つじむらみづきの最近のブログ記事

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
その時期にもっともDVDを売り上げる「ハケンアニメ」を目指すプロデューサーやアニメーター達の様子を描く。

最近はあまりアニメを見る機会がないが、別に興味がない訳ではなく時間が取れないだけ。僕らが子供の頃とは違って今はアニメは深夜に放映されることが多く、またそこに割かれるお金や人も大きくなっているようだ。本書はそんなアニメ制作の様子を3人の登場人物に焦点をあてて描く。

1人目はプロデューサーである有科香屋子(ありしなかやこ)。才能を認めている監督に存分に力を発揮してもらうために振り回されながらも奮闘するのである。アニメーション制作の現場を描く様子には、アニメと小説という風に形は違うけれども、同じようにクリエイティブな仕事をする著者辻村深月が、普段感じているだろうことがにじみ出てくるのが面白い。例えば、香屋子(かやこ)に対してアニメーターがこんなことを言うのだ。

勝てると思いますよ。あの人、人の顔覚えないから。そこが弱点。

きっと辻村深月自身が人の顔を覚える人に対して特別な思いを抱くのだろう。こういう部分がフィクションを単純に「作り話」として済ませられない理由である。フィクションでありながらも現実に適応できる考え方が多く埋め込まれている作品こそ僕に取っての「いい作品」である。

ちなみに、2人目の登場人物は法律を学んだ後にアニメ業界に転身した映画監督斉藤瞳(さいとうひとみ)である。女性でありながらもドライな正確な瞳(ひとみ)は、声優やプロデューサーやアニメーターなど現場のいろんな人との関係に悩みながらも、自分の理想とする作品を作り上げて行くのである。

3人目はアニメーターで驚くほど上手い絵を描く並澤和奈(なみさわかずな)。絵を描くのが好きで仕事をしているが、自らオタク女子と認識しており、リア充にコンプレックスを持っている。もっとの多くのページが割かれているこの和奈(かずな)の章は、アニメの世界に没頭する「オタク女子」と呼ばれる女性の複雑な心を爽やかに描く。

和奈(かずな)が制作に関わったアニメの舞台となった地方の街が「聖地巡礼」によって観光を盛り上げようとしているなか、和奈(かずな)自身もその活動の担当を任され、熱血公務員宗森(むねもり)と協力することとなるのである。地方公務員の「リア充」宗森(むねもり)の地域を盛り上げようとする努力を目の当たりにするなかで、少しずつ和奈(かずな)の心が変化して行く様子が面白い。

理解できない相手のことが怖いから、仰ぎ見るふりをして、この人を突き放して、下に見ていた。自分は非リアで、充実した青春にも恋愛にも恵まれてないんだから、これくらいのことを思う権利があると、勝手に思っていた。人より欠けたところが多い分、自分の方が深く物を見てるんだからと自惚れていた。

そしてそれぞれがすばらしいアニメを制作することを目指しやがてハケンアニメが決まるのである。時間をとっていいアニメが見たくなる爽やかな1冊。

【楽天ブックス】「ハケンアニメ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
17個の少し不思議で怖い話。どれもとても読みやすく、それでいて今までに聞いたことのある話と少し違う。

17もの話が含まれているということで、短い話は5ページに満たない。子供の頃やったかくれんぼや、小学生の頃のキューピッドさんなど、懐かしさを感じることを取り入れている話も多々ある。

個人的に好きなのは「ナマハゲと私」。小学校低学年の子供は怖がっているが、高学年になるとナマハゲが来てもテレビを見ることを優先するなど、地元の人にしかわからないナマハゲの現実が見える。もちろん、この物語の結末もただ単にナマハゲの現状を語るだけでは終わらない...。

その他にも短くて少し不思議で怖い物語がたくさん含まれている。夏に向かうこの季節にちょうどいいのではないだろうか。

【楽天ブックス】「きのうの影踏み」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
大安のその日、とある結婚式場では4組のカップルが結婚式を挙げようとしていた。それぞれの式がそれぞれの問題を抱えたまま行われようとしている。

4組のなかでもっとも印象的なのは、双子の姉妹の妹である妃美佳(きみか)の結婚式である。双子として生まれ、常に姉の鞠香(まりか)と比較されて育ってきたからこそとも思える想いが詰まっている。妃美佳(きみか)は同じ顔をした鞠香(まりか)に花嫁を変わってもらって、夫が本当に2人の違いに気付くかを試そうとするのである。

その他のカップルも、いろんな事情を抱えて結婚式にこぎつけているので、そこにはいろいろなドラマが溢れている。それでも最後は人間の温かさを感じられるだろう。辻村深月の作品のなかでははかなり爽やかな物語である

【楽天ブックス】「本日は大安なり」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
東京の大学の管弦楽団に参加する学生達の物語。大学が指揮者として迎えたプロ、茂実(しげみ)とバイオリン奏者として参加していた蘭花(らんか)は恋愛関係になる。

前半は蘭花(らんか)目線で物語が進む。将来を有望視される指揮者の茂実(しげみ)と付き合い始め、茂実(しげみ)の元彼女や、周囲の女性との関係に嫉妬する様子などとともに、同じオケの友人である留利絵(るりえ)や美波(みなみ)との人間関係を描く。美人な蘭花(らんか)の学生生活は少女マンガのようだが、やがて茂実(しげみ)との関係は悪化していく。

後半は蘭花(らんか)の友人である留利絵(るりえ)目線で進む。幼い頃から誰もがうらやむような美人の姉を持ち、自分自身はニキビを気にしてコンプレックスを抱えて生きる。やがて、留利絵(るりえ)は友人である蘭花(らんか)に固執していく。

個人的には前半の蘭花(らんか)の物語よりも、嫉妬やコンプレックスに苦しみながらも自分の存在意義を見いだそうとする留利絵(るりえ)目線の方が印象に残った。若くて未熟な心の動きを描くという意味では辻村深月作品らしいといえるが、いい作品の印象が強いため、少し物足りなさを感じてしまった。

【楽天ブックス】「盲目的な恋と友情」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
学生たちの物語の3部作。

タイムマシンで未来からやってきた少年との友情。図書館の本のなかで行われる見知らぬ相手とのメッセージの交換。映画を作ろうとする映画同好会。どれも懐かしい教室のかおりが漂うような物語。辻村深月の他の作品のように、人間の感情を鋭く描き出すような描写は本作品にはなく、そのせいで物語自体に目新しさはないが、力を抜いた楽しめる青春小説に仕上がっている。

3つの物語が微妙に繋がっている点も読者を楽しませてくれるだろう。

【楽天ブックス】「サクラ咲く」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
冴島という瀬戸内海にある架空の島で生活する4人の高校生、朱里(あかり)、衣香(きぬか)、源樹(げんき)、新(あらた)を描いた物語。

冒頭では登場人物達の様子から、日本で島に住むということがどういうことかがわかるだろう。朱里(あかり)、衣香(きぬか)、源樹(げんき)、新(あらた)は毎日島の外の高校へ通い、フェリーの時間のせいで部活に所属する事が難しくなる。子供達は、大学になる島の外へ出て行くので島の大人達は「一緒にいられるのは18年」という思いで子供を育てる。また、小さな子供を持つ母親にとっては医者が島にいるかいないかが非常に重要なのである。

本作品では単純に島の人々の文化や生活だけでなく、そこに移住してくるIターンの人々を物語に取り入れている。どこからかやってきたウェブデザイナーや、かつでのオリンピック水泳選手などが島に住んでいて、彼らの様子も物語を面白くしている。

離島とはいえ技術などの変化の波には逆らえず、それゆえにさまざまな問題が起こる。本書はそんななかで島の人々の様子を高校生の4人を中心に描くのである。

印象的だったのが地域の活性化の仕事の一部として島に訪れる若い女性ヨシノの存在である。自らの利益を度外視して人に尽くすように見えるヨシノの振る舞いに朱里(あかり)、衣香(きぬか)には理解できないのである。

朱里のことを、ヨシノはたくさんたくさん、知っているだろう。だけど朱里は、この人のことを何も知らない。愚痴も不満も、聞いたことが何もない。ヨシノはいつだって、朱里たちを受け止めてくれたけど、彼女の方から話してくれたことは一度だってない。

辻村作品からは特に新しい情報が得られる訳でもないが、いろんな立場の人の気持ちが見えてくる気がする。悩みを持たない人はいないし、人をうらやまない人もいない。本書もそんな人の心が見えてくる温かい作品に仕上がっている。

【楽天ブックス】「島はぼくらと」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
村から出た芸能人、織場由貴美(おりばゆきみ)が戻ってきた。小さな村ではうわさばなしが人々の娯楽であり、広海(ひろみ)もまたそんな村で生きている一人だった。

小さな村という小さなコミュニティで生きる人々を描いた物語。村から出て行かないかぎり何においても選択肢の少ない場所。そんな場所だから、東京へ出て行って芸能人になった女性織場由貴美(おりばゆきみ)が戻ってきた事が少しずつ周囲に影響を与えていくのである。

彼女について声を荒げる人々は、皆、結局彼女を無視できない。身近だった彼女の存在に寄って浮き彫りになってしまう自分自身の矮小さを持て余し、だからこそ過剰に自分を防衛しようとしてあがいて、攻撃するのだ。

彼女の目的は何なのか、広海(ひろみ)の知らないところで、村には何が起こっているのか、少しずつ開けてくる現実に苦しむ広海(ひろみ)と小さな村が抱える問題点が描かれている。

小さな村に住んだ事がないのでこの物語がどれほど現実的に描かれているのだかわからないが、著者辻村深月の長所はむしろ人々の抱える複雑な感情の表現であり、それを期待したのだが、残念ながら期待には沿う内容ではなかった。

【楽天ブックス】「水底フェスタ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第147回直木賞受賞作品。

辻村深月がついに直木賞を受賞した作品ということで期待したのだが残念ながら短編集である。5編ともそれぞれの年代の女性を主人公とした物語で、それぞれの物語から見えてくる女性の視点、考え方は、いずれも新鮮で、世の中で女性が生きていくことの難しさまで伝わってくる気がする。

5編のなかで印象的だったのは最初の2編。1編目は社会人になって小学校時代の友人と再会する物語で、ほとんど女性だけで構成される物語でありながら、周囲に流されがちな小学生の残酷さや、若さゆえの甘酸っぱさが漂う。確かに小学校や中学校のころは学校が違えば世界はまったく違っていて、人によってはその世界の違いを切り捨て、また人によってはその世界の違いをうまく利用していたのだろう。

2編目は狭い町に住む故に合コンで知り合った男性と再会する社会人の女性の物語。どちらも30歳を過ぎているために結婚に焦り、周囲に蔑まれている事を薄々感じながら生きている。そんな2人の言動や考え方がどこか他人事ではなく心に残る。

やはり直木賞ということで期待しすぎてしまったせいか、普段の辻村深月の他の短編集とそう変わらない印象だったのが残念である。

楽天ブックス】「鍵のない夢を見る」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生者が死んだ人に会う事ができる。死者にとっても、生者にとっても一度だけの機会。そんな機会をあたえてくれる人を「ツナグ」と呼ぶ。

「ツナグ」に依頼して死んだ人に会う人のいくつかの物語で構成されている。自殺したアイドルに会う女性の話。死んだ母親に会う男性の話。結婚を約束したまま行方不明になった女性を、生きているか死んでいるかもわからずにあ会う事を依頼した男性の話。友人を交通事故で失った女子高生の話。いずれも生と死の境目を扱う物語なだけに、心に訴えてくるものは多い。自分のことを忘れて欲しくない死者、しかしそれでも生者には次の人生のステップに向かってほしい...。生者と死者の出会いというと、生者が死者に感謝の言葉を伝えるような印象を勝手に持ってしまうが、本書ではむしろ、死者が生者の人生を心配し、新たな一歩を踏み出すようにと配慮する言動が印象的である。

そして多分、私は今度こそ、踏み出さざるをえなくなる。望むと望まざるとにかかわらず、止まっていた時が動き、流れ、それが、きっと私を変えてしまう。
それが、生者のためのものでしかなくとも、残された者には他人の死を背負う義務もまたある。失われた人間を自分のために生かすことになっても、日常は流れるのだから仕方ない。

そして締めくくりは、そんな、生者と死者の橋渡しとなった「ツナグ」自身の物語。祖母から「ツナグ」を引き継ぐことを決意した歩美(あゆみ)もまた何度か生者と死者の出会いを見ることで、変化を見せていくのだ。

この世とあの世の間で行われる人と人との助け合いの物語。想像を超えるような展開はないかもしれないが優しい気持ちにさせてくれるだろう。

【楽天ブックス】「ツナグ」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
5つの少し不思議で少し怖い物語。

個人的に好きなのは最初の「踊り場の花子」。どんな学校にでもある七不思議。それは「七不思議」と呼ばれてはいるけれど実際には七つ誰も言えなかったり、人によって微妙に異なるように覚えていたりする。そもそも七不思議は誰が言い始めたのか、実際に起こった出来事に由来しているのか。そんな疑問をうまく物語に仕上げている。

また、2話目の「ブランコをこぐ足」で生徒たちがやったとされる「キューピッド様」もなんか懐かしさを感じさせる。

ややわかりにくい物語もあるが、「学校の怪談」的な程よい怖さ、程よい不気味さが夏に向かうこの時期にマッチしている気がする。残念なのはあまり辻村深月らしい鋭い描写がなかった点だろうか。

【楽天ブックス】「ふちなしのかがみ」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
マーダーライセンス。つまり人を殺すことを許された男、ティーの物語。恋人であり同じくマーダーライセンスを持つR(アール)の行方を探して情報を集め始める。

最近、辻村深月(つじむらみづき)作品を読み漁っているのだが、本作品はやや雰囲気が異なる。というのも辻村作品でありながらも、著者チヨダコーキのデビュー作品という設定なのだ。チヨダコーキというのは、辻村作品の「スロウハイツの神さま」で登場するカリスマ作家である。その書かれた著作が青少年に影響を与えて大きな殺人事件が起きる、という設定だったと思うが、その作品が、本作品なのかどうかは定かではない。

したがって、残念ながら他の辻村作品に共通した、羨望と嫉妬など複雑な感情の入り交じった人々の心の描写は全くといっていいほどないのある。物語の展開がゆっくりなため、途中ややストレスを感じたのだが、終わってみると、「悪くない」と思ってしまった。続編かもしくは僕自身が気づかなかった背景があってもおかしくない。

【楽天ブックス】「V.T.R.」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
母親を殺して行方をくらました幼馴染、チエコを探すライターのみずほ。チエコとの共通の知人や同僚を訪ねて情報を集めていく。何故彼女は母親を殺したのか、そしてどこにいるのか。

みずほがいろんな女性からチエコについての話を聞いていく過程のなかで、30歳という節目の年齢に差し掛かった女性の本音が見えてくる。友達との付き合いのこと。合コンでの振るまいでのこと。結婚のこと。例によってそんな読んでいる読者まで目をそむけたくなるような本音の描写が魅力といえるだろう。

あの頃の遊び仲間全員に共通していた。本当にためになること、言わなきゃならないことは絶対に言わない。無条件に相手の望む言葉をかける。

物語が進むにしたがって、何故みずほがそこまでチエミを見つけることに執着するのか、その理由が明らかになっていく。

どうして、お母さんを殺したの。何故それは私の家ではなく、あなたの家だったのだ。娘に殺されて死んだのは、何故、私の母ではなく、あなたの母なのだ。

悪くはないが、残念ながら辻村深月作品は、ある程度の長さと登場人物の多さあってこそ魅力的な作品に仕上がる傾向があるように感じた。

【楽天ブックス】「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
若者の揺れ動く心を描いた3つの物語を扱った短編集。

短編集ということで、やや控えめではあるがほかの辻村作品同様、憧れ、見栄や嫉妬など人が集まれば当然生じる多くの複雑な感情が描かれている。

最初の物語は、絵画に情熱をかける大学生清水あやめの物語である。表向きは、絵画という共通のものによって結びつき協力し合う友人たちを演じながらも内面ではの絵画の力量で人を評価し、時には貶したりするのだ。

また2話目は売れないモデルの物語。その事務所に所属する人たちは、自分たちより明らかに地位が低いと見えるモデルをみんなで嘲笑する。

嫉妬などの他人の失敗を望む気持ちは、何か汚らわしいもののように世の中では受け入れられていてどこかタブー的な感じもするが、それを必ずといっていいほど描く辻村作品を読むと、不思議なことに、むしろそれが人間の人間らしい感情として見えてくる。

そして今回も、それぞれのエピソードは過去の作品と関連付けられているようだ。1話目には「冷たい校舎の時は止まる」の登場人物が主人公として出てくるし、2話目は「スロウハイツの神様」とつながっている。辻村作品ファンにははずせない一冊。


【楽天ブックス】「光待つ場所へ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
5編の物語からなる作品。著者辻村深月を有名にした「冷たい校舎の時は止まる」を読んだのはもう数年前なので断言できないのだが、5編のうちいくつかは(2つは明らかに)その作品と同じ世界で、作品内に登場した人物の未来または過去を描いているので、あの世界観が好きな人には見逃せない作品なのではないだろうか。

個人的に好きなのは4編めの「トーキョー語り」。東京から転校してきた女生徒へのイジメを描いた作品。そして最後の「雪の降る道」。「雪の降る道」は病気で学校を休んでいるヒロくんと、毎日お見舞いにくる幼なじみのみーちゃんの物語。この2人の名前を聞いてぴんとくるならもう説明はいらないのだろうが、「冷たい校舎」のなかの回想シーンで触れられたヒロと美月(みづき)ちゃんの幼い頃の物語である。

全体的に「冷たい校舎」を読んでいればかなり楽しめる内容になっているが、この作品から辻村作品に触れる人にとってどのような印象を与えるかはやや疑問である。

【楽天ブックス】「ロードムービー」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校卒業から10年。度々企画される同窓会。元同級生たちの話題は人気女優となったキョウコ。しかし彼女は同窓会を欠席し続ける・・・。

辻村作品には特に、なにか新しい興味を喚起させるきっかけも、作品を通して学ぶことのできる政治や経済的事実もない、にもかかわらずその作品が僕を惹きつけるのはそこで描かれる人々の感情の生々しさだろう。本作品はそういった意味で辻村作品が好きな人にとっては決して期待を裏切らないものになっている。高校時代同じクラスに属していた4人の女性と1人の男性が、10年後、お互いの状況や、高校時代、過去の出来事を思い起こしながら語る。

10年経ったからこそわかる過去の自分の未熟さ。東京に出て生活している人に対する、地元に残ったものの嫉妬。誰もが表の顔と裏の顔を使い分けて生きているのだ。そして、どんな美人も、頭のいい生徒も、悩みを抱え、ほかの誰かに憧れている。相手の持つ悪意ある意図に気づきながそれでも表面的には笑顔を保ち、復讐する機会を伺い続ける...。そんな計算高さは誰しもが持っているもの、しかしそれでもそこまで明確に意識することなく、どちらかといえば無意識のレベルで考え、結論を出し、行動しに移しているのだろう。そんな無意識の醜い悪意をはっきりとした文字にして見せてしまうところが、辻村作品の個性であり、怖さなのだろう。

知らなかったとは言わせない。私を見下していたはずだ。自分の男の話をしながら、男と別れる相談をしながら、結婚の報告をしながら。素敵な仕事をしていいなぁ、と自分を羨ましがるふりをしながら、「女」の価値を見せつけてきた。そうだろう?

身に覚えがある思いも、信じられないような考え方もあるだろう。人の気持ちがわからない人は辻村作品を読むといい。

わかってしまったのだ。あそこがどうしみょうもないほどの、小物の集まりだということを。皆が低い位置から、空に浮かぶ太陽を見上げるように彼女を見上げる。
何を言っているのだろう。あんなにふっくらとした身体をして、おいしそうにご飯を食べているくせに。ねぇ、きれいな洋服を着るために夕飯を抜く気持ちがわかる?水しか飲まず、空腹で眠れない夜がどれだけつらいか。想像したこともないでしょう?

そして辻村作品ではもはやお馴染みとなっているミスディレクションは本作品でも健在。その辺はぜひ読んで楽しんで欲しい。

個人的には、これだけリアルに人の感情を描けるなら、そのままストレートに物語を描いても十分魅力ある作品に仕上がると感じるのだがどうだろう。あとがきで語られたこんな文章が、まさに定まらない自分の居場所や生き方に悩みを揺れ動く本作品の語り手たちの気持ちを表しているようだ。

5人の語り手たちは、それぞれ自分が主人公の物語を生きている。誰にとっても自分の物語を自分が主人公のはずなのに、何かの弾みにそんな事実さえ覚束なくなる。

【楽天ブックス】「太陽の坐る場所」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
新年を迎えたはずの依田いつかは、突然3ヶ月前にタイムスリップした。同級生の誰かが自殺した記憶だけをもったまま。誰かの意思の力で自分が選ばれたのか?名前のわからない自殺者の自殺を食い止めるためにいつかは動き出す。

誰かが自殺をしたはずだが、それがだれかがわからない。というこの設定。思いっきり辻村深月のデビュー作の「冷たい校舎の時は止まる」とかぶっている気がするが、それが彼女の僕のなかでの最高傑作には違いないので手にとった。

いつかは同級生の誰かが自殺をするという手がかりだけを頼りに、自分がタイムスリップしたしたということも含めて、同級生の何人かに協力を求める。

相変わらず辻村作品の登場人物は魅力的な人ばかり。タイムスリップという事実をかなりすんなり受け入れてしまう同級生たちに抵抗を抱く読者も多いかもしれないが、個人的には、本作品中で、未来の学級委員長である天木(あまき)が見せるように、信じる信じないではなく、要求された仕事をするから、と見返りを求めるほうが現実味があるように思える。

さて、そんな自殺を防ぐという目的のもとでいつかの2回目の3ヶ月はまったく違ったものになっていく。

物語がいつかだけでなく、最初にいつかがタイムスリップを告白した同じクラスの女生徒坂崎(さかざき)あすなの目線にたびたび変わるのが面白い。

いつかもあすなも過去の苦い経験と次第に向かい合っていく。人は誰でも、忘れたいような過去を経験し、コンプレックスを抱えて生きているということが伝わって来るだろう。そしてそんな出来事に対して、向き合うことは勇気がいるし、逃げることにもまた勇気がいる。

人間同士の関係のこの独特な描き方は辻村作品でしか味わえないものだろう。

それにしても「子供たちは夜と遊ぶ」のときにも感じたのだが、辻村作品にはどこか、「かっこわるく不器用にあがいている男こそかっこいい」的な表現がよく見られる。そこも含めて自分が辻村ワールドにはまっていることを感じる。

【楽天ブックス】「名前探しの放課後(上)」「名前探しの放課後(下)」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スロウハイツでは、6人の男女がそれぞれ夢を追い、お互いに刺激を与えながら生活をしていた。そんな6人の間で繰り広げられる日々を描いている。

一つ屋根の下で6人もの男女が共同生活をするという設定に関してはやや現実離れしている感はあるが、そこで描かれる、上下関係や友情、才能や成功に対する妬みや、友情から来る厳しさなど、随所に辻村深月らしい、鋭くえげつないまでの感情の描写が見て取れる。

他の5人が中学生の頃から小説家として作品を世に出していたチヨダ・コーキという作家と、脚本家としてすでに成功している赤羽環(あかばねたまき)の2人はやや異質な存在として描かれていて、その2人を中心にスロウハイツは回っている。

チヨダ・コーキは人付き合いが苦手で、自分の作品が人々に影響を与えることに喜びを見出すようなタイプで、赤羽環(あかばねたまき)は自分にも他人にも厳しく、見ていて痛々しさを感じさせるような決して弱音を吐かないで生きていくタイプである。

物語中ではチヨダ・コーキの作品の影響で起こったとされる15人の少年が死んだ事件が大きな出来事として描かれている。そこには物事の悪い部分ばかりに注目する世のメディアや評論家達の傾向が見える。
痛々しいのは一読者がメディア宛てに送ったこんな手紙。

派手な事件を起こして、死んでしまわなければ、声を届けてもらえませんか。生きているだけではニュースになりませんか。今日も学校に行けることが「平和」だったり、「幸福」であるのなら、私は、死んだりせずに問題が起こっていない今の幸せがとても嬉しい。......功罪の功の方はほとんど表に出ることはありません。

物語は現在を中心に話は進むが、ときどき過去に戻ってその背景を説明していく。しだいに見えない糸によって彼らがスロウハイツという場所に集ったことが見えてくるだろう。

辻村深月にはここ2作品ばかり、やや期待を裏切られたような印象とともに受け止めていたのだが、本作品には最初の頃の良さがよみがえってきたような印象を受けた。なんといっても、相変わらず伏線の散りばめ方に上手さを感じる。前半になにげなく読み過ぎていった内容が後半部分で描かれた重要事項にぴったりはまる。この感覚を味わえるのは僕の知る限り辻村深月作品だけだろう。また、女性著者ならではの人の感情の描写力もその大きな魅力である。

【楽天ブックス】「スロウハイツの神様(上)」「スロウハイツの神様(下)」

オススメ度 ★★★☆☆
人を操る不思議な力をもつ「ぼく」は、学校で起きた事件のために言葉を失った幼馴染み「ふみちゃん」のために、その犯人と会うことなった。不思議な力を使って犯人に罰を与えるために。

基本的に物語は、不思議な力を持ちながらその力の使い方を知らない小学四年生の「ぼく」と、同じ力を持って過去に何度かその力をつかったことがある大学教授の秋(あき)先生との間の会話が軸となって進む。

学校のウサギを殺した犯人と一週間後に面会する約束をとりつけ、2人は犯人にどんな罰がふさわしいかを話し合う。

物語は大人である秋(あき)先生が、小学生の「ぼく」の気持ちに対して、いくつかの疑問をなげかけ、時にはいろんなたとえ話や経験談を交えながら進むのが、それが「ぼく」と20歳以上も歳の離れた僕の心にもここまで響くのは、その問題が決して答えの出ない問題だからだろう。物語の中でもその場にいないほかの人物の意見としていくつかの考えが紹介されている。

復讐しても、元通りにはならない。すごく悔しいし、悲しいけど、その感情に縛られてしまうこと自体が、犯人に対して負けてしまうことなんだ。
犯人を、うさぎと同じ目に遇わせる。自分のために犯人がひどい暴力を受けることは、その子だって望まないかもしれない。だけど、自分のために狂って、誰かが大声を上げて泣いてくれる。必死になって間違ったことをしてくれる誰かがいることを知って欲しい。

生きているうちに知らぬ間に組み立てられていた自分の心の中の常識、生命の価値だったり、正義の形だったり、強さの形だったり、人を想う坑道だったり、そういった、今までとりたてて疑問に想ってこなかったものに対して、「もう一度考え直してみよう…本当にこれでいいのか、本当にこれは正しいのか…」。そう思わせてくれる作品である。

【楽天ブックス】「ぼくのメジャースプーン」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校生の理帆子(りほこ)は、失踪した父を持ち、病気で入院している母の見舞いに病院へ通い続ける。そしてある日、図書館で一人の青年と出会う。

幼い頃から読書が好きだった理帆子(りほこ)は、周囲と自分との温度差を感じながら生きている。そして、そう意識するからこそさらに周囲に溶け込めない自分を感じる。それでも周囲の雰囲気を乱すようなことはせずに、自分の求められる役割を演じることに努める。

自分が一人「違う」ことはこの場所では絶対に伏せる。彼らにわからない言葉や熟語は使わないし、必要以上に自分の意見も言わない。意見や感想っていうのは、それを受け止めることができる頭を持ってる人間相手じゃなければ、上滑りをして不快なだけだ。

そして、心の奥では場を楽しめない自分を感じながらも、自分なりの退屈しのぎに周囲の人間を観察してはSFの言葉を当てはめている。友人は「少し不安」「少し憤慨」、母親は「少し不幸」、そして理帆子(りほこ)自身は「少し不在」。

そうやって自分の居場所のないことを認識しながら、自分を含めて客観的に世の中を見つめるからこそ、その人間関係は次第に手遅れなほどいびつになっていく。そんんな、理帆子(りほこ)の招いた不幸によって、徐々に周囲にあるもの、あったものの大切さに気付いていく。

女のストーカーは相手に対する曲がった愛情によってそうなる。そして、男のストーカーというのは、自尊心の高さによってそうなる。

本作品で特徴的なのは、国民的なアニメであるドラえもんの道具やエピソードを物語に取り入れている点だろう。「先取り約束機」、「悪魔のパスポート」、「かわいそメダル」…、たびたび引用されるドラえもんの道具の数々、思わず「そんな道具もあったな」と懐かしさにまたドラえもんを読み直したくなってしまうだろう。

僕らはラブストーリーもSFも、一番最初は全部「ドラえもん」からなんだろう。大事なことは全部そこで教わった。

今まで読んだ二作品「冷たい校舎の時は止まる」「子どもたちは夜と遊ぶ」とはやや趣の違ったややゆっくりした展開。スリルやスピード感より、りほこのまわりを流れる「今」、今はいない父との思い出、という静かに存在する何かに重きを置いているように感じた。

主人公である理帆子(りほこ)から、視点を最後まで別の人間に移さない点も、他の辻村作品とは異なる点だろう。個人的には、この著者の、怖いほどにリアルに描き出してしまう心情描写が好きなだけに、もっと多くの登場人物へ目線を移して、各々にの気持ちやその結果として起こす行動までの過程を仔細に描いてほしかったと感じた。(本作品は設定上無理だったのかもしれないが)。

辻村作品らしく、終盤には心地の良い衝撃が待っていたが、それでも期待値が高いだけに、物足りなさを感じてしまった。

そういえば我が家のドラえもんのコミックはどこにいったのだろう。

【楽天ブックス】「凍りのくじら」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
始まりは論文コンクールでもっとも高い評価を受けた匿名の応募i(アイ)の登場だった。最優秀賞を逃した、狐塚(こづか)、浅葱(あさぎ)とその友人たちの間で起こった出来事を描く。

昨年衝撃を受けた作品の一つである「冷たい校舎の時は止まる」の作者であることから、同じような強いインパクトを求めて本作品を手にとった。本作品も数人の学生たちとそこに関わる大人たちを描いた物語であり、人間関係を形成する引力である、人の気持ちについて非常にシビアな描写がいくつも見られる。その悲しいほどに客観的な人間関係の表現が、辻村深月作品に独特な雰囲気を持たせているような気がする。

それを見たら、駄目でした。ああ、この人は本当はこんなに弱くてかっこ悪いんだ。そう思ったら駄目でした。私、彼を好きになってしまった。そばにいたいと思ってしまった。
彼女が泣けば泣くほど、気持ちはどんどん頑なになっていく。所詮、俺と真剣に関わる気持ちなんかない癖に。その必死な声の裏側には、帰ることのできる居場所を用意しているくせに。

そんな中、指導役である秋山教授の言葉はどれも非常に印象的である。

恋と愛の違いはなんでしょう。昔「恋は落ちるもので、愛は陥るものだ」と答えた女性がいました。彼女が言っていたのは、どういう意味だったのかと…。
目の届く範囲の人々の幸せしか、僕には関心がない。難民の飢餓、傷ましい動物実験、世界のどこかで起こる戦争。僕はそれらを率先して見ることは絶対にしない。

序盤から感じ続けていた不思議な違和感。それは終盤になって一つの事実になる。そしてその事実は大きな惨劇を生む。

どうして誰も、最悪の状態を考えてそれに向けて準備しないのだろう。今からそれを考えなければ、到底耐えられないのに…

物語の面白さを損なわない範囲で計算尽くされた驚きの展開。この衝撃は癖になる。また間にちりばめられたこばなしも魅力的。特に寄生蜂の話と、「かごめかごめ」の解釈にはぞっとさせられた。

どうやらしばらく辻村作品のチェックを怠ることはできなくなったようだ。


野口雨情(のぐちうじょう)
詩人、童謡・民謡作詞家。「赤い靴」「しゃぼん玉」「七つの子」などが有名。(Wikipedia「野口雨情」

参考サイト
Herend ヘレンド
寄生バチ

【楽天ブックス】「子どもたちは夜と遊ぶ(上)」「子どもたちは夜と遊ぶ(下)」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第31回メフィスト賞受賞作品。

大雪の冬の日。青南学院高校の生徒8人はいつものように教室に登校してから、自分たち8人以外に誰も校舎内にいないことに気づく。窓もドアも開かずに校舎の外にでることのできない不思議な状況の中で、2ヶ月前の学園祭の最終日に同じクラスの生徒が自殺したという記憶に思い至るが、自殺者が誰だったかが思い出せない。そして、鳴らなかったチャイムが響く度に、8人の中から1人、また1人と消えていく。

爽やかな学園モノだと思った序盤。チープなホラー小説だと思った中盤。最後には、途中で抱いたそんな懸念をすべて吹き飛ばして、読後の心地よい満足感を与えてくれる。

物語を通じて、8人の生徒達と、個々の回想シーンの中で想起される人々の描写の緻密さが読者をひき込むだろう。才女も秀才もクラスのヒーローも。どんな人であれ、その生きてきた長さに比例した辛い過去や悩みを持っていて、その事実と向き合いながら成長する様が巧みに描かれている。学校や教室、そういった狭い世界の中だからこそ目立つ人と人との争いや嫉妬。それらは学校を卒業して社会という広い世界に出た僕のような大人にとっても決して無関係なものではない。

人にかけられた言葉の裏の裏まで読んで気を使い、溜め込んでそして泣いてしまう。投げつけられた小石を自分から鉛弾に変えて、しかもわざわざ心臓に突き刺してしまうような傾向がある。自分自身のことを、そうやって限界まで責める。
優しいわけではない。単に、他人に対する責任を放棄したいだけなのだ。人を傷つけてしまうのが怖い。ただそれだけだ。相手の声を否定せず、他人の言いつけを素直に聞いてさえいれば、誰のことを傷つける心配もない。だから断らない。それはとても楽な方法で、とても臆病な生き方だ。
言葉の遣り取りや他人とのふれあいの中で誰かを知らずに傷つけてしまったとしても、そんなものはおよそ悪意とはかけ離れたものだ。たとえどんな人間であっても、そうした衝突なしに生きていくことはまずできない。
努力の方向が下手な奴っていうのはいるもんでね。勉強してないわけじゃないのに成績が上がらない。そしてそれが自分ことを追いつめる。

時には執拗なまでの登場人物の性格の描写。時の止まった校舎の中や中学生時代の経験。描かれる時間が頻繁に変わることで、本筋の進行の遅さに戸惑うこともあったが、終わってみれば、その詳細な描写のすべてがラストのために必要なものだったと気づくだろう。

集団失踪事件という歴史上の謎の事件に、作者自身の解釈とアレンジを加えて物語の舞台となる時の止まった校舎に説得力を持たせている。そして、それによって時の止まった校舎が、自殺した誰かが作り出した世界、という結論に落ち着いたからこそ、8人の生徒たちは「罪の意識」というものについて考えることになるのだ。自殺したのは誰だったのか。なぜその人の名前を忘れたのか。自分はそんなにも軽薄な人間だったのか、と。

どうかきちんと死んでいて。死んでしまっていて、お願いだから。

社会が責める罪、法律が課す罪。被害者の恨みや社会の記憶が消えても、心に残った罪悪感は決して消えることはない。

ややじれったさを覚える中盤の展開だが、そこにはクライマックスへ向けた様々な伏線が散りばめられている。ラストでそれらのパズルのピースが一気に組みあがっていく。多くの材料を緻密に散りばめてラストに向けって一気にくみ上げるその展開力は「見事」の一言に尽きる。この本を読み終えた今。誰かとこの内容の話で盛り上がりたい気持ちで一杯である。

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