2004年08月11日

こんな例え話

誰かが僕のことを1日中ビデオに撮っているとする。撮ったビデオは1日を10分程度のダイジェスト版にまとめて保存しておいてくれている。これを毎日毎日繰り返す。1年で365本の10分テープがその人の元にはたまる。

さて、次の年も半分を過ぎた頃、去年撮ったビデオを順番はランダムに見せてもらうことにしよう。そのビデオを見て。「これは○月○日だ」と自信を持って言える日はどれくらいあるのだろう。去年のカレンダーぐらい手元に用意してもいいかも知れない。それを見れば、何月何日が何曜日かはとりあえずわかるので大きなヒントになるだろう。

例えば去年。つまり2003年であれば僕の場合はどうだろう?

サッカーの試合中に足を骨折したのは1月18日。
足を手術したのは1月22日。
サッカーで肋骨を骨折したのは7月26日。
よみうりランドでバンジージャンプをしたのは12月7日。
社長に「会社を辞めさせてください」と告げたのは12月26日。

今は手元に去年のカレンダーがないのでこの程度だが、カレンダーがあったら、50日ぐらいは当たるかな。仮に50日だとすると365分の50で、だいたい7分の1ぐらい。これが普通の人と比べて多いのか少ないのか。

話は長くなったが、何が言いたいかというと、この割合を増やして行く努力を常にしていきたいのである。今日と明日は常に違う日。そんな生き方を求めて毎日刺激を求めているつもりでも、なかなか実現するものではない。ちなみに昨日と今日はどちらもとある企業のサイトのデザインに悪戦苦闘して終わった。おそらく来週になれば、8月10日と8月9日の区別はつかなくなっていることだろう。

こんなことではいけない。刺激を求めるだけでなく、毎日、日常のほん些細な出来事にもいろんなことを感じるようにしよう。例えば、今日の朝、電車で僕の隣に立っていた人と、明日の朝、隣に立っている人はきっと違ってうし、その人の中にも僕と同じぐらい密度の濃い世界観があって、服装や姿勢、腕につけている時計も、その世界観が反映されているはずである。それを感じ取れるようになれば、また毎日は違ったモノになるかもしれない。

投稿者 masato : 2004年08月11日 00:55 | トラックバック(0)
コメント

あーそれは俺も思うー
社会人になってから毎日同じことの繰り返しのような
感性が衰えていくようで不安

Posted by: 悠ちゃん : 2004年08月11日 10:04

ほんと〜
口で言うのは簡単なんだけどね。

Posted by: masato : 2004年08月11日 12:26

かっこいい!
本当にそうね。
私もマンネリの日常なんて大嫌いだよ!
毎日わくわくしていたいね!

Posted by: レーカ : 2004年08月11日 12:58

レーカさんはいつもそういう生き方してそうですけどね。

Posted by: masato : 2004年08月12日 02:30

うふ♪

Posted by: レイカ : 2004年08月12日 12:51
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