ニュースは相変わらず尼崎線の脱線事故。ようやく106人の犠牲者ということで捜索活動は終了したようだ。それにしても今回の事件を通じて僕が感じるのことの一つにメディアの報道の無責任さがある。
最初は「運転手がオーバーランの虚偽報告」「目がうつろだった」などと、この事故は運転士が原因だという流れで多くのメディアが報道していた。しかし、捜索活動の終了した今は「高見運転士は最期までブレーキを握っていた」「過密ダイヤで運転士はプレッシャーを感じる」というようにJR西日本に責任があるという報道に変わって来ている。
どちらにしても実際には1年も経てばこの悲劇も多くの人の記憶から薄れて行くことだろう。にもかかわらず新聞やワイドショーはこの事件を利用して売り上げや視聴率を上げようと必死になる。その結果、わずかに得られた情報から足りない部分を仮説と想像で補って、もしくは目撃者の証言などで視聴者に与えるイメージを意図的につくり出した報道がされるのである。そんなメディアの報道によって、加害者にされたり被害者にされたりしたら家族はたまらないだろう。当人は言い返すことも、汚名を挽回することも永久にできないのだから。
投稿者 masato : 2005年04月29日 15:01私は大学の授業で「メディアリテラシー」という概念を学んだのですが、今回の事故は地震のような自然災害と違い、事故責任者がいる点で、本来なら報道にとても気を使わなければいけないはずですよね。masatoさんのblogで報道の暴力性、というのを思い出しました。たとえニュースといえども、100%真実の報道を作り出すのは難しく、メディアは事故の原因・真相がはっきりするまで、報道を控えるべきではないでしょうか。事故車両の運転手にも、家族はいる訳ですし。
Posted by: ナナ : 2005年04月30日 01:45>ナナ
たぶん報道のありかたは日本社会の仕組みが変わらないかぎり変わらないのでしょう。
とりあえず僕らがしなければならないのは
その報道の問題点を理解した上で
何が事実で何が推測なのかをしっかり把握して
真実を見極める力を持つべきなのだろうね。
「メディアリテラシ」って言葉は初めて聞きました。しっかり覚えておこう。
Posted by: masato : 2005年05月01日 10:56>その報道の問題点を理解した上で
何が事実で何が推測なのかをしっかり把握して
真実を見極める力
そう、masatoさんのおっしゃる、まさにその力がメディア・リテラシーっていうんですよ(*^0^*)
Posted by: ナナ : 2005年05月02日 15:10


