先週の日曜日、ひさしぶりに渋谷からの帰りに田園都市線で座ることにした。途中、60〜70ぐらいの歳の女性が乗って来たので席を譲ることにした。「すぐ近くですから結構です。」そう言われたが、「僕もすぐ近くなんで」そういって席を立つと、仕方無さそうにその女性は座ってくれた。彼女にとっては僕のとった行動は有り難いことなのか、それとも単に迷惑なことなのかはわからない。週末は運動をすることが当然のような僕が、このまま60、70歳ぐらいになったとき、若い人から席を譲られたら不快に思うかも知れない。「馬鹿にしているのか」「立ったままでいることぐらいなんともない」そんなふうにである。
自立している人間に対して、むやみに同情をすることは失礼だと、僕は考える。例えば、足の不自由な人に対して、「可哀想に」とか「手を貸しましょうか?」とか声をかけることは場合によっては非常に失礼なことである。
話は少し変わるが、前クールのドラマにはそんなハンディキャップものが多かった、「愛し君へ」「オレンジデイズ」などがそれである。ドラマの中に登場する少しずつ視力を失う人、耳の聴こえないことに悩む人、彼等を見ているとさすがに泣けてくる、かっこいい男優、キレイな女優がその役を演じているからなおさらである。あのドラマを見て、全国で一体どれだけの視聴者が彼等の演技に涙したことだろう。しかしそれは、目が見えなくてもしっかり生きている人、耳が聴こえなくてもしっかり生きている人に対して失礼にはならないだろうか。僕が制作者サイドに訴えたいのは簡単な素材で視聴者に涙させることで満足しないで、もっと人の考え方を変えるような、視聴者が人生のバイブルにできるような深いドラマである。少なくとも「泣けるドラマ=いいドラマ」ではないということは念頭に置いておいて欲しい。
投稿者 masato : 2004年07月23日 18:26 | トラックバック(0)


