最近まで、物事を深く考えずに生きている人が理解できなかった。そういう人間は、人に利用されるか人に迷惑をかけて生きるだけだから生きている意味がない。そうまで思っていた。今はそこまで強烈な主張はしないである程度そんな生き方もあるのかなと考えられるようになった。
僕自身はよく、「この先どこへ行くんだろう。」と考える。今の仕事をこのままずーっと続けるなんて事はないと思うし。かといって次は何をしようかが決まっているわけでもない。は安定した仕事についても消えることのない考えなのだろう。
とりあえず、いろんな刺激を取り入れることに努力しながら、「これだ」と思い立ったらそのタイミングを逃さずに行動する人間でいたい。
今までに多くの時間や多くのお金、多くの機会を無駄にしてきたことを社会人になってから実感したのだ。同じことを繰り返さないために、何か思い立ったとき、それにかかる時間とお金とそしてそれによって得られる自分のメリットを考慮しながら道を選択するようしている。ここでいう「メリット」ってなんだろう。そもそも僕の目的は「楽しく生きること」である。だから「メリット」とは楽しく生きるための手助けになるものすべてである。人脈だったり、お金だったり、時間だったり、知識だったり、技術だったりである。
一週間後の自分になにかメリットをもたらすために明日は何をしようか。10年後の自分にメリットをもたらすために今年は何をしようか。30年後、50年後の自分にメリットをもたらすために・・・毎回この辺まで考えて「まずい」と思って考えることをやめるのである。
人生の終わり方が決まっている以上、すべては意味のないものになってしまう。芥川龍之介 太宰治、川端康成、そして最近では野沢尚。物事を深く考える人たちが「自殺」という選択肢を選んだ理由は分かる気がする。人生の意味を深く考えれば結局そこに落ち着くのである。
物事を深く考えずにその日を生きる。本当はそんな生き方の方が賢いのかもしれない。
投稿者 masato : 2005年04月22日 13:55


