今日はスカッシュの練習をしに大森に行った。大井町線でなぜか座ってしまったために荏原町駅までの20分ほどの乗車で乗り物酔い。相変わらずらしい。さらに文化の森までの40分ほどの道のりをいつものように歩くわけだが、陽射しは強く、熱中症になりそうな気配を感じて、途中のコンビニで意味もなく長居した。そんなわけでコートにたどり着くまで体力を若干消耗。
練習はイマイチ。フォアの反応が少し遅いうえに、壁との距離感がイマイチ。例によって疲れる前に吐き気が襲ってくるのでどうにももどかしい。しかし練習後はなんだか調子が良くなったような・・・じっとしているよりも軽く動いたほうがいいのかな、と思った。
帰ってサッカーの東アジア選手権を見た。予想通り面白くもなんともない試合だった。部屋を掃除した。スカッシュ仲間の助言もあって、エアコンのフィルタを掃除してみた。どれほど効果があるのか分からないけど、できることはなんでもやってみることにした。ずっと抜けなかった左耳が抜けるようになっていた。内耳と耳が抜けることが関係あるのかわからないが、少し改善したような気がした。
昨日突然沸き起こった欲求のままに、コアラに会いに多摩動物公園に行くことにした。南武線、京王線と乗り継いで多摩動物公園に到着。600円の入場券を買って園内に入ると、僕の頭の中にはECHOESの「ZOO」が流れてくる。
♪失恋して〜も、片足で踏ん張るフラ〜ミンゴ
カップルや家族連れが多い、自分のように一人で動物園に来る人などいるのだろうか、と考えていたら、一人でカメラ持ってうろついている人もまた意外と多かった。コアラを目指しつつ、一通りの動物を見てまわる。夢を食べる気のなさそうなバク、サービス精神のないインドサイ、水に浸かって幸せそうなスイギュウ、ナルシストっぽいクジャク、家族愛を見せ付けてくれるオランウータン、暑さに耐えかねているユキヒョウ、どこでも眠れるコアラ、頭が痒いアジアゾウ、気高く枝に止まって遠くを見つめるタカ、クリスマス以外はやる気のないトナカイ、狭い小屋に密集するキリン、クルマに驚くライオン、
カメラ目線のチーター、などなど、残念ながらコアラをカメラにおさめることはできなかったが、とりあえず600円でここまでお腹いっぱいであれば満足である。しかし動物園の中を歩いていると意外と疲れる。やはりもう少し涼しいときに来たかったものだ。
帰り道、コンビニでヤングジャンプを立ち読みした。久しぶりに掲載されていた「リアル」が涙を誘った。どんなに強い人間でも希望を失えば自分を見失うということだ。
さて、どこに行くかと考えて、なぜかコアラが見たくなったのだが、県内の動物園はだいたい16時ごろ閉館らしく行動が遅かったことを反省する。仕方がないので先週目前にしてあきらめた江ノ島に行くことにした。
鎌倉から江ノ電で江ノ島駅まで行って、徒歩で江ノ島を目指す。この辺へ来ると水着姿の女性もちらほら。江ノ島へ上陸してからは、参道を進んで、鳥居の横からエスカレーターを利用してひたすら上を目指す。頂上らしき場所に着いてどうしようか考える。展望台に少し惹かれたが、サムエル・コッキング苑内にあるらしく入園料500円を惜しんでやめておいた。とりあえずガーデンパーラーで一休みしてから再び目の前の道を進むこちにした。
石段を上り下りを繰り返すと、途中、左手に「恋人の丘」への道があった。テレビなどでたまに取り上げられていて見晴らしがいいことは知っていたので少し惹かれたが、さすがに一人で行くのも虚しいので行かないことにした。さらに石段を降りて降りて降りると稚児が淵に到着。残念ながら富士山は見えない。岩屋の前まで行ってとりあえず自分的に満足。来た道を戻って途中から別ルートを通って帰ることにした。
感想はというととにかく直射日光がきつく暑い、しかも湿度も高く、あまり外に出歩く気候ではないと感じた。
温泉という文化に馴染みはないものの、じっとしてても仕方がないので近場の温泉にデビューすることにした。ネットで検索した結果、平和島温泉クアハウスに行くことにした。
大森の駅から20分ほど歩いて平和島クアハウスを目指す。それにしても今日は台風一過で雲は少なく日差しは強く空は青い。しかも暑い、本当に熱い。温泉に行く気持ちが何度も萎えそうになるが、平和記念公園、平和島公園と適度に寄り道して平和島温泉クアハウスへ到着。さすがに平日の昼間だけあって人が少なかった。
とりあえず3Fの普通の岩風呂につかる。しかし予想通り暑くて長く浸かってられない。せいぜい10分が限界である。しかたがないので源泉を直接引いている30℃程度の温泉に浸かって40分ほど本を読んだ。
その後、せっかくなので4Fの空の見える露天風呂へ行く。入って寝そべって空を見つめる。空が青い。風が少ないらしく、雲が動かない。都内にこんな場所があるんだな〜と思った。しかし、やっぱり熱い。来る途中の平和島公園ではプールに入ってはしゃいでいる子供たちが気持ち良さそうだった。そんな中、お湯に浸からなければいけない理由が見えない。
そんなわけでさっさとあがった後はラウンジでひたすら読書。とりあえず温泉デビューおめでとうということで。
相変わらず頭痛が続く。とはいえ家にこもっていては前にも後ろにも進まないので昨日読んだ本を実行するべくTIPNESSに泳ぎに行くが、泳ぐ前に入ったジャグジーで泡に体を揺らされて酔う。結局50メートル泳いだだけで帰ってきた。家で大人しくしていることにした。夜になって耳が抜けるようになったので少し回復の兆しか・・。なんとも成果のない1日だった。
「他人の恋愛に一喜一憂している余裕がオマエにあるのか!」と自らツッコミを入れたくなるが、我が家のブラウン管はつい2時間ほど前、久々に「あいのり」を放送していた。
記憶に間違いがなければこの番組。確か社会人になるのとほぼ同時に始まったからすでに7年目。とりあえず7年間飛ばし飛ばし見てて思うのは、とにかくやさしい男がモテるということ。もちろんやさしい男がモテることには全く異論はないのだが・・・なんというか日本では「愛のムチ」を優しさとして受け入れるような女性って少ないのかなって思うのだ。現代が「愛のムチ」を受け入れずに弱いままでも生きていけるような時代だから仕方がないのかもしれないけど・・
僕自身はどちらかというと「愛のムチ」派である。たまにうっかり愛を込めずにムチを打つこともあるけど(笑)。とはいえ、日本の文化がひたすら優しい人間を求めているらしいことを知っているから、どうでもいい女性にはとりあえず優しく、しかしやっぱり妥協はしたくないから気になった女性にはムチを振りかざす。
これって、悪循環に陥る可能性あるよな。
今日も頭が痛い。昼過ぎまで横になっていたがどうやらそう簡単に治りそうもないと断念して外に出る。とりあえずいつものごとく本屋へ行っておもしろそうな本を探す。「クロールがきれいに泳げるようになる!」という本を購入。別に泳ぎが苦手なわけではないが、一部のダイビング団体では400メートルをノンストップで泳ぐことをダイブマスターの必須のスキルとしていることもあり、長距離を泳ぐことの必要性を感じているのである。
近くのモスバーガーで先ほど買った本を読む。このモスバーガーは完全分煙。あとから隣の席に座った女性は灰皿とタバコとライターを片手で持って席に着いたが、すぐに悟って灰皿だけ返しに行った。
本を読んでいくつか新しくクロールのコツを学び、すぐにでも泳ぎたくなったがそのたびに頭痛を思い出す。そろそろ出ようかと思ったら外は夕立。とおりすがりのおばさんが雨宿りをしたり、窓辺にすわった男性がうらめしそうに空を見上げたり、しばらく、夏の夕立が作り出した小さなドラマを楽しんだりした。
雨宿り目的で来店する人が増えたのか、席が埋まってきたので、僕は席を立つ。当然のようにバッグの中には折りたたみ傘が入っているのだ。
外に出たとたん雨が上がる。日も射してきたのを見て、なんかキレイな空が見れそうな気がしてきた。そんなわけで今度は多摩川へ向かう。歩いていこうかと思ったけど、湿度がすごいので、わずか2駅を電車に乗る。
多摩川について空を見上げる。この場所では空は広いのだが国道246号線の高架が広い空に割って入ってくるのが非常に残念。どこかに広い空を写真におさめられるような場所はないものか、そんな思いで高い場所を探し、高島屋へ上かってみることにした。
高島屋を上へ上へと上がってみると、さすがはセレブの街の象徴。屋上にはキレイナ庭園が広がっていた。そこには木々や花、そして彫刻などがレイアウトされていて、しばし空のことなど忘れて庭園を楽しんだ。
おととい地震の影響でイライラしながらホームで電車を待っていた人たちにこの場所を教えてやりたい。
土曜日の夜の教育テレビで放送されていた「オレを覚えていてほしい」という番組。意図せず部屋の中で流れていた。内容はというと、肺ガンで余命2年と宣告された奥山貴宏さんが、自分の「死」を受け入れ、その最期の生き方を模索し続け、その過程を闘病日記としてブログに書き続ける様子と、その最期をリアルに写したドキュメンタリーだった。
生前の彼がなにかの番組に出ていたのを記憶していて「あぁ、こんな人もいたな〜」と思ったのと同時に、それでもその事実をすっかり忘れていた自分の薄情さに少し驚く。なんにしても見ているうちにどんどん視界がぼやけていくような内容だった。
驚いたのは、彼がブログに書き込むことに対して書き込まれる読者のコメントの量だ。「がんばれ!」とか「あと少し」とか「もう一年頑張ってください」とか。読者の誰もが自覚していたと思う。「死を目前にした彼の気持ちが自分にはわからない」ということを。それをわかっていながら簡単に(悩んだ末なのかもしれないが)コメントを残していることに、この読者たちは自分のコメントに少しでも責任を感じているのだろうか・・?と思ったのだ。少なくとも僕にはできないだろう。自分の残したコメントが彼にどんな影響を与えるかなんて、彼の気持ちがわからないのだから想像できるはずもない。
とはいえ、人とのコミュニケーションを円滑にすることに重要なのは、コメントに対する責任を意識しないことなのかもしれない。そんなことを頭では考えながらも、今日も友人のブログにコメントを残しかけてはやめる。また少し無口になる。
昨日体調の悪さをおしてスカッシュをしたせいか。朝起きたら昨日以上に激しい頭痛。もはや起き上がるのもままならない。13時からのスカッシュにとりあえず行こうとぎりぎりまで粘るが断念。結局日中はひたすら眠り続けた。
それにしても今日思った。「風邪の匂い」というか「風邪の味」ってあるな〜って。幼い頃はそれは母親の作るお粥の匂いだったり、水枕の感触から来るものかと思っていたけど、この部屋にはどちらも存在しない。でも、起きてすぐにわかった、「あ、風邪ひいた」って。口の中に広がる味なのか、頭からくる匂いなのかわからないけど確かに感じるのだ。
20時過ぎて、お腹が減ってきて冷蔵庫を見たら飲み物がまったくなくて、仕方がないので今日初めて外出することになった。駅前はなにやら騒がしい。そういえば今日は「高津区民際」だった。丁度お祭りが終わったところらしく、路面店はすこしづつ片づけを開始しながらも、行き交う人たちはお祭りの余韻にひたっているようだった。駐車場にカキ氷を片手にたむろす若い5,6人の男女の集団がいた。学生時代の自分を思い出して思った。彼らがもっとも恐れているのは「そろそろ帰ろうか」という誰かの発する声なのだろうと。
昼間寝すぎて夜眠れるかどうか不安。ずっと本を読んでいようと思った。
一ヶ月ほど前のこと。渋谷から田園都市線に乗ろうと思ったら、「渋谷」の典型的ともいえる女性がホームを歩いていた。年齢は20代前半か、ひょっとしたらまだ10代。腰まで届く茶髪と日に焼けた肌。ピンクの半そでTシャツ。ベルトとパンツは白だったかな。全身完璧ともいえるコーディネートである。僕の注意をひいたのは、肩から提げている黒っぽいバッグの中から顔と前足を出した茶色のミニチュアダックスフントだ(犬のカラーの種類ではレッドというらしい)。大人しく、どちらかといえば不安そうな顔でその瞳は行き交う人の流れを見つめていた。
彼女の上から下まで完璧ともいえるコーディネートが違和感として僕の中に残った。黒っぽいバッグ、きっと他にもいろんな色のバッグを持っているのだろう。気に入ったバッグは週に3,4回活躍して、気に入ってないバッグはタンスの奥でもう何年も眠っているのかもしれない。シャツもパンツも同じようにたくさんある中から毎日選抜されることだろう。そして、犬は?犬もレッドとクリームと、ブラックがあって(いて)、今バッグの中から顔を出しているレッドは今日のバッグの色とあわせてコーディネートされたのかもしれない、そして、あまり気に入っていないクリームはもう何年も部屋の隅の犬小屋で眠っているのかもしれない。
あまりにも完璧にコーディネートされた姿が僕にそんなイヤな想像をさせた。少なくともその女性の身に着けているものの金額と比較したら、そのミニチュアダックスの占める金額は大したものではないだろう。
今日は体調最悪。ふらふらしている。視線が意識に付いてこないうえにノドも痛い。午前中に1週間ぶりに医者に行ったら「温泉行ってくるのが一番だよ」と言われた。「温泉」という文化が僕の中にはないのだが、近場の温泉を探してみようと思った。
午後は品川健康センターにスカッシュをやりに行った。ボールに目がついていかない。初めて見る人がたくさんいたけど喋るのがツライ。とりあえず集中力も全然ない、こんな状態で練習しても怪我するだけだと思ったので早めにやめてのんびりみんなのスカッシュを見ていた。なぜかみんなやたらと楽しそうだった。
スカッシュが終わってみんなが出てくるのを待っているときに大きな揺れが起きた。後でニュースを見たら震度5だったそうだ。しかし僕の体は朝からずっと揺れていた。
帰りに大井町について地震でJRが停まっていることを知った。渋谷〜二子玉川の間も田園都市線が運転を見合わせていた。僕のかえるルートにはほとんど関係ない。明日の練習こそ満足にできるようにとにかく速攻で寝た。
横浜に行く用があった。せっかく横浜まで出るので、今日もどこか普段行かないところへ行こうと思って考えた。そして突然、氷川丸が見たくなった。というわけで山下公園に行くことにした。
石川町駅で降りて、山下公園まで歩く。今にも泣き出しそうな空だった。傘を持っていなかったが、降り始めたらどこかで止むまで雨宿りすればいいと思っていた。特別急ぐ理由のない僕の強みである。15分ほど歩いてようやく山下公園に到着。そして氷川丸の前に立つ。ちょっと感動。過去にも何度か見る機会はあったが、その頃は何も知らなかった。今は、この船が太平洋戦争中に頑張ったすごいヤツだということを知っている。だからこそまた見たくなったのだ。ちなみに氷川丸の名前が僕の出身地の大宮の氷川神社から取っているという点も親しみを覚える。
その後、山下公園をみなとみらい方面へ歩く。途中、休憩所でトイレに行ったら、隣でペットボトルに水を汲んでいる青年がいた。青年・・といっても中学生か高校生ぐらいにしか見えない。休憩所で缶コーヒーを飲んでいたらその青年が休憩していた。脇には大きなバッグと紙袋を置いてある。紙袋の破れ具合から夏休み限定の家出青年と想像した。もちろん真実はわからないがそれほど外れてはいないだろう。
休憩所の別の一角では正真正銘のホームレスがタバコを吸っていた。長いヒゲと日に焼けた顔。どんな生き方を経て今に至っているのだろう。家族はいるのだろうか。最後に風呂に入ったのはいつなのだろうか・・・まったく想像もつかない。
さらに休憩所の前には、スピーカーから音楽を流したまま、その横に座り、頭を膝の間に挟んで地面を見つめている人がいた。何かの演劇の告知なのか、宗教の勧誘なのか、仕事なのか趣味なのかボランティアなのか・・・その人の境遇を想像しようと試みたが、こちらも僕の浅い人生経験では想像のつかないものだった。
その後は赤レンガ倉庫、タイムズスクエアと経由してみなとみらい駅まで歩いた。途中、会社の同僚から電話があった。僕の代わりに仕事をしていて、分からないところを尋ねる電話だった。頑張っているらしい。僕が経営者だったら自分みたいな我の強い社員はさっさとクビにして、人件費が安く素直な彼を使うだろう、と思った。
不思議と内容の濃さを感じる1日だった。
今日も砧公園でのんびり。もはやここの住人になった気分。昨日と同じ場所にレジャーシートを敷いて持ってきた本や雑誌を読む。
「おとなの青春18きっぷの旅2005夏季編」はもう3年連続で購入している本。だいたいの内容は予想がつくが毎回新たな発見もある。今年はどこに行こうか考えて、とりあえず「青海川」の駅には行こうと思った。ドラマ「高校教師」の最終回で真田博之と桜井幸子が逃亡の末に降り立つ日本海の上にある駅である。ずっと行こうと思いながら中途半端な場所にあるため後回しになっていたのである。
さすがに6日目ともなると考えることが少なくなってきた気がする。この時間の進み方に慣れて、のんびり過ごせる時間の貴重さを忘れかけているようだ。とはいえこうやってぼーっとするのが今自分ができる最善のこと・・本当に前に進んでいるかどうか分からないが、焦っても仕方がない。
とりあえず帰ったら急いで日記を書かないと、一週間後の僕にとって今日と昨日は同じ「砧公園で過ごした日」という分類になり、区別はきっとつかなくなっているだろうと思った。
今日は目的地の変更をすることなく砧公園へ行った。西門近くのケヤキの木の木陰にレジャーシートを敷いて新聞を読み始めた。日曜日と違って、空は青く、草木は緑で、風が心地いい。こんな場所が都内にあることをみんなに教えたいと思った。
こんな平日でも結構人がいるもので、50メートルほど離れた場所でサッカーボールを持った青年が一人でリフティングを始めた。遠くから見ていた。なかなか上手かった。サッカーのリフティングとスカッシュの一人打ちが上手いやつは友達の少ないヤツ、って昔よく言っていたのを思い出した。それが本当なら自分自身もっとリフティングも一人打ちも上手くなっててもよさそうだと思った。しばらくするとサッカー青年はコーンを置いてドリブルの練習を始めた。一人で努力しているその姿に、自分にはないものを見た気がした。
子供2人と虫取り網を持った父親がいた。「夏休み」を絵に描いたような親子を少し観察していた。蝉を取っているのかと思ったが、空中で虫取り網を振り回しているのを見て、トンボを取っているのだとわかった。
読みかけの本に没頭して気がつくと小さな鳥が50匹程近くにたむろしていた。頭が黒く、目の周りが白い、スズメほどの大きさの鳥だった。後で名前を調べておこうと思った。
日が傾き始めると、近くの高校の陸上部らしき人たちがすぐ近くを走って通り過ぎるようになった。犬の散歩をしている人が多くなった。
17時を過ぎると風が冷たくなってきた。帰りに本屋で鳥の名前を調べた。結局よくわからない。とりあえず図鑑で「市街地でよく見かける鳥」のムクドリ、シジュウカラ、メジロの特長を覚えた。
ほのぼのとまた1日が終わる。今日は読みかけのミステリーを読み終えた。涙を誘うラストだった。一つ何かを積み上げた気がした。
会社のメールをチェックして、いくつか引き継ぎ漏れを対処した。今日も砧公園でのんびりしようと思ってレジャーシートと本と新聞をバッグに詰め込んで家を出たが、駅前の本屋をめぐっているうちになぜか目的地が鎌倉に変わっていた。
南武線→東海道線→横須賀線と乗り継いで、最後まで理由はわからなかったのだが鎌倉に到着した。とりあえずここまで無事にたどりつけたことを感謝。駅前のとおりを南へ歩くこと15分。由比ガ浜に到着。実は今年初めて海に来たかも。浜辺はすでに海水浴客で賑わっていた。そこから今度は海に沿って稲村ヶ崎まで歩いた。頭に「真夏の果実」が響いてくる。遠くに江ノ島が見えてきて、せっかくだから江ノ島まで行きたくなったけどかなり汗だくになってきたので次の機会にすることにした。
せっかく鎌倉に来たということで大仏も見てきた。鎌倉の大仏を見るのは中学のとき以来2回目だと思うが、予想通り大したことなかった。ここで会社から電話があって「今どこにいる?」って聞かれたので、「鎌倉の大仏の前にいます」と答えた。一人で観光に来ている女性から写真を取って欲しいと頼まれた、あまりこういう状況で声をかけられることが少ないので、若干戸惑いながらも大仏をバックに「はい、撮りマース」カシャ。と無難にこなす。
帰りは鎌倉駅まで歩いて駅前のスタバで少し休憩した。外の席しか空いてなかったので相変わらず汗が止まらなかった。周囲を見回して、こんな平日の昼間にのんびり過ごしているやつは一体どんなやつなんだろう?と思った。自分も同じように見られているんだろう、とも思った。
隣に座った人がタバコを吸い始めたので、気分が悪くなる前に立ち上がった。
19時頃家に帰ると、再び仕事のやりとりを電話とMSN Messengerで行った。事務所の同僚は今日は徹夜らしい・・、自分の分のシワ寄せかな。あまり気にしないことにした。
4日目が終わる。比較的有意義な日だったと思う。
朝起きて、いきなりNHKアニメの「雪の女王」にハマッてしまった。暖かいストーリーに懐かしい気持ちを覚えた。少なくともバラエティー番組を見て笑い転げているよりはるかに有効な時間の使い方だと思った。
午後は品川健康センターにスカッシュをしに行く。大井町線で大井町まで行き、駅前から新馬場駅方面に向かってゼームス坂(※1)を徒歩で下る。15分ほどの距離。ゼームス坂は歩道がしっかり整っていて歩きやすいうえに両側にエンジュ並木が続き、暑さをやわらげてくれる。
スカッシュでは2面を2時間。10人ほどのメンバーでまわした。密度は濃かった気がするが、例によって少し本気で走っては少し休憩し、また走っては少し休憩、という具合なので少し物足りない。コートは横の弾みが大きく、最初に感覚を修正してからはずいぶんやりやすかった。バックの振りがずいぶんスムーズに出るようになってボールにパワーが伝わるようになった気がする。他のメンバーでも熱心に練習に取り組んでいる人は確実に上手くなっているのを感じられてなんだか嬉しかった。
帰りに本屋で賃貸雑誌を立ち読みして、「鵠沼海岸」や「小田原」の物件のページを少し見てみた。「駅まで〇分」という記述に加えて「海まで〇分」という記述が載っているのが新鮮だった。
家に帰って昨日買った「TARZAN」をさらっと読み直した。ホノルルマラソンの記事を見て、またフルマラソンに挑戦したくなった。新聞を読んでから久しぶりに少しハーモニカを吹いた。
こうして3日目が終わる。今日も大した進歩はない。たぶん1日で大きく進歩する日なんてほとんどないだろう。それが当然なのだと思った。部屋の温度計は31℃を示していた。
朝起きてすぐに気付く。体調最悪。エアコンのつけっぱなしが原因らしい。とはいえ別に誰かと約束があるわけではないからそれほど困らない。
正午をまわる前に家を出て、長崎屋でレジャーシートを買って、本屋で本を数冊買って、用賀駅前で昼食を買った。その足で前日に考えていたプランどおり砧公園まで歩いた。
砧公園内の西門近くにレジャーシートを広げて横になった。買ってきた本を読んだ。今回の「TARZAN」は山や海の近くで生活する人たちの特集だった。
そもそも何故僕は川崎の溝の口などという場所に住んでいるのか考えてみた。南北と東西のどちらへも動きやすく都心が近いからだ。では何故都心が近い必要があるのだろう?通勤が楽だからだ・・・別に都内で働く必要はないというのに。
そんな自問自答を繰り返しているうちに、葉山あたりに住みたくなった。あのあたりならダイビングも気軽に出来るだろうし、サーフィンやボディボードにも興味がないこともない。スカッシュコートが近くにあればいうことはない。
こうして10年ぐらいの長い期間のどこかで自然と接しやすい場所に移り住むことを少し考え始めた。
途中、かなりの頭痛と吐き気に襲われた。周囲の人には横になって寝ているようにしか見えないことだろう。人に迷惑をかけることがなければこんな苦痛はたいしたことではない。
18時をまわった頃、レジャーシートのすぐ近くで這っているミミズを見つけた。暑さに地上に出てきたのだろう。また地面にもぐろうとしているようだ。しばらくしてまた見たら動かなくなっていた。軽く息を吹きかけたらまた動き始めた。
今日は横浜の花火大会らしい。少し「花火見たい」って思って、一人でもちらっと見に行こうかとも思ったけど辞めた。クリスマスに一人でディズニーランドに行くことにすら抵抗がなくなりそうだ。
日曜日の夜。多くの人が憂鬱な時間のはずだが、明日も祝日。そして、僕は明後日も休日、その次の日も。
大した進歩のない2日目が終わる。
テレビを消した。
2台のパソコンの電源を落とした。
部屋の中が少し静かになった。
外の音が気になったので窓を閉めた。
さらに風呂場の換気扇を止めた。
ついでに冷蔵庫のスイッチを少しだけ切らせてもらった。
また少し静かになった。
それでも近くを走る国道246号線を走る車の音が低く響いてくる。
気にし始めるともう止まらない。
都会で生活している人間にとって「静寂」というものがどれだけ遠い存在か気づく。
たまに本当の静寂に身をおいて
思考の世界に集中したいときがある。
それが無理だから仕方なく他の音を隠すべく音楽を流すのだ。
聴覚のスイッチを切ることができればいいのに。
午前中は医者に行っていつもどおりの薬をもらった。先生に一ヶ月休みをもらったことを告げると、「のんびり温泉にでも行ってくれば治るよ」と言ってくれた。その後は「これから一ヶ月どうやって過ごそうか・・」そんなことを考えて駅前をうろうろした。何か新しい刺激を得ようと思って、本屋では普段行かない書棚の前で普段読むことのない雑誌を立ち読みしたりした。
スポーツ雑誌の「Versus」には今やスカッシュ界のアイドルの松井千夏の記事が載っていた。また、ビジネス書の前にはサークルの先輩だった女性の出した起業に関する本が並んでいた。スカッシュを極めた人、仕事を極めた人。なんだかスポーツにも仕事にも中途半端な自分を思い知らされた感じがした。
午後はスカッシュで汗を流す。相変わらず少し本気になって動くと吐き気が襲ってくる。この一ヶ月を終えるころには1試合満足に走れるくらい回復しているだろうか・・・・
悪化した健康状態の回復のために1ヶ月間の休暇をいただくこととなった。
会社や同僚に迷惑をかけたくない一心で自分を追い込み続けた2ヶ月は、僕から多くの貴重な時間を奪っていったが、残念ながらその中からそれに見合うものを得ることはできそうにない。さらに多くの時間と、そして友人と信頼までも失わないためにようやく決断することができた。
もちろん1ヶ月分の給料を失うことになり、大した貯金があるわけではない僕にとっての痛手は大きいが、その1ヶ月の間に日々の生活の中からでは得ることのできない大きなものを見つけられれば何も悲観することはない。今週1週間かけて、1ヵ月をどうやって過ごすか考えることにする。
1年程前に読んだ本の中で、天才と呼ばれた女性が語る言葉。
ふと頭の中に蘇り、なかなか消えない。
眠りたいって思うでしょう?
眠ることの心地よさって不思議です。何故、私たちの意識は、意識を失うことを望むのでしょう?
意識がなくなることが正常だからではないですか?
眠っているのを起こされるのって不快ではありませんか?
覚醒は本能的に不快なものです。誕生だって同じこと・・・。
生まれてくる赤ちゃんって、だから、みんな泣いているのですね。
生まれたくなかったって・・・
(森博嗣「すべてがFになる」より)
今日も誰もいない下のフロアのソファに横になって体調の回復を待つ。
部屋が暗いから、スピーカーから流れる有線の音楽が自然と耳に入ってくる。
♪ U-lala 僕は 歌い続ける〜 君が僕を見つけてくれるまで
さっきも聴いた曲。ヒットチャートが何時間かの周期で回っているようだ。
なんか心の奥に響いてくる曲だ。
何年か前にもあったなこの感じ。
Coccoの「強く儚い者たち」を初めて聴いたときの感じに似ている。
すべてがすごくちっぽけなもの思えてくる。
何か大切なものを見失っているような気がしてくる。
金曜日の帰り道。時間は23時を回っていた。この時間は田園都市線乗り場への最短距離となる東急百貨店のシャッターが下りているため、モヤイ像前からハチ公口までは少し遠回りをしなければならない。
マークシティ連絡通路の下には40歳を過ぎた男性が、尾崎豊を弾き語りしている。いつもの風景である。今日はその5メートルほど横に老人が横になっていた。年齢は60歳ぐらいだろうか、髭も伸びきって、きっと今日の寝場所をここに決めたところなののだろう。その老人に通りすがりの50歳ぐらいの女性が千円札を渡して立ち去るのが見えた。老人は千円札を不思議な表情で見つめていた。
誰かが誰かを救ったのだろうか。
その老人は毎日、空き缶や雑誌を探してその日の生活費を稼いで食いつないで、代々木公園や渋谷の駅周辺で眠るのかもしれない。その千円で少しいいものを食べることができるかもしれないが、生活は変わらないだろう。むしろその老人に聞きたいものだ。「その千円札をもらって嬉しかったですか」と。そうやって聞いたら「俺は人の目を気にせずに自分の力で生きているから、誰の力もいらない」と答えたのかもしれない。
一方、千円札を老人に渡した女性はどうなのだろう。ひょっとしたらすでに息子は独立し夫婦の仲も冷え切って、自分を必要としてくれる場所を探していたのかもしれない。
そんなことが頭をよぎったからだろうか、僕にはこう見えた。
その女性が千円で「食い物に困っている老人を助けた」という満足感を買ったのだ、と。
そして、それを知っていたからあの老人は千円札をつき返さなかったのかも知れない、と。
今頃、あの野口英世はどこに行ったのだろう。
考えすぎ?
でも、そうかもしれないし、もしかしたら僕には想像もつかないようなもっと違う気持ちが2人にはあったのかもしれない。
だって、単純に生きている人なんていないのだから。



