2005年06月19日

ファーストフード店

いつも本を読むために使っているコーヒーショップが今日は人でいっぱいだった。時間帯が悪かったのだろう。仕方がないので、隣の駅の近くで2年ほど前にOPENしたモスバーガーに初めて入った。「緑モス(※1)」である。

店内はありがたいことに完全分煙。喫煙スペースは中央にあって、完全にガラスで仕切られていて、境界は自動ドアがひとつだけである。そして、喫煙スペースをコの字型に囲むように禁煙スペースがある。嫌煙家の僕にとってはありがたいことだが、禁煙スペースが囲うように存在していることが、禁煙>喫煙、という上下関係を作っているように感じるのは気のせいだろうか。なんだか喫煙者が気の毒にさえ思えてきた。とはいえ、思った以上に居心地がいいことに驚いた。

そういえば最近の新聞に書いてあった。マクドナルド(以下、マック)の価格設定が失敗だったと。「100円あればマックへ行こう!」というCMで利用者は増えたにも関わらず、顧客単価が減っってしまったのだそうだ。確かにマックは食べ終わるとトレーなどは片付けられて、「終わったら早く出てって」というような空気を感じる。もともと顧客単価を減らして利用者を増やし、回転率をあげようという狙いがあるのだろう。お世辞にも居心地はいいとはいえない。

今日行った、緑モス。タバコのにおいも感じることがなくて快適だった。780円。ファーストフードとしては少し高めだが、快適な空間を提供してくれるなら高くはないかもしれない。

これからも少しずつファーストフード店の個性が際立ってくることだろう。その動向に関心を持ちながら、僕に合う空間を提供してくれるのはどこなのか、注目して見ていよう。

【参考サイト】
※1 緑モスhttp://www.mos.co.jp/more/qa/qa5.html#q18

投稿者 masato : 23:31 | コメント (3)

2005年06月12日

これからどうするか・・

昨日、耳鼻科に行って「今日で診察は終わりですよ」と言われた。
まだ違和感があるものの、一ヶ月半にわたって悩まされた症状からは解放される日も近いようだ。

この一ヶ月半の間に耳の病気によって、自身の行動にいろいろな制限を受けて、それは僕にいろいろなことを考える時間を与えてくれた。何より今思うのはこれからは限られた時間を今まで以上に有効に使わなければいけないということだ。

プライベートに限っただけでも、サッカー、フットサル、スカッシュ、スキューバダイビング、パラグライダー、フリークライミング、スカイダイビング、ボウリング、ビリヤード、絵画、芸術鑑賞、写真・・・やりたいことはいくらでもある。しかし、というか、だから、お金と時間はいくらあっても足りないのだ。さらに時間が許しても精神的、体力的に無理な場合もあることも今回は身をもって感じた。

やりたいことがたくさんあるからといって「広く浅く」となるのは避けたい。ネットでの人との出会いはいろいろな種類の人間と会話する機会を僕に与えてくれるが、所属しているサークルの数だけを自慢しているような人もたまに見かける。ああいう人間にはなりたくない。「深く」できる範囲で「広く」物事に取り組みたいものだ。

上に挙げたやりたいこともいくつか2つに分類できる「経験してみたいこと」と「極めたいこと」である。たとえばスカイダイビングなどはいちどやれば十分だろうが、スカッシュやスキューバダイビングはある程度のレベルには達したいと思っている。

そしてもうひとつの分類として、人生において「今しかできないこと」と「いつでもできること」という分類もできる。たとえばサッカーなどは、自分の思い通りのプレーができるのもあと10年がいいところだろう。スカッシュやフットサルはもう少し期間が長いかもしれない。パラグライダーやスキューバダイビングはさらにもう少し、そして、芸術鑑賞、写真、絵画などは生きているうちは永遠にできることだろう。

そんないくつかの要素をふまえたうえで、今後の時間とお金の使い方を考えていかなくては・・・・
お金と時間は有限。しかも時間は蓄えることができないのだから。

投稿者 masato : 15:49 | コメント (5)

2005年06月09日

自分の顔ほどわからないものはない。鏡で見る自分の顔とも写真で見る自分の顔とも、他人から見る自分の顔は異なるのだろう。

似顔絵画家に「書きにくい顔は?」と聞けば「強いて言うなら自分の顔」と答えるそうだ。

他人から見る自分のイメージによって、笑いをとるキャラになったほうがいいのか、それとも無言で存在感をアピールしたほうがいいのか、ずいぶんイメージ戦略の手法も変わってくるように思える。
自分は一体どういうタイプなのだろう・・・?
手がかりとして、過去2回以上「似ている」と言われたことのある有名人を挙げてみる。

名波浩
保阪尚輝
高橋克典
岡田浩輝
中田英寿
布施博
岸谷五郎
波多陽区

う〜ん、余計わからん。
特に最後のギター侍。こんな「ブサイク」で売っているようなタレントに、面と向かって「似てる」という人間の気持ちがわらからん。最近、彼がブレイクしてきたせいで結構言われるのだが、そんなに人間関係を険悪にしたいのかな。

そういえば僕があまり多くを語らないのは、自分の声が嫌いだからだった・・・顔は関係ないね。

投稿者 masato : 15:43 | コメント (10)

2005年06月08日

時間配分

今日も僕は考えないでもいいことを考えて悩み事を増やすのだ。

1週間は168時間である。
1日の睡眠時間は余裕を持って6時間としよう。そして食事や風呂やトイレに行く時間の合計を3時間としよう。そう考えると、1日9時間、1週間で63時間は生きていくために必要な「生活必要時間」である。残りの105時間を僕は自由に使えるというわけだ。

ところが現在、平均しても朝10時から22時までは仕事をしているから、12時間が5日間で、つまり一週間で60時間、なんと自由に使える時間のうち57%もの時間を仕事に費やしているのである。う〜〜ん、多すぎる。ちなみに理想とも言える、9時から17時までの8時間労働だとしたら、一週間で40時間。仕事に費やす時間は38%。すばらしい。仕事以外の時間の方が多い。理想、というか考えてみればむしろ当然である。

なぜなら、「楽しみ」は人生において必要不可欠だが、「仕事」は別になければないでいい。「楽しみがなければ生きている意味がない」という言葉はあっても、「働かなければ生きている意味がない」という言葉はあまり聞かない。
必要なのは「仕事」ではなく「お金」なのだ。

とにかく近いうちに「楽しみの時間」>「仕事の時間」という、僕の人生において永久に成立する不等式を確立させたい。だからとりあえず仕事の時間を減らす方向に、それと同時に仕事の中にももっと「楽しみ」見出す方向に、そんな方向に進めるように、そろそろ本気で動き出すかな。

投稿者 masato : 01:45 | コメント (5)

2005年06月07日

名前の文化

女性同士の場合、出会って大して時間のたたないうちに、苗字ではなく名前で呼び合うというという習慣がある。男性はなぜか、会って多少打ち解けると、苗字で呼び合うようになるのだ。この名前に対する文化の微妙な違いはどこから来るのだろう。

とりあえず、日本で1,2を争う多数派の苗字を持つ僕には、男性の名前文化がいやでたまらない。個性を無視されているような気さえするのだ。

銀行などで待っているときも困る。

窓口の姉さんが呼ぶ「○○さん」

俺のことかな?と考えるが、ひょっとしたらほかの人かもしれない、という考えが経つことを阻む。

「○○さん」

他にだれも動きそうもないな・・・

「○○さん」

よし!間違いない。
という流れで、毎回窓口の姉さんの責める視線を浴びることになるのだ。

そもそも40人にいれば2人いるような苗字の人を、苗字だけで呼ぶ方が理解できない。例えるなら「おい!埼玉県民!」といわれるぐらいカテゴリー的には大きなくくりで呼ばれているのだ。個性を無視されているような感じを受けるのも仕方がないだろう。

過去を振り返ると、小学校、中学校、高校、大学、サークル、いろんな団体に所属してきたが、楽しい思い出と一緒に思い出されるシーン、その周囲の友人たちは決まって僕を名前で呼んでくれていたような気がする。

投稿者 masato : 21:46 | コメント (2)

2005年06月05日

看板持ち

伸びきって鬱陶しくなった髪を切りに美容室に向かう途中の大きな交差点。いつもの土日と同じように、横断歩道の前には「〇×マンションギャラリー」という文字の入った看板を肩で支えて、パイプ椅子にる女の子がいる。僕がもっとも敬遠したくなる仕事のひとつだ。

今日の女の子は年齢は20代前半、色白で茶髪が似合う。まだ社会に出て間もないように見える。新入社員なのだろうか。
ひょっとしたら1時間に一人ぐらい「『「〇×マンションギャラリー』はどうやって行ったらいいのですか?」と尋ねてくるお客さんがいるのかもしれない。尋ねられなくても、彼女が支えている看板を見て「『〇×ギャラリー』はあっちだ!」と通り過ぎる新婚夫婦がいるのかもしれない。だから足を組んで姿勢を楽にするわけにも行かないのだろう。

つらいだろうな。
いろいろ考えてしまうだろうな。と思う。

僕ならきっと考えてしまうだろう。

この時間が自分にとって将来何か役に立つのかな。と・・

髪を切って、駅前でぶらぶらして家に戻るとき、またその交差点を通った。

同じ女の子が同じ位置に座っている。今は紙袋を右手で顔の上にかざして、正午を回って、強くなった直射日光を避けようとしていた。

投稿者 masato : 12:49 | コメント (4)

2005年06月04日

日本の個性

絵画に関する本の中に葛飾北斎をはじめとするジャポニズムが西洋の絵画に与えた影響の大きさに関する記述があった。何より魅力的だったのは浮世絵に描かれた「人工と自然の美しい共存」だったという。自然を征服するがごとく進んだ産業革命後のヨーロッパの人々にとって、日本は「自然と共存する奇跡の国」に見えたという。

昔の日本は個性を持った国だったのだ。しかし、残念ながら今の日本にはそんな奇跡はない。海外の人に日本の印象を聞くとなんて答えるのだろう。「勤勉さ」かな。そういえばどこかで言われていたな「ゆとり教育」とか・・

個性は失われていく。日本はどこへ行くのだろう。

投稿者 masato : 15:41 | コメント (0)

2005年06月03日

場所を問わない「お気に入り(ブックマーク)」

自宅のPCのブックマークは増える一方である。ところが会社でも自宅でもmacもwindowsの両方を使い、ネットサーフィンはFirefox、投資やオンラインショッピングはInternetExploler・・などと使い分けている僕には世に出回っているブラウザ間の「お気に入り(ブックマーク)」ファイルの互換性の低さは悩ましい。そこで思った。

「お気に入り(ブックマーク)」をネット上で管理できるサービスがあれば個人的にはかなり需要があるのではないか。

メール環境についてはウェブメールなどのサービスが存在しており、どこからでもインターネットに接続できる端末さえあれば、メールを確認できる環境は一般に整いつつある。しかしネットサーフィンに関しては見過ごされてきた。会社や自宅、モバイルなどでもネットサーフィンを楽しむ時代になった今、「お気に入り(ブックマーク)」もサーバ側で管理してブラウザや場所を問わないで参照できるサービスがあれば多くの人が利用するだろう。

しかも「お気に入り(ブックマーク)」は本人の趣味や興味の対象を詳細に反映する。企業側にとってそのサービスによって作成される会員名簿の利用価値は高いはずだ。

ひょっとしてもうありますかね。

投稿者 masato : 13:10 | コメント (4)

2005年06月02日

記憶の断片

幼いころの記憶で抜け落ちている部分を探して調べてみると、実は驚くべき真実が隠されていた・・・というのはドラマや漫画や小説などで意外とよく使われる話。幼い頃などその事実を受け止められるだけの精神力を持ち合わせていないため、脳が自分を守るためにその記憶を封印することから起きる。というのが「記憶が抜け落ち」の一般的な説明である。

実はこれって、「幼い頃のことは覚えてない」と片付けているだけで意外と多くの人の中で起こっている出来事なのではないか。最近そう思うのである。
というのも、僕には幼い頃の記憶の断片で気になるものが2つある。

1つ目はこんな断片だ・・

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父の運営する小さな会社の駐車場。そこに停めたクルマの中の助手席に僕は座っている。
父はクルマの外に降りて、後部座席からなにか大きな荷物を取りだそうとしている。

ところが後部座席にはドアロックがかかっていて、助手席のドアを開けたことによる10センチ程の隙間から手を伸ばして、父は後部座席のドアロックを上げようとしている。ドアも窓もすべて手動の時代である。

「今、ドア閉めちゃ駄目だよ」父はやさしく僕に声をかける。

言われなければなんとも思わないのに
「じゃ閉めちゃおっかな〜」といういたずら心が僕の心に芽生える・・・

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そこで1つ目の断片は終わる。そして、もう1つはこんな断片だ


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その日もいつもと同じように家族で会社に行く父を送り出す。
クルマの鍵をジャラジャラ鳴らしながら、グレーのジャンパーを羽織る父の左手の中指と人差し指に、包帯とその隙間からはみ出た添え木が見える・・・

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2つの断片のつじつまを合わせると・・・う〜〜ん、結論はほかには考えられない。
しかし責められた覚えも、怒られた覚えもない。
確かに責められもせず、怒られもせずに、父が我慢して黙っていたということも考えられなくはないが、ひょっとしたら僕自身がその記憶を封印したのかもしれない、なんて思ったりもするのだ。
4,5年ほど前に急に思い出して、今でも1ヶ月に1度くらい頭をよぎる、「いつか直接聞いてみよう」と。しかし実家に帰ったときにはだいたい忘れてるんだな・・


【ついでに・・・】
失われた記憶を探していく物語、結構あると思うのだがぱっと頭に浮かんだのをあげると次の2つ。

内田康夫「記憶の中の殺人」
東野圭吾「むかし僕が死んだ家」

どちらもおすすめです。
ほかにも誰かご存知でしたら教えてほしいな。

投稿者 masato : 02:12 | コメント (2)

2005年06月01日

山へ行こう 20050601

今日も耳鼻科に行って診察を受けてきた。
最近の仕事量を聞いて医者がぼやく。

「こんなもの山へ行って2,3日のんびりしてればすぐ直っちまうのに、仕事がな〜」

ほんとだな〜?
そんなこと言ったら行くぞ、今週末高尾山にでも行くぞ。

今は、霊媒師に「あなたの背中に取り憑いている霊を取り払ってあげましょう」と言われれば
1万円ぐらいなら払いそうな勢いなんだから。

投稿者 masato : 16:20 | コメント (5)