人は人の死に直面し、動かなくなった体を見て思うのだ。死んだらその人の意識はどこにいくのだろうと、しかし答えの決して出ることはない。それでも多くの人はこう望むのだ。死んで体が動かなくなってもどこかで意識は生きているのだろう、と。「霊」という概念が生まれたのはある意味、必然だったのかもしれない。
天国や地獄、そして輪廻転生。世界には多くの死生観が存在する。映画や物語の中でも数多くの死生観が過去語られてきた。すぐに頭に浮かぶのは映画「ゴースト」やドラマ(漫画)の「スカイハイ」などである。そんな死生観のなかで毎回考えさせられるのは、死んだ人が霊として現世を彷徨っている姿を、誰が見ることができて誰が見ることができないかという基準である。
現在テレビ朝日で放送されている「雨と夢のあとに 」。このドラマでも新しい死生観を展開している。その死生観に納得できるかどうかはともかく、毎回泣かせてくれるのでオススメである。
投稿者 masato : 2005年05月14日 23:55私の死生観は、
死んで魂(=意識)が残るなんて嫌だし
本当に無になりたいと思うけど、
masatoくんはどうなの?
う〜〜〜ん、難しいな。
「無」になる期間は確かにある程度あった方がいいと思うけど
やっぱり輪廻はあって欲しいね。
で、死んでから「無」になるまでの間に
「霊」という期間も存在すると思うよ。
ただその期間が長いか短いかはその人の意志によるもので
自分なんかは「霊」として長くこの世に長く残っていないと思う。
だから「霊」の居場所としての「お墓」って考え方もあまり好きじゃなくて、
もし自分が死んだときは骨は海に流して欲しいと思っているよ。
ただ、輪廻があったとしても、世の中にたくさんの生物がいる以上
もう一度人間として生まれる可能性はものすごく低いと思う。
だから今をできるかぎり楽しむんだね。
とはいえ、正直わからないね。
また何年かしたらこの考え方も変わってるかも知れないしね。



