社会に出て今年で6年目である。あっという間だった。この6年間が小学校の6年間と同じだなんてとても信じられない。
子供の頃の時間は長く、大人になると時間が経つのが早くなる。そんな時間の長さの感覚的な違いと言うのは多くの人が経験している事で、過去いろいろな人がその理由を説明しようとした。1つにはこんな説がある。
「5才のときの1年は人生の5分の1だが、30才のときの1年は人生の30分の1なのだ」
しかしこの説明はおかしい、身近なもの置き換えてみる。例えばこの前、フルマラソンをしたのだが、この説明だと最初の1kmよりも最後の1kmの方が短く感じる事になる・・・あの最後の苦しみは経験した者にしかわからない。「走ってみろ!」と言いたい。さらに、昔を振り返ってみると、中学2年の1年間より中学3年の1年間の方が長かったし、高校3年の1年間より大学1年の1年間の方が長かったのだ。
もう1つの説はこんなものだ。
「人は待ち遠しいと思う事によって時間を長く感じる。子供時代は待ち遠しいイベントが多かったから時間が長く感じるのだ。」
子供の頃を振り返ってみる。そんなに待ち遠しいイベントが多かっただろうか・・。待ち遠しいのは体育の授業ぐらいで、全体的に今とくらべると待ち遠しさの度合いが小さい気がする。今の方がはるかに待ち遠しいイベントは多いし、待ち遠しさの度合いもずっと大きい気がする。そんなわけでこの説にも納得がいかないのである。
たしかに「早く○時にならないかな〜」と時間が経つのを待っているときの時間は長く感じるが、あとでその日のことを思い返して「あの日は長かった」などとは決して思わない。僕らが求めている「時間の長さ」とは、後でそのときのことを振り返った時「あの日は長かった」とか「あの1年は長かった」とか、そのように感じられる「時間の長さ」なのである。誰かその「時間の長さ」を感じる秘けつを説明してもらえないだろうか。
最近でも時間が長く感じる事はある。
先週の土曜日。朝は渋谷で9時から11時までサッカーのチームの練習をして、一度家に帰って昼飯を食べてから、15時〜18時で恵比寿にスカッシュの練習をしに行った。その後は19時から21時までは大井町でフットサルをしたて22時、家について1日を振り返ってみる。すると、サッカーをしたのが同じ日とは思えないぐらい昔に感じるのである。きっとこれが大きなヒントなのだ。



