【山本周五郎賞】の最近のブログ記事

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第23回山本周五郎賞受賞作品。

人々の人生を切り取った6つの短編から成る物語。

母と息子、兄と妹、先生と生徒。この世界にある様々な人間関係のなかの6つを描いている。想い通りにいかないやり切れなさや希望のない未来は、自然と人の心を過去に向かわせるのだろうか。どの物語も、楽しいわけでも悲しい訳でも、希望を与えてくれるわけでもないが、なにか染み入ってくるものがある。

特徴的なのは、どの物語も植物や昆虫が象徴的に登場する点だろう。笹の花、キタテハチョウ、シロツメクサ、カタツムリ。幼い頃は昆虫や植物と触れる機会も多かったのに大人に成るに連れてそんな時間もとれなくなる。だからこそ植物や昆虫は過去の思い出とリンクするのだろうか。

この物語全体に漂うしみじみとした雰囲気は、周五郎賞受賞を納得させてくれる。

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第9回山本周五郎賞受賞作品。

都内で起こる一課殺人事件。非行に走った少年が起こしたものと考えられていたが、同様の事件が続く事となる。刑事馬見原(まみはら)、教師巣藤俊介(すどうしゅんすけ)、児童カウンセラーの氷崎游子(ひざきゆうこ)などそれぞれの悩みを抱えた人々が事件に関わる事になる。

物語の主な登場人物たちはいずれも家族に問題を抱えている。馬見原(まみはら)は息子を失い、それによって妻は精神を病み、娘は馬見原(まみはら)を憎む事となった。俊介(しゅんすけ)は美術教師であるために問題を抱えた生徒たちの対応しなければならない。游子(ゆうこ)は過去の経験から、子供たちを救う事を使命として仕事に打ち込んでいる。そんなそれぞれの思いを順々に描きながら、物語は進んでいく。

家族のあり方、子供の育て方、年老いた両親への接し方。いずれも正解のないものだが、結果だけで周囲には判断されかねないもの。そして、家族というつながりがあるゆえに、決して逃げ出す事のできないものである。本書はまさにそんな現実に改めて目を向けさせてくれる。

そういう意味では物語の発端として起こっている残虐な事件は、人々に家族のありかたに目をむけさせるための一つの要素に過ぎない。

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第5回山本周五郎賞受賞作品。

独立国家の建設を求めて放棄しようとするクルド人。イランはホメイニ体制の下でそれを抑えようとする。そんな混乱のなかの中東に2人の「ハジ」と名乗る日本人がいた。

イランイラク戦争。まだ政治に関心を持つような年齢でもなかった僕は、その名前しか知らない。しかし、戦争というのは、他の国で豊かな暮らしを送っている人にとっては他人事でも、当人にとっては人生を左右するもの、人に寄っては人生そのものでもあったりする。本書が描いているのはまさにそんな人達である。

本書は「ハジ」と名乗る2人の日本人のほかに、イランの共和国軍である革命防衛隊に属するサミル・セイフ、クルド人でクルド国家の樹立を目指すハッサン・ヘルムートの視点からも語られる。サミル・セイフは国を守るためにそのすべてを注いでいるが、革命防衛隊内の腐敗に葛藤を続ける。また、ハッサン・ヘルムートもクルドの聖地マハバードの奪還を目指す中で、イランクルドとイラククルドの諍いなどの不和にも頭を悩まされる。

そんな状況のなか、「ハジ」と名乗る日本人の一人駒井雄仁によって2万梃のカラシニコフがカスピ海をわたってクルド人に届けられようとしている。そしてその後武器を得たクルド人たちはマハバードへ向かう事となる。

かなりの部分が史実に基づいているのだろう。これほど大きな混乱を知らずに今まで生きていた自分がなんとも恥ずかしくも感じた。

本書はハッピーエンドとは言えないだろう。そもそも戦争とは悲しみしか生まないのなのかもしれない。それでも、そんな時代だからこそすべてをかけて人生を全うする登場人物たちが羨ましく思えてしまう。

イスラム革命防衛隊
1979年のイラン・イスラム革命後、旧帝政への忠誠心が未だ残っていると政権側から疑念を抱かれた従来の正規軍であるイラン・イスラム共和国軍への平衡力として創設されたイラン・イスラム共和国の軍事組織。(Wikipedia「イスラム革命防衛隊」

ルーホッラー・ホメイニー
イランにおけるシーア派の十二イマーム派の精神的指導者であり、政治家、法学者。1979年にパフラヴィー皇帝を国外に追放し、イスラム共和制政体を成立させたイラン革命の指導者で、以後は新生「イラン・イスラム共和国」の元首である最高指導者(師)として、同国を精神面から指導した。(Wikipedia「ルーホッラー・ホメイニー」

イラン・イラク戦争
イランとイラクが国境をめぐって行った戦争で、1980年9月22日に始まり1988年8月20日に国際連合安全保障理事会の決議を受け入れる形で停戦を迎えた。(Wikipedia「イラン・イラク戦争」

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第22回山本周五郎賞受賞作品。

雑誌社の編集長であるカワバタは胃ガンと診断される。そんなカワバタが死を意識しながらも世の中を見つめながら生きていく。

最近の白石一文の作品はどれも死と隣り合わせの場所で生きている人の目線で世の中を語るものが多く、本作品もそんな物語である。胃ガンと診断され手術を受けた後も再発を恐れ、死を意識し続けるからこそ見えてくる世の中の形が描かれている。

それは、僕らがもはや疑問も持たずに受け入れている人生の形や、社会のシステムなどに対して、もう一度疑いの目を向けさせてくれる内容である。

結婚というのは人間関係じゃないのよ。純然たる経済行為。繁殖や相互扶助という目的はあるにしても、この社会は夫婦や家族を単位として動いたときに最も経済効率が高くなるように作られているから。
どうして誰も彼も金が入ると豪勢な家に住みたがるんだろう?家がでかくなればなるだけ家族はバラバラになるってのに

ネットカフェ難民や、貧困問題など現在の社会問題や、その一方で使い切れないようなお金を手にしている有名人にも触れ、世の中の矛盾を指摘していく。カワバタの目線で語られるから、何か無視できない重みを感じてしまう。

ページをめくる手を加速させるような面白さはないが、世の中について考えさせる内容に溢れている。似たような本ばかりが溢れるなかちょっと違う本を読んでみたい、という方は、一度読んでみるべき本かもしれない。

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞受賞作品。

家族の不祥事による降格人事に従って、大森署の署長となった竜崎。その管内で拳銃を持った立てこもり事件が発生する。

「隠蔽捜査」の続編である。そして、主人公は今回も、恐ろしいまでに自分に厳しく生きる東大法学部卒のキャリア竜崎(りゅうざき)である。縦割り社会の警察組織の中にあって、人の顔色を伺うことなく合理的な行動をしようとする竜崎(りゅうざき)は今回も周囲から異質な存在として見られる。それでも少しずつ新しい環境にあって周囲から信頼を得ていくすがたが面白いだろう。

さて、この竜崎(りゅうざき)という登場人物がなぜこんなにも強烈かというと、それはきっと、「真面目」と「賢い」という2つの要素が融合した登場人物というのが日本の文化に今までなかったからではないだろうか。

賢く頭の切れる人間は時にルールを逸脱する。そしていい結果を導くことが長く日本人に受け入れられてきた美学だったのだ。そしてそれと対になるように、真面目な人間はどこか融通が効かずに最終的に損をする。それが良くあるお約束だったのだ。

ところがここで竜崎(りゅうざき)には「真面目」と「賢い」が同居してしまった。そうするとさぞ近づきがたい人間のように聞こえるのかもしれないが、物語はその竜崎本人の目線で進む。理想に近い行動を選択しながらも、心の奥ではつねに信念と規則と人の気持ちと、いろいろなものの重さを量りにかけて決断しているのだとわかるだろう。

「そんなに堅苦しく考えることはない。私用でちょっと出かけるなんてのは、誰だってやっていることだ。」
「みんながやっているからといって正しいというわけではない。」

実はそんな竜崎(りゅうざき)の物事の考え方は、かなり僕にとっても共感できる部分があり、特にこの台詞は印象に残った。

「相変わらずですね。ご自分が正しいと信じておいでなので、何があろうと揺るがないのです。」
「俺は、いつも揺れ動いているよ。ただ、迷ったときに、原則を大切にしようと努力しているだけだ。」

そう、結局、国や誰かの決めたルールで判断するのでなく、人は自分のなかの何かにしたがって判断をし、行動しているのだ。しかしその「何か」が不安定なものならば意味がないし、その「何か」と目の前で起こっている事実を照らし合わせるためには、知識や観察力が必要。だから僕らは学ぶのだ。

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オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回山本周五郎賞受賞作品。

とある精神病院には、重い過去を背負った患者たちが日々の生活を送っている。そんな精神病院の患者たちを描いた物語。

冒頭部分は患者たちの病院に入る前のエピソードが細切れに描かれていて、物語の繋がりを把握するまでに時間がかかるだろう、加えて、精神病院という普通の人にはおそらく馴染みのないであろう舞台設定にややページが重く感じる。それでも馴染みの薄い舞台設定だからこそ感じるものは多く存在していたように思う。

過去に犯した過ちを悔い、外の世界に出ると浴びせられる好奇の視線。いつか退院して外の世界で暮らしたいと思いながらも、もはや普通の生活には戻れないという諦め。そういった一人一人の患者たちの生活や悩みが現実味を帯びて描かれている。普通の人から見れば、奇異な行動と映る彼らの行動にも、彼らにとってはしっかりと意味を持った行動なのだと、感じることができるのではないだろうか。

家に帰りたいけど帰れない。その冷たい壁の存在をすべての患者がどれほど思い知らされてきたことだろう。本当はみんな退院を心から待ち望んでいるのにできない。ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。

僕らのような「正常」(と世間ではされている)人間こそが彼らのような人の気持ちの理解にもっと努めなければならないのではないか。そんな訴えがこの物語からはひしひしと感じられる。一気に読ませるというようなパワーは残念ながらないし、正直、自分の生活とあまりにもかけ離れた世界の描写に、ページをめくるスピードは最後までゆるやかなままだったが、ラストには相応の感動が用意されていた。

【楽天ブックス】「閉鎖病棟」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第18回山本周五郎賞受賞作品

リストラ請負会社に勤める村上真介(むらかみしんすけ)はクライアント企業の要望に従って候補者の中からリストラの対象者を決めて、退職を促すことを仕事としている。

終身雇用という制度が崩れたとはいえ、世の中にはまだまだ一生今の会社に勤めていえると信じている人は多いのだろう。そして、そんな人たちに退職を勧める立場だからこそ見える、多くの人間の生き方がこの作品の面白さである。

個人的に驚いたのは、物語中で退職を促された多くの人間が面接官である真介(しんすけ)に尋ねる言葉。「私が何か会社に不利益なことをしたのでしょうか」。日本の一般的なサラリーマンはマイナス評価がなければ会社にいつまでもいられると思っているのかもしれない。もらっている給料を補ってあまりあるだけのプラスがなければ会社にとってなんの得も無い、つまりクビにされてもまったく不思議ではないというのが、僕にとって普通の考え方だっただけに、少し面白い。

きっと安定した企業に勤めている人の方が、この本を読んで僕以上に多くのことを感じるのかもしれない。

リストラ最有力候補になる社員にかぎって、仕事と作業との区分けが明確に出来ていない。たとえば営業マンなら、自分が担当した商品の売値と仕入れ値の差額粗利から、自らの給料、厚生年金への掛け金、一人割りのフロア維持費、接待費、営業者代、交通費などを差っ引いた純益として考えたことなどないのだろう。

そして、物語の目線は退職を促す側だけでなく、退職を勧められる側にも移る。そこには多くの人生が描かれている。どんな人間も最初は熱意を持って仕事に取り組んでいたのだろう。それでもそんな気持ちを維持できないような、気持ちや能力だけではどうしようもないことが、社会という複雑な人間関係の中ではあるのだ。

人材能力開発室という窓も電話もない地下二階の部署に送り込まれ、朝から晩まで『自分は能無しです。銀行には不要な人間です』と、ノートに書付けることを命じられている元支店長もいる。
それに比べれば、自分などはるかに恵まれていると思う。分かってはいる。だが、それでも腐ってゆく自分をどうすることも出来ない。

物語中に登場するリストラ候補者の言い分や考えに目を通せば、そんな世の中の悲しい現実がはっきりと目に見えることだろう。

そんな物語であるが、個人的には最後に真介}(しんすけ)のアシスタントを勤める女性が言う言葉が好きだ。

わたし、この仕事、なんとなく好きです。コーヒーかけられそうになったり、罵倒されたりもしますけど、いろんなことを感じたり見れたりしますから。

この言葉は、この女性アシスタントの仕事に対する感想であると共に、この作品の面白さを表した表現でもある。

最初のわずか数ページで読者を物語中にひきこみ、そしてページを軽くさせる垣根涼介の技術の高さはもはや疑いようもない。とりあえず、次回本屋に立ち寄ったときには本作品の続編である「借金取りの王子」を忘れずに購入したい。

【楽天ブックス】「君たちに明日はない」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第18回山本周五郎賞受賞作品。

広告代理店営業部長の佐伯(さえき)は、若年性アルツハイマーと診断された。仕事や日常生活が少しずつ出来なくなって行く中で悩み、生き方や人間関係を考えていく。

昨年やっていた、2時間ドラマの原作だと気づいたのは読み始めてからである。今回は萩原浩という最近よくみる作家の代表作に触れるという意図しかなく、アルツハイマーを扱った作品だと知らなかったので少し後悔した。「世界の中心で愛を叫ぶ」などと同様に、一人の元気だった人間が病気によって次第に衰えていく様子を描く作品は、涙腺を刺激することはあっても内容の濃いものであることは少ない。この作品もまた、人を涙させるためのもっとも安易な手法を採ってしまっただけで、とりててて大きなテーマもない作品ではないか、と。

物語は最初から最後までアルツハイマーに犯された佐伯(さえき)本人の目線で進む。生き方に悩んだり次第に物事を忘れていくことで、数ヵ月後の自分を想像して恐怖する姿は描かれているのだが、その心情描写がリアルだとは残念ながら言い難い。見所はむしろ妻である枝美子(えみこ)の夫を支える姿なのではないだろうか。また、アルツハイマーと診断されてから、佐伯(さえき)は「備忘録」と名付けた日記を書くことを習慣づける。その日記が作品の中の要所要所に登場するのだが、次第に同じことを繰り返し書かれたり、間違った漢字を使い始めたり平仮名が多くなったりする。それによって次第に病状が進行していくことを表現しているのだが、そんな手法も本作品の個性と言える。

記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中に残っている。

読み進めるに従い懸念したことが現実となる。徐々に記憶を失っていくその姿は悲しく、アルツハイマーという病気の恐ろしさは伝わってくるが、内容自体にあまり密度を感じない。それでも最後の2ページは著者の思惑通り涙が溢れ出た。このラストシーンを描きたくて著者はこのテーマを選んだのだろう。そう思った。

たたらづくり
板状に伸ばした粘土を型紙に合わせて切り取り、石膏型などにかぶせて成型する陶器の技法の1つ。

【楽天ブックス】「明日の記憶」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第6回山本周五郎賞受賞作品。9年程前に初めて読んで以来、今回で4回目の読了である。

休職中の刑事、本間俊介(ほんましゅんすけ)は、遠縁の男性からの依頼により、その男性の失踪した婚約者関根彰子(せきねしょうこ)の行方を探すことになった。本間(ほんま)は関根彰子(せきねしょうこ)の過去を知る過程で、別の一人の女性の存在を知るとともに、社会が作り出した悲しい現実と向き合っていくことになる。

この物語は常に本間(ほんま)の目線に立って進められていく。捜索の過程で見せる本間(ほんま)の人間観察眼に驚かされる。

物語は関根彰子(せきねしょうこ)の失踪した理由に絡んで、カード破産という社会問題に触れる。今の社会で便利に生きるうえでは必要不可欠なクレジットカード。紙一重の場所にあるカード破産という現実。二十歳かそこらの若者に一千万も二千万も貸す業者がいる現実。クレジットカードを利用している人のうち一体どれほどの人がその現実を理解しているのだろうか。そんな問いを自分自身にも投げかけるとともに、教育の在り方まで考えさせられてしまう。破産に追い込まれるような人たちに対してつい抱きがちな先入観は読み進めていくうちに薄れていくことだろう。

僕自身は、この社会問題だけがこの物語が訴えようとしているものではないと強く感じる。なぜなら登場人物たちの台詞や考え方が心を強くえぐるからだ。まるで直視したくない人間の心の中を見せ付けられるているかのようだ。

関根彰子(せきねしょうこ)の幼馴染みでもある、本多保(ほんだたもつ)の妻、郁美(いくみ)は突然友人からかかってきた電話にこんな感想を抱いた。

たぶん、彼女、自分に負けている仲間を探していたんだと思うな。会社を辞めて田舎へ引っ込んだあたしなら、少なくとも、東京にいて華やかにやっているように見える自分よりは惨めな気分でいるはずだって当たりをつけて

階段から落ちて死んだ関根彰子(せきねしょうこ)の母親。この事件を担当した境(さかい)刑事は母親の当時の気持ちをこう見ている。

酔っ払って、危ないからやめろといわれても、この階段を降りてたんですよ。それはね、そうやって何度か降りていれば、そのうち、どうかして足が滑って、パッと死ねるんじゃないか、そんなふうに考えてたからじゃないかと思うんですわ

そして物語後半では、破産だけでなく、そこに至る人間の心情にまで触れている。お金もなく、学歴もなく、能力もない。そういう人は昔は夢を見るだけで終わっていたのに、今は夢が叶ったような気分になれる方法がたくさんある。エステや美容整形や強力な予備校、ブランドなど、そして見境なく気軽に貸してくれるクレジット。世間のそこかしこに夢を見る人を待ち構えて「罠」が仕掛けてあるのだ。自分がそんな世の中の「罠」にかからないからといって、夢を見て「罠」にかかって人生を転げ落ちていく人たちを「愚か」と一言で片付けられるのだろうか。

どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんないのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

読み進めるうちにもう一人の女性の人物像も次第に明らかになっていく。彼女の背負っている過去は、不自由なく暮らしている僕等のような人間には到底理解できるものではない。彼女の発したこんな台詞がそのことを伝えてくれるだろう。

どうかお願い。頼むから死んでいてちょうだい、お父さん。

本間(ほんま)と同様に読者の多くもこの犯人と思われる女性を嫌いにはなれないのではないだろうか。むしろ、その強く孤独な生き方に感心するかもしれない。

わたしのところに遊びに来て、帰るときはいつも、じゃ、またねと言ってたんです。手を振って、また来ます、と。だけどあの時だけは、そうじゃなかった。さよなら、と言ったんです。わざわざ頭を下げて、さよならと言って帰ったんです

彼女は礼儀正しく優しい女性だったのだろう、人の心を思いやれる人間でもあっただろう。そして社会の犠牲者だった。辛い想いをたくさんしたからこそ彼女は強い心を育み、悲運な運命と決別する道を選んだ。彼女を一方的に責めることなどできやしない。彼女の心情を最後まで読者の想像に委ねたこの物語のラストが好きだ。

本間が携帯電話を持っていないあたりなど、初めて読んだときには感じなかった時代の違いを今は感じるが、何度読んでもこの物語から受ける衝撃は健在である。全体的には、カード破産という社会の問題を訴えているようにも取れるが、僕は、人間の醜い部分がじわじわ染み出してくるような印象を毎回受けるのである。

特別養子制度
従来の普通養子制度では、養子縁組をしても、実方の父母との関係は残っており、父母が養父母と実父母二組いることになっていたが、特別養子縁組をすると父母は養父母だけになる。

割賦
分割払いのこと。

買取屋
多重多額債務に苦しむものを助けるといって近づき、クレジットカードを作らせ、カードで買い物をさせたうえで、その商品を質屋などで換金して手数料を取る業者のこと。

利息制限法
貸金業者の金利を制限する法律。貸金業者の貸付金利の上限を、元本10万円未満は年率20%、元本10万円以上100万円未満は年率18%、元本100万円以上は年率15%と定めている。これを破っても罰則規定はないため有名無実化しており、現在、利息制限法を守っている貸金業者はほとんど存在しない。

出資法
年利29.2%を超える利息で金貸し業を営む事を禁止している法律で、違反すると5年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科せられる。

参考サイト
出資法と利息制限法について


【Amazon.co.jp】「火車」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第11回山本周五郎賞受賞作品。

昭和初期から中期にかけて、在日朝鮮人である金俊平という蒲鉾職人の生き方を描く。

金俊平のように自分以外の人を信じないという生き方は戦時中の騒乱の時代の中では多かったのかもしれない。ストーリーのおもしろさという面ではあまり薦めないが、昭和の歴史を当時の雰囲気を味わいたい方は読んでみるのもいいかもしれない。

お金がなければ見向きもされない。女は体を売っていきるしかない。病気になれば「早く死んでほしい」と思われる。僕の生まれるほんの20数年前までの昭和という時代はそんな時代だったのだ。

【Amazon.co.jp】「血と骨(上)」「血と骨(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

第12回山本周五郎賞受賞作品。

昨日まで普通にクラスメイトとして過ごしていた一人が、通り魔だった。主人公のエイジは自分とその友人との間になんのちがいがあるのか考え、悩む。

僕自身がこの本のエイジに近いのか、この本の作者に近いのかはわからないけれど、あまりにもドラマチックに描かれる学性生活に違和感があることは否めない。「キレる」という言葉がたくさん出てくるが、少なくとも僕が学生のときにはそんなに人は簡単に「キレ」たりはしなかった。今の大人が考える中学生のイメージはこんなものなのか・・・それとも実際今の中学生はこうなのか?いや、やはり決してそんなことはないだろう、そういう人がいるのも事実なのかも知れないが、一部の話題性のある中学生を取り上げて、「今の中学生はこんなやつらだ」そう語るのはやめるべきだ。

【Amazon.co.jp】「エイジ」

オススメ度 ★☆☆☆☆ 1/5
第10回山本周五郎賞受賞作品。

「女たちのジハード」が非常に面白かったので手に取った。内容としては主人公である結木輝和が結婚したネパール人のカルバナがその後次々と奇妙なことを起こすようになる。というもの。ストーリーとしてはわかるのだがなんといっても話の展開が遅くて何度本を閉じようとしたかわからない。

【Amazon.co.jp】「ゴサインタン 神の座」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第15回山本周五郎賞受賞作品。

社会人一年目、僕は会社の寮に入った。3LDKのマンションの一室に同期の人間と一緒に住むのだ。隣の部屋も反対の隣の部屋も、同期や先輩の社員が住んでいた。3ヶ月でイヤになって一人暮らしを始めた。一人暮らしを始めてもう5年。「誰かと一緒に住むのもいいかも」と、この本を読んで思った。
この「パレード」では同じマンションの一室に住む5人の男女をそれぞれの視点から展開していく。同じ部屋で一緒に生活していくためにはそれぞれ「この部屋用の自分」を演じる必要がある。読み進めて行くうちに「共同生活ってそんなにも楽しいモノなのだろうか」という思いと、「そんなにも悲しいモノなのだろうか」という思いが浮かんでくる。そして最後は怖い。
近いウチにまた読み直したい。時間があれば今すぐにでも読み直したい。

【Amazon.co.jp】「パレード」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第10回山本周五郎賞受賞作品。第50回日本推理作家協会賞受賞作品。

真保裕一の本が好きなのは、物語を楽しむと同時に、幅広い知識が身に付くからだ。そういう意味でこの「奪取」はお金、特にお札に関する知識がたくさん付いた。ただ、物語よりもお札の印刷技術、そこに重点を置き過ぎた感が有るのが残念。僕の評価では真保裕一の作品の中ではあまり高いとは言えないが、「この本が一番」という友人もいるので、好き嫌いが別れる本なのかもしれない。

とりあえず偽札づくりの知識は付くかも知れないです。それと同時に偽札づくりなんて無理。そう思います。

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