できるか不安」なんて思ってはいても、いざクライアントとの打ち合わせが始れば、すぐに仕事モードに頭が切り替わるのだから面白い。

打ち合わせが終わって16時30分頃家に戻ると、今度は大森へスカッシュをやりに行く。熱心な友人と練習をするためだ。19時には大森の文化の森に到着し、30分ほどフォームのチェックなどをして、あとはひたすら壁に沿った長い玉のストレート×ストレート。つまり16分の1の練習をひたすら1時間半。例によって少し走ると吐き気が襲ってくる状態なので、最後は吐き気と戦いながらだったが、思った以上に密度の濃い練習ができたことに満足だった。

投稿者 masato : 23:19 | コメント (0)

2005年08月02日

18日目

人間の体の周期が25時間というのを身をもって体験している。つまり日に日に起きる時間が遅くなっているということだ。活動を開始したのは15時頃。区の図書館に行って、知識欲をそそる本を探した。とはいっても図書館内を歩き回ればすべての書棚で知識欲があふれ出す。結局、借りたのは次の3冊。

スカッシュ上達講座
いまさらスカッシュの本なんて、と思っていたが、読んでみると改めて考える部分も多々あった。

『もうこの会社やめたい』と思ったときに読む本
別にそんなにすぐに会社をやめる気はないが今後の仕事への姿勢のヒントになるのではないかと。

あなたにもできる地球を救う森づくり
最近樹木に非常に興味がある。

とにかく統一感がないことがおもしろい、ある意味、興味の対象が幅広いといえないこともない。読書の7割は無駄。しかし読書をしなければ残り3割の感動を味わうことはできない。そんなことがどこかに書いてあったのをふと思い出した。

投稿者 masato : 23:08 | コメント (0)

なんのために生きる

人は「楽しい記憶」を蓄えるために生きている。「楽しい記憶」というのは、人を喜ばせた満足感だったり、何かをやり遂げた達成感だったり、家族や恋人と過ごす幸福感だったりさまざまである。時間やお金を優先して蓄えている人もいるが、それはこの最終的な目的の手段として蓄えているに過ぎない。

そして、古い記憶は薄れ、新しい記憶によって上塗りされていく繰り返し中の、その人が「死」を悟る瞬間。そんないつ訪れるかわからない一瞬において「悲しい記憶」より「楽しい記憶」が多く存在する。それだけのために人は一つ一つの行動を選択するのである。

・・・というのが人の生きている間の行動を説明しようとしたときの自分なりの答えであった。

しかし、今日テレビで記憶障害に悩む人々のことを放送していたのだ。交通事故などで脳の一部に障害を負った彼らは、昔の友人の名前はもちろんのこと、その日の午前中の食事の内容すら覚えることができないのだという。

しかしそれでも彼らは生きるのだ。自分たちにもできる仕事を探してそこで生活費を稼ぐのだ。それが本人の意思であるならば、「楽しい記憶」を蓄えることができない彼らは、なんのために働き、なんのためにお金を稼ぎ、なんのために生きるのだろう。

投稿者 masato : 01:07 | コメント (0)

2005年08月01日

17日目

久しぶりに病院に行ってきた。「休んでいるなら旅に出るか温泉に行ってきな」とまた信用できないこと言われた。でも電車に20分乗っただけで酔うんだが、この状態でいったいどこに行けというんだろう。その後はいつものカフェ(?)で少し読書。やはり平日のこの時間帯はおばさんばかり。社会から浮いてきたな〜と少し不安。家に帰って久しぶりに会社の同僚とMSN Messenger会話して、作業に漏れがないかなどを確認した。

夕方になって空がきれいだったので二子玉まで散歩。以上。少しずつ一日の密度が少なくなるような・・・反省しなくては。ちなみに今日、普通に会話したのは医者の先生だけ。HappyBirthdayメールはmixi効果か、予想以上にたくさん貰ったけど、たぶんこれは誕生日の過ごし方としてはかなりさびしい部類に入るんだろうな・・・。ケーキでも買ってくればよかったかしら。

投稿者 masato : 23:59 | コメント (0)