金曜日の帰り道。時間は23時を回っていた。この時間は田園都市線乗り場への最短距離となる東急百貨店のシャッターが下りているため、モヤイ像前からハチ公口までは少し遠回りをしなければならない。
マークシティ連絡通路の下には40歳を過ぎた男性が、尾崎豊を弾き語りしている。いつもの風景である。今日はその5メートルほど横に老人が横になっていた。年齢は60歳ぐらいだろうか、髭も伸びきって、きっと今日の寝場所をここに決めたところなののだろう。その老人に通りすがりの50歳ぐらいの女性が千円札を渡して立ち去るのが見えた。老人は千円札を不思議な表情で見つめていた。
誰かが誰かを救ったのだろうか。
その老人は毎日、空き缶や雑誌を探してその日の生活費を稼いで食いつないで、代々木公園や渋谷の駅周辺で眠るのかもしれない。その千円で少しいいものを食べることができるかもしれないが、生活は変わらないだろう。むしろその老人に聞きたいものだ。「その千円札をもらって嬉しかったですか」と。そうやって聞いたら「俺は人の目を気にせずに自分の力で生きているから、誰の力もいらない」と答えたのかもしれない。
一方、千円札を老人に渡した女性はどうなのだろう。ひょっとしたらすでに息子は独立し夫婦の仲も冷え切って、自分を必要としてくれる場所を探していたのかもしれない。
そんなことが頭をよぎったからだろうか、僕にはこう見えた。
その女性が千円で「食い物に困っている老人を助けた」という満足感を買ったのだ、と。
そして、それを知っていたからあの老人は千円札をつき返さなかったのかも知れない、と。
今頃、あの野口英世はどこに行ったのだろう。
考えすぎ?
でも、そうかもしれないし、もしかしたら僕には想像もつかないようなもっと違う気持ちが2人にはあったのかもしれない。
だって、単純に生きている人なんていないのだから。
人の目を気にしないって
できるんだろうか。
やっぱり そういうおじさんたちを
見る目って 嫌な目 が多いと
思うけれど。
いやな目 さげすむ目・・それを
気にせずに 生きていけるんだろうか。
それに お風呂。
2日も入らなかったら 痒くて 仕方ないんじゃないかなーって。
それに 寝ている時間が 絶対多いと思うけど、
その時間に もっといろいろ 出来るんじゃないかなって。
あと そのおばさんは 私も自己満なんだと
思いますね。千円で おじさんの生活が
変わるわけないと わかっているはずだし。
自己満足の表現の仕方は人それぞれ、で
そのおばさんは、おじさんを助ける?ための表現方法か
または、千円札を渡すという自分への満足感の
表現方法のどちらかなのでしょうね。
よく、話の例で貧困の土地を助けるのに
単に食料ををげるべきか、農耕技術を伝授するのか…。
ということを例にするけれど、そのおばさんの意図は
「助け」なのか「自己満足」なのかによってまた解釈
変わってきますね。
でも、私思うに、「助け」をしたのではないような気がします。やっぱり、千円で、おじさんの生活全てを助けることは出来ないことはおばさんにも分かってたことでしょうしね。
そういう寂しい場面に出くわしてしまうと、考えてしまいますね。
Posted by: Hana : 2005年07月04日 00:28>あさちゃん、Hana
二人とも女性だからまず女性の方に気持ちが行くのかな・・
僕はむしろ老人の気持ちが気になってこんなことを想像していた。
老人は女性の姿が見えなくなると、ゆっくり立ち上がった。
金曜日の夜ということで、あたりはアマチュアバンド数組が演奏している。
老人はしばらく周囲を歩くと、誰も聴いている人のいない一人の弾き語り青年の前で立ち止まり、
先ほど受け取った千円札を彼のギターケースの中に入れた・・
世の中の矛盾や資本主義の犠者となって今はそんな生き方をしているが、昔は輝いていた時期があったのだろう。
せめて最後のプライドは捨てずにいて欲しいなってね。
なるほど…、そう考えるってすごくなるほどって
思いました。(本当に)
そのご老人、かつては輝いていたかもしれない。
だとしたら、そのお金は受け取れないだろうって
そういう風にも確かに考えられますね。
そのご老人は、むしろその女性より、お金の価値や、
人生の価値を知っているのかも。と。



