今日は午後に渋谷でサッカーの試合だった。今回は対戦相手を募集しても思ったより数が少なく、相手が決まったのは木曜日になってからである。そのチームはメールの最後にこうあった。
「耳の聞こえないチームですが試合に関しては問題ありません。よろしくお願いします。」
サッカーでは周りの声というのは重要である。背後からボールを取りに来る相手について、他の味方が「行ってる!」と声を出して教えてあげるのは基本的なことだからである。だから「問題はありません」とは書いてあってもしっかりとした試合になるのか正直不安であった。
グランドに着くと、ウォームアップをしてから、相手の代表者と言葉を交わす。ジェスチャーを交えながらではないと言葉が通じない。何分ハーフなのか、審判はどちらが出すのかなどを確認する。
試合が始まった。相手の耳が不自由だからといって手加減するような失礼な輩はウチのチームにはいない。強くても弱くてもみんな全力でぶつかるのである。しかし、彼等は普通に強かった。玉際も激しく、当たりも強かった。心配していたコミュニケーションは手話を交えて会話をしていた。距離が離れていても正確に会話ができるという点ではウチのチームよりもコミュニケーション能力は優れているかもしれない。
結局試合は中盤のプレスと展開力で終始優勢を保ったウチのチームが1試合目は1-0、2試合目は2-0での勝利だった。
それでも更衣室で着替えながらメンバーと言葉を交わした。「あいつらはすごいよな・・・」。今日参加した12人の共通の感想だったと思う。彼等は人にあって自分達にないものをしっかりと認めたうえで、自分達にしかないものを最大限に活かして、僕らに挑んできたのだ。それを思うと、込み上げてくるものを感じる。試合前にわずかながら不安になった自分を恥ずかしくさえ思う。
もし小さなコンプレックスで凹んで悩んでいる人がいたなら、今日の試合を見せてやりたかった。
今日の試合とこの気持ちは忘れない・・・・というか、忘れるな!
自分に言い聞かせてみる。
所属しているサッカーのチームの忘年会は毎年「モーモーパラダイス」ですき焼き食べ放題というのが恒例行事となっている。コースによって制限時間は2時間だったり1時間半だったりすることはあるが、どちらにしても最初から最後まで箸が止まらないのは僕だけである。そんなこともあって、もう結構前の話だが、カレーハウスCoCo壱番屋の1300gカレーに挑戦したことがあった。
時期は6月の終わり、場所はCoCo壱番屋恵比寿店。恵比寿駅から駒沢通りを代官山方面に少し歩くと左手にある店である。この日は仕事帰りに同僚と一緒にやってきた。1300gカレーに挑戦したい旨を店員に伝えてからしばらくすると大きなカレーが運ばれて来た。1300gというのはご飯の量なので、ルーまであわせると2kgを超えるらしい。店員からルールについて説明を受けた後、「用意。はじめ!」という号令とともに始まった。もちろんしっかりストップウォッチも押されている。ルール違反はできない。ちなみに制限時間は20分である。
見た感じは大したことはない、普段家で食べる晩飯(1.5合)を少し多くしたら、たぶんこんなもんだろう。
というわけで食べ始める。
ご飯もルーも思ったより熱い。
息で冷ましながら食べるしかないようだ。
ふぅ〜、ふぅ〜、ふぅ〜、ぱくり、もぐもぐ、ふぅ〜、ふぅ〜、ふぅ〜、ぱくり、もぐもぐ
このペースだとどうやら間に合わない。
しょうがないので水を口に含みながらご飯を冷ます方法に切り替える。
ごくり、ぱくり、もぐもぐ、ごくり、ぱくり、もぐもぐ
どうやらこれなら行けそうだ。
半分の10分が経過した。半分はすでに食べ終わっている。どうやらクリアーできそうだ。
そう思った瞬間、強烈な満腹感が襲って来た。あまりにも突然の変化に驚く。
そう、ルーを冷ますためには仕方ないとはいえ水を飲み過ぎたのである。
「猫舌の俺には無理だ・・」
こうして初めて(?)の敗北を知ったのである。
・・・・・・・・・・・・・
今日は雨が降っていたのであまりめずらしく遠出せずに、駅前の王将で一人で餃子を食べた。土曜日は餃子デーで50円引き。ライスの(中)と餃子4人前。毎度の定番メニューである。食べ終わって時計を見ると19時45分。伝票の時間は26分だから、料理が出てくるまでの時間を考慮して、食べ始めから完食の時間を計算すると、所要時間10分〜15分ってところ。
今度はわんこそばの大食いに挑戦してみようかな。
8時55分、まだ会社には社長と僕の二人きりである。社長は9時前に来て社内で新聞を読むのを日課としている。経営者の心構えとしては立派である。僕もそれを知っているので、今日は30分程早く出社し、こうして社長と向かい合っている。
「できるだけ早く、会社を辞めたいと考えています。」
思ったよりあっさり口から言葉が出た。
退職を言い出すのは僕の人生の中で3度目である。何度経験してもこの瞬間ほど緊張する事はない。一緒に働いている人達に少なからず迷惑をかける、多少なりともかけてくれた期待を裏切る事になる。そのことをしっかり理解しているからである。それでもこうして状況をつくり出してしまえば後は自然と進むのである。
退職を考え、それを実行に移すまでに僕は何度も自分自身に問いかける。「逃げているだけだろ」「今の仕事がいやなだけだろ」。相手の目をしっかり見据えて退職の理由を話すことで、「逃げているわけではない、自分にとって最良の道を選んでいるだけ」と、自分に改めて言い聞かせているのかも知れない。
とりあえず、僕の人生にとって大いなる一歩である。
そう思った。少なくともここにいるよりかは自分の存在価値は認識できる事だろう・・・でも思っただけ。「行動力ある」と周囲から言われるけれど、それでも僕の行動力は常識の範囲内である。思い立ったら動く。そんなカッコイイ人間になりたいものだ。
今の僕がいる場所を「人生の岐路」と呼ぶのだろう。「岐路」といっても、一本の道を進んでいたら途中で道が二股に別れていた。さて、右に行こうか左に行こうか。そんな単純なものではない。僕の前にあらわれる岐路はいつだってこんな感じだ。
一本の道を進んでいたら、隣にも道があることに気付いた。その道は僕が歩いている道と近付いたり離れたりはするが決して交わることはない。遠くの景色を眺めてみる。今歩いている道をこのまま進んで行ったらどうやら険しい山道に入りそうだ。隣の道がどこにつづいているかは分からない。隣の道を歩いている人たちが教えてくれる。「この道を行けば奇麗な景色が見れる」「この道を進めばいろんな場所への道へとつながる」と。
僕にとっての選択は、楽して今の道をこのまま進むか、それとも少しの勇気を持って、隣の道に飛び移るかである。飛び移るにしても、タイミングを間違えれば、今の道に大きな足跡を作ってしまうかもしれないし、または着地と同時に怪我をするかも知れない。
だから今はそのタイミングを計っている時なのだ。
たまには日記もいいだろう。そう思って日記を書いてみる。
気が付いたのは6時半ごろ。昨晩の記憶を辿ってみる。「アリゾナの魔法」を見ていた記憶はあるが「恋するハニカミ」を見た記憶はない。どうやら12時前にオチてしまったらしい。ということは睡眠時間は6時間半。普段より早起きとは言え充分すぎる。
とりあえず昼間のサッカーの試合のためのフォーメーションを考える。うちのチームは出席率によって公平に出場回数が決まる。前後半を各20分で1試合、これを2試合行う計20分×4本で、出席率の高い人は3回出場、低い人は2回出場である。今日はフォーメーション担当のメンバーが来れないので、こういうときはみんな主将の僕にまわってくる。
8時少し前にフォーメーションを印刷して、家を出る。午前中はフットサルチームの試合で神宮外苑に行かなければならないのだ。9時前に神宮に到着。フットサルチームのメンバーはみんな忙しいらしく、今日はメンバーが3人しかいない。メンバーの一人が助っ人を3人連れて来てくれて頭数は揃ったのだが、5人のうち3人が知らない人ならば、もはや別のチームである。全体のバランスの悪さに、チームメイトは当然のように持っている共通の意識の重要性を感じる。結局ストレスが貯まるものの、今日だけのチームメイトに細かい指示をする気にもなれずに試合は勝ったり負けたりで無難にこなす。
11時にはリーグ戦が終了。ここから先、12時まではエキシビジョンということでリーグ戦の成績には関係ないので僕はこのへんで退散。コート代1000円払って、助っ人に礼を言って。フットサルコートを後にする。もちろん13時からのサッカーの試合のためである。外苑前から銀座線に乗り、表参道で乗り換え、用賀には12時15分には到着。試合は砧公園で13時から15時。集合時間は12時45分、のんびり食事をとるヒマもないが、こういう日を何度も送っていると、エネルギー切れというものを感じることが多々ある。パンでもおにぎりでもとりあえず口に入れておく。
砧公園は小学生用のコートなので、11人対11人では人数が多すぎる。そのため非公式試合ということで9人対9人の変則マッチである。相手チームの平均年齢は二十歳ぐらい試合内容は予想以上に競った内容となった。結局、1試合目は0-0、2試合目は後半にコーナーキックから先制されたが、数分後、僕のディフェンス越しのパスを受けたフォワードがシュート。キーパーのハンブルを詰めていた味方が押し込んで追い付いた、結局1-1で終了。サッカーの何が楽しいかと聞かれるなら、「連係のすえに生まれたゴール瞬間」と答える。そして、そのゴールの演出に参加できたときが嬉しいのだ。思いっきり喜びを爆発できるからである。単に一人でゴールを決めた時よりもはるかに嬉しい。さて、11月にはフルスケールでの再戦を約束して終了。最近の相手はマナーが悪いことが多いが、今日の相手は若いにもかかわらず、マナーも良く試合をしていて気持ちが良かった。結局はチームを仕切る人次第なのだと感じた。そういう面ではうちのチームのマナーの良さはすばらしい、僕らが5年間チームに植え付けたものがチームの色となっている。
家に帰ってようやく一息。とりあえずテレビをつける。なんとタイミングのいいことか、浦和レッズ対鹿島アントラーズがちょうど前半2分と始まったばかり。次の約束は19時に自由が丘なのでこの試合はゆっくり見れるということだ。この試合に勝利すればレッズのリーグ戦初優勝が大きく近付くという大きな一戦。なんだかんだ地元はさいたま市。レッズファンなのである。さすがにウトウトしそうな気配があったので、とりあえず18時にアラームをセットしておく。ところが、試合展開はかなりおもしろく、アラームの必要はなさそうだ。試合結果も僕にとって嬉しいもので、エメルソンのゴールの瞬間は一人で部屋の中で雄叫びをあげていた。
19時に自由が丘であれば18時半に家を出れば間に合う。職場が自由が丘なので、微妙な時間もすでにわかりすぎるほどわかっている。今日会う友人は先週オフ会で知り合った洋風の料理人。「彼がいいイタリアンがあるよ」といって自由が丘の店を紹介してくれたのである。せっかく誘ってもらったので「なら一緒に行こう」ということで今日の話がまとまったのである。自由が丘の改札で一週間ぶりに会って彼のおすすめのイタリアンでいろいろな話を聞いた。カフェの話、音楽の話、今までの僕にとってはあまり掘り下げて来なかった世界の話をたくさん知っていていい刺激になった。店の名前やオススメのアーティストの名前。正直覚え切れなかった。またメールで送ってくれると言っていた。楽しみにしていよう。
人の興味や趣味を自分の中に取り入れることは自分自身の視野を広げるうえでは非常に有効な手段である。僕の中にはこんなルールがある。「同じ人から同じコトに3回誘われたら、3回目は行ってみよう」というものである。そこにはきっと体験してみなければわからない魅力があるはずである。
さて、家に帰るとなぜか地震のニュースばかり。さすがに体が休みたがっているのを感じる。そこで今日1日を振り返る。なかなか充実した1日を送れたと感じた。
女性にはこんな悩みはないのかもしれないが、男の一人称というのはやっかいで、「俺」「僕」「自分」「私」など、状況に応じて使い分けなければならない。ちなみに僕は私生活では「俺」である。このブログを書きはじめる時、一人称で何を使うか迷った。「私」にしようかとも思ったが、なんか自分らしくないので辞めた。普段と同じで「俺」にしようかとも思ったが、書いてあることが生意気なので、実際の僕のことを知らない人にはもっと生意気な印象を与えると思って辞めた。
結局「僕」で通している。実際の僕を知っている人には違和感あるんだろうな・・
半年に1度のペースで開かれる大学時代のサークルの同期の集まり。またその誘いが来た。最近はほとんど参加していない僕に、懲りずに誘いのメールをくれることに感謝しつつも、鬱陶しさを感じる。
社会人になって2年程たったときだっただろうか。彼等との考え方に大きな隔たりができているのを感じたのは。彼等が集まって話す事といえば、会社の愚痴や、大学時代の思い出話。共通の知り合いである先輩や後輩のウワサ話である。
「そんなに会社がいやなら辞めちゃえば?」そんな言葉を吐きたい衝動をおさえる。そう、僕にだってわかっている。彼等は別に解決策を求めているのではない。単に愚痴のはけぐちを求めて集まっているのだ。一通り吐き出せば、またいつもどおり月曜日からの仕事に戻っていけるのだ。
それでも、僕にとってはプライベートな時間に人と会って話をするのは、思い出話やうわさ話で楽しみたいのではなく、今何が楽しくて、今何を思って生きているのか・・たくさんの人のそういう考えに触れて、自分の中に刺激や知識を取り入れたいからである。
気が付くと、すでに食事の時間もないくらい週末の予定はいっぱいである。これで断りの理由をわざわざ考える必要もない。「行っても時間の無駄」などと切り捨てずに、一生懸命理由を考えることが、毎回誘ってくれる彼等への僕なりの感謝なのだ。
先日、とある飲み会で知り合った人から電話がかかって来た。
なんの用かと思ったら「僕らがしているビジネスに協力してほしいから一度会ってほしい」とのことだ。
少しのんびりしていたこともあって、一通りの話を聞いてみた。内容としては「今は詳しい事までは話せないが、直接会って、上の立場の人を同席させて彼に説明させる。」という。ネットワークビジネスのよくある手法である。
もちろん断ったのだが、少しやりきれなさが残る。なぜなら、誘いの電話をかけてきた彼は、おそらく本当にそのビジネスの効果を信じてそのネットワークビジネスに加わっているからである。話を断る事によって、僕自身はなんら害を受けないが、彼自身はたくさんの在庫をかかえこみ、そしてお金をつぎこみ、また、多くの友人を失う事になるのだろう。本当は彼自身も救ってあげるのが一番いいのだが・・残念ながら一度しか会っていない人に対して多くの時間を割いて救おう、と考える程僕はやさしくないのである。
例えるならこんな感じ。
落とし穴に落ちた人が僕に向かって手を伸ばしていた。
僕に与えられた選択肢は2つ
・その手に触れない
・その手をつかんで上に引き上げるが、これには自分も穴に落ちる危険がある
僕が選んだのは1つめである。
ちなみにその彼は「○ディウ○」と名乗っていた。そのサイトに行ってみると・・「Future Design Program」という教材が294,000円だった。内容はというとガイドブック(FDPを始める前に)、ビジネステキスト(2冊)、FDPテキストブック(3冊)ですべてである。彼はこれを購入したのだろうな・・
「今日はもう仕事は終わった?」
ずいぶん長いこと同じ人からメールが来ていると思った。メールアドレスに届くのではなく、電話番号へのスカイメールだったが、よくある迷惑メールだと思って無視していた。
「もうメールで連絡するのが嫌なら空メール送ってください」
さすがになんか返信しないといけないかと思って返信してみた。
「誰にメールしているのですか?」
その先の展開は次のような感じ
相手:「え?ちあきさんじゃないんですか?」
僕:「違いますよ。」
相手:「おかしいな。以前、この番号で連絡したんですけれど。」
僕:「もう一度連絡先確認してみてください。」
相手:「そうですか、夜分遅くにすいません」
僕:「いいですよ。こちらこそ早く指摘しなくて申し訳ない。ずっと迷惑メールだと思っていたから」
それでメールのやり取りは終わった。相手も納得したようで、少し「いいことをした」感が僕の中で漂う。
10分程して、またメールが来た。
「オカマの戯言に付き合ってくれてありがとう」
おのれ!!!
先日、前の会社の社長とひさしぶりに会って食事をした。近況報告のほかに、あのときの仕事はつらかった、とか、あのときはこんな考えで行動した、とか、経営者と社員という関係のときには話せなかったことをいろいろ話した。
実は会社経営というのにも少し興味がある。企業に属している限り、誰かの考えに従って仕事をするしかなく、自分の考えで仕事をするには経営者になるしかないからだ。それでも、経営者というのはひょっとしたら孤独な仕事かもしれない。きっと強い心がなければ勤まらないのだ。そう思った。
今の会社では残業代は出ない、その代わりなのか、夕食代というのがある。退勤時間が午後9時を過ぎたら自動的に900円が夕食代として加算されるのである。それもあって、午後8時半頃に仕事が終わった時は少し時間稼ぎして退勤時間を午後9時以降にしようとする人もいる。
僕はというと、あまり気にしていなくて、この前は午後8時57分にタイムカードを押してしまった。他の人にとってはありえない話らしい。これってある意味、その人の時間の価値を表しているのかも知れない。今回の例では、僕の3分は900円より貴重、つまり1分は300円以上の価値があるということだ。では30分時間稼ぎしてまで900円をもらおうとする人の時間は、1分30円未満である・・・
もちろんその日の状況にもよる。たまたまその日は朝から御飯食べてなくて、さらに眠かっただけなのだ。そんなオチをつけておく
少し早い昼食を取ろうと、コンビニで買って来たパンとペットボトルのコーヒーを出した。無意識にテレビをつけた。「イチロー258安打!」なんとタイミングのいいことか、ちょうどイチローが258安打目を打って球場全体がスタンディングオベーションという映像が流れていた。しばし、テレビに見入ってしまった。すばらしい!イチロー!
気を取り直してコーヒーでも飲もうとペットボトルを振った。ふたはすでに空いていた。部屋にコーヒーが大量に飛び散った・・・・まぁいいさ。イチローを祝して。



