2004年09月29日

日記という宿題

小学校3年生のとき、日記を書かされた。たしか一週間ごとぐらいに提出して、それに担任の先生がコメントをつけて返してくれるのである。1クラス40人ぐらい。先生にとっても面倒にちがいないこの習慣。なぜそんな宿題を出すのか。それは、「子供達の表現力を育むため」である。表向きの話である。

さて、裏向きの話。日記という宿題は、クラスの子供達のすべての行動を把握したいという担任の独占欲の現れである。「私は子供達の事を熟知している。親よりも、子供達の友達よりも」そんな想いがこの日記という習慣を子供達に植え付けるのだそうだ。

世代は変わって、今、僕が務めている会社には日報というものがある、毎日メールで、その日の作業内容や作業にかかった時間、作業で感じた事などを社長宛に送るのである。なぜそんなことをするのかというと、「従業員に指示を与える立場の社長が、従業員の作業内容を把握し、作業を円滑に進めるため」である。それが表向きの話である。

投稿者 masato : 2004年09月29日 12:47 | トラックバック(0)
コメント

夏休みの宿題でもあったよね。
毎日毎日書くことなくて困ったよ。今も困ってるのにね(笑)

Posted by: ジャーキー : 2004年09月29日 21:42

え、ひょっとしてミクシィ日記の事・・?
あはは、困ってるんだ・・

Posted by: masato : 2004年09月30日 10:58

はい、そうです(笑)。
最近マメにつけてるけど。自分で義務化したらダメですね。

Posted by: ジャーキー : 2004年10月02日 21:53
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