みやべみゆきの最近のブログ記事

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ある高層マンションで4人の人間が殺害された。やがてその4人が本来その部屋に住んでいるはずの人々ではなかったことがわかる。

15年ぶり2度めの読了。直木賞受賞作品でありながらも、最初に読んだ当時はこの作品の訴えようとしていることがつかめずにいた。15年経ち、僕自身にとっても人生は15年前とは違うように見えているはずで、今回こそこの作品の本質が理解できるのではないかと思って読み直した。

事件自体は、高級マンションのローンを支払えずに手放さざるをえなくなった元の持ち主と、格安でその物件を手に入れようとする人、そして不当にマンションに居座って利益を出そうという占有屋の間で起こったことである。占有屋という聞きなれない職業についても非常に興味深いが、事件に関わることになったそれぞれの人々の人生が興味深い。

少し背伸びしてローンを組んでマンションを購入した夫婦、息子たちに自分の能力を誇示するために抵当物件を購入することを選んだ人、占有屋に雇われてそのマンンションに居座ることになった人々などである。

いずれも、人生のなかでどこにでも転がっていそうなきっかけから、人生が少しずつおかしな方向に転がってしまった結果、この事件の関係者になってしまったのである。4人の殺人事件というと、僕らは極悪非道な犯人や事件関係者を想像してしまうが、
実際には普通の人生が絡み合った結果起こったことなのである。誰であろうが、被害者にもなりうるし、加害者にもなりうる、そんな現実を突きつけてくれる。

物語が訴えようとしているテーマとしては同じく宮部みゆきの「火車」に似ている気がする。ただ、本書は「火車」と違って、描かれ方が誰かの視点を中心にしているわけではないので、少し共感しづらい点が残念である。


【楽天ブックス】「理由」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
杉村三郎(すぎむらさぶろう)は同僚と取材した帰りにバスジャックに遭遇する。妙なことに犯人の老人は人質となった人々に事件解決後に慰謝料として大金を払うことを約束するのである。

物語の発端はバスジャックという形をとっているがバスジャック自体はすぐに解決し、物語は人質となった7名が、名前の知れない老人の正体を突き止める過程を描く。そして、その過程でネットワークビジネスや詐欺など、社会の問題に踏み込んで行くのだ。

そして、その流れとは別に、杉村三郎(すぎむらさぶろう)とその妻菜穂子(なおこ)の関係や会社での同僚との関係もシリーズ内の他の作品よりも多く描かれている。派閥争いに敗れた同僚との関係は、今の世の中どこにでも起こりうることで、やけに現実味を感じてしまった。

バスジャックという一見派手な物語展開を取り入れながらも、それぞれの登場人物の人生に焦点を当てていくあたりは、人の心を描き出すのが上手い宮部みゆきらしい。しかし、若干詰め込みすぎの印象も受けた。同じことを訴えるのに、ここまでたくさん詰め込みここまで物語全体を長くする必要はあったのだろうか、と。

最後は次回作へのつながりを予感させる終わり方。若干後味の悪さを感じさせるが、続編のための伏線なのかもしれない。

【楽天ブックス】「ペテロの葬列」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
東北の山村に怪物が現れ、村を一夜にして壊滅状態する。命からがら逃げ延びた蓑吉(みのきち)は敵対する永津野藩の人々によって助けられる。永津野(ながつの)藩、香山(こうやま)藩という過去の因縁によって敵対しながらも、それぞれが怪物退治に動き始める。

過去には何度も超能力者を扱った物語を書いている宮部みゆきだが、本書の怪物ほど非現実的な描写をしたものは記憶にない。だからこそ、そんな非現実的な存在を取り入れてまで訴えたい何かがあるのだろう、と思いながら読んだ。

物語は永津野(ながつの)藩、香山(こうやま)藩という2つの憎しみあう藩の間で起こる。永津野(ながつの)の曽谷弾正(そやだんじょう)は技術を盗むためにさまざまな口実を設けて香山(こうやま)の人をさらうために、香山(こうやま)の人々から憎まれ、恐れられていたのだ。

曽谷弾正(そやだんじょう)の妹である朱音(あかね)によって、怪物から逃げ延びた蓑吉(みのきち)が救われることから始まる。兄のやり方を嫌って朱音(あかね)は蓑吉(みのきち)を秘密裏に保護し、怪物の存在を知るのである。

また一方で、小日向直弥(こびなたなおや)は香山(こうやま)の政治に巻き込まれ、化け物の正体を見極めるために山を登るのである。永津野(ながつの)藩、香山(こうやま)藩のそれぞれの方向から、怪物に迫るうちに、2つの藩の過去の歴史が明らかになって行く。

物語はもちろんフィクションであるが、関ヶ原の戦いによって憎み合うようになった2つの藩の歴史を読むと、実際の日本にも、歴史の表にはほとんど出てこないような土地に生きた人々は、多くの葛藤や細かいいざこざのなかを生きてきたのだと理解できるかもしれない。教科書からはわからない、過去の日本の一部が見えるような気がする。全体的には最後まで飽きる事なく楽しむ事ができたが、宮部みゆきというだけで最近は期待値が非常に高いので、その期待に応えてくれたとは言い難い。

【楽天ブックス】「荒神」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
悲しい出来事の既におちかは江戸の叔父夫婦の元で暮らすこととなった。そして叔父伊兵衛(いへい)の計らいで人々の不思議な話を聞く役目を命じられる。

人々の不思議な話を聞く事で、少しずつおちかは自分の過去の出来事と向かい合っていく。おちか自身の話も人々がおちかに聞かせる話も、きっと幼い頃に聞かされていたら怖くて夜トイレに行けなくなっていただろうと思う。物語の巧さには宮部みゆきらしさを感じさせるが、あまり深い心情描写がなかったのが残念である。

とはいえ、続編もあるらしいので、機会があったら読んでみたい。

【楽天ブックス】「おそろし 三島屋変調百物語事始」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
父親の死の謎を解くため江戸へ出てきた笙之介(しょうのすけ)はそこで書を生業として生活を始める。

笙之介(しょうのすけ)の父、宗左右衛門(そうざえもん)は身に覚えのないにも関わらず自らの筆跡と思われる文書によって罪を被り、それによって自殺した。人の筆跡をそっくりまねて書くことなど可能なのだろうか。笙之介(しょうのすけ)は江戸で普通の生活を送りながら、そんな技術を持った人を探そうとする。そんななかで笙之介(しょうのすけ)の出会い人々があたたかい。

また書を生業とするゆえに、笙之介(しょうのすけ)の書に対する強い思いも見えてくる。笙之介(しょうのすけ)曰く、書とは人を映すもので、人の筆跡を寸分違わずまねる事ができる人間がいるとしたら、その人間は心までその人間になりきれる人間だと言うのだ。文字を書くことが少しずつ廃れていく現代だからこそ、この笙之介(しょうのすけ)の考え方は印象的で、もう一度文字を書く事と向き合いたくさせてくれる。

そして、笙之介(しょうのすけ)は温かい人々の助けを借りながら真実に近づいていくのだが、結末は人間の欲望や弱さや信念を感じさせてくれる。著者宮部みゆきは現代を舞台にした物語と同じぐらい、江戸を舞台とした物語を書くが、舞台が江戸で時代が100年以上前でも、人の心のありかたは現代と変わらない気がする。本書を読んで、むしろ宮部みゆきがなぜ江戸という舞台設定にここまでこだわるのか知りたくなった。きっと何か信念があるに違いない。

皆、等しく人なのだ。力に奢る者も人なら、その力に虐げられる者も人なのだ。
人の世では、親子でも相容れないことがある。解り合えないことがある。気持ちが食い違い、許し合えないことがある。どれほど思っても、通じないことがある。立場と身分が、想いの真偽を入れ替えることがある。 

【楽天ブックス】「桜ほうさら」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
クリスマスイブの夜に不登校になっていた中学生の柏木卓也(かしわぎたくや)は学校の屋上から落ちて死んだ。自殺なのか、他殺なのか。そして不登校になる直前にクラスメイトと起こした諍いは関係あるのか。

宮部みゆきには珍しい中学校を舞台とした物語。1人の生徒の死をきっかけとしてその周囲の人々、特に同じクラスの生徒たちを中心に、その心の動きを描く。その過程で生徒達がお互いに抱いている、恐れや怒り、嫉妬や無関心といった、それぞれの悩みが見えてくる。

印象的だったのは、病弱だった弟の柏木卓也(かしわぎたくや)と比べて、健康だったために、あまり親に相手にされなかった兄宏之(ひろゆき)が明かす心の内である。親の愛を勝ち取ろうして関係を悪くする兄弟の存在も決してありえないものではないと感じさせる。

生徒達はクラスメイトの死に加え、先生達の対応、マスコミによって報じられる学校の姿に傷つき、やがて警察官の父親を持つ藤野涼子(ふじのりょうこ)を中心に、真実を知るために裁判を開く事を決意するのである。

裁判には負けたっていい。負けることで真実に到達する道もある。

人々の心の内はその裁判によってさらに深く見えてくる。もっとも印象的なのは死亡した生徒、柏木卓也(かしわぎたくや)の人間性だろう。柏木卓也(かしわぎたくや)は運動の苦手なただのイジメの対象としてではなく、むしろ物事をその世代の中ではずっと達観して見つめている存在として描かれている。だからこその死は多くのことを周囲の人々や生徒に考えさせる事となるのだ。そして、そんな柏木卓也(かしわぎたくや)ついて、先生や生徒が語る言葉もまたいろいろ考えさせてくれる。

ブリューゲルの絵について一緒に語ったという先生はこんな風に語るのだ。

学校からは出ていっても、世界から出てゆくのはまだ早い。世界のどこかには絞首台のない丘があるはずだと、彼に言いたかった。

柏木卓也(かしわぎたくや)殺害の容疑をかけられたクラスの問題児大出俊次(おおいでしゅんじ)の弁護を担当した柏木和彦(かしわぎかずひこ)が、弁護をしながらもその大出俊次(おおいでしゅんじ)のこれまでの行いを批判するシーンは個人的にはこの物語の最高の場面である。

そして最後は悲しい真実につながっていく。2000ページを超える大作なだけに躊躇してしまう人もいるだろうが、読んで損をする事はない。

【楽天ブックス】「ソロモンの偽証 第1部」「ソロモンの偽証 第2部」「ソロモンの偽証 第3部」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
江戸の本所深川の岡っ引き茂七(もしち)が地域で起きる事件や諍いを解決していく。

物語自体は、時代こそ違えど殺人、失踪、イカサマなど、現代の探偵物語でも出てきそうなことを扱っている。舞台が現代であればそこら中にありそうな物語であるが、それを江戸という時代で描くところが宮部みゆきらしさなのだろう。宮部みゆきの時代小説はどれに対しても言える事だが、本書も物語を楽しむ中で、江戸の時代の人々の生活が見えてくる。

僕自身「岡っ引き」という言葉の意味さえ知らないほどこの時代に対して無知なのだが、読んでいるうちに日本の人々の生活が、江戸やそれ以前から現在に至るまでどのように発展し変化してきたのか興味を抱いた。日本の過去の人々の生活にももっと目を向けていきたいと思った。

やや解決していない事案もあるような気がするが、ひょっとしたら続編があるのかもしれない。

岡っ引き
江戸時代の町奉行所や火付盗賊改方等の警察機能の末端を担った非公認の協力者。正式には江戸では御用聞き(ごようきき)、関八州では目明かし(めあかし)、関西では手先(てさき)あるいは口問い(くちとい)と呼び、各地方で呼び方は異なっていた。(Wikipedia「岡っ引き」

【楽天ブックス】「初ものがたり」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
生死の境を乗り得たおりんにはなぜか幽霊が見えるようになる。両親が開いた料理屋「ふね屋」に住み着く5人の幽霊。同い年の女の子お梅、美男子の玄之介(げんのすけ)、色っぽいおみつなど、彼らはなぜこの家に住み着いているのか、そしてなぜおりんにだけ5人全員が見えるのか。

江戸の時代を描きながら幽霊という存在を巧みに使って面白おかしく当時の人々の人間関係を描く。なんとも宮部みゆきらしい作品。本作品を面白くさせているのはそんな5人の幽霊たちだけじゃなく、純粋で真っすぐなおりんの言動だろう。

なによ、あの言いっぷりは!あんな意地悪なこと言うのなら、さっさと出ていってくれればいいのに!そうよ、あたしたちがこんなに苦労しているのは、みんなお化けさんたちのせいじゃないの!

きっと本当は誰もが心のうちを素直に表に出して、心の赴くままに行動したいのだろう。しかし、実際には大人になるに従ってそれは難しくなっていく。だからこそおりんに魅力を感じるのである。

そして次第に幽霊たちがその家に住み着いている理由が明らかになっていく。

どうしてあなたはお父とお母に大事にされて、どうしてあたしはお父に殺められて、井戸にいなくちゃならなかった?

産まれた場所や両親など、人にはどんなに強い意志を持とうと選べない物があり、それに翻弄されてしまう人生もまたあることを改めて認識させられる。

【楽天ブックス】「あかんべえ(上)」「あかんべえ(下)」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
高校生の花菱英一(はなびしえいいち)の父親が引っ越し先として選んだのは、元写真屋さん「小暮写真館」の建物。ある女子高生が「小暮写真館」で撮ったとされる心霊写真を持ち込んでくる。

「小暮写真館」という看板のかかったままの家に住む事になったため、英一(えいいち)のもとには、心霊写真が持ち込まれ、それを基にいろんな形の人間関係やそれぞれの心のうちを描かれる。高校生ゆえに、同じ高校の登場人物たちも個性豊かで気楽に読み勧められるなかに、心に刺さる内容があるのが非常に巧い。

人は語りたがる。秘密を。重荷を。 いつでもいいというわけではない。誰でもいいというわけではない。時と相手を選ばない秘密は秘密ではないからだ。
僕を責めたりなんかしない。まず第一に自分の浅はかさを責めるだろう。そういう人なんだ。僕はよく知ってた。知りすぎるくらい知ってた
泣かせようなんて、これっぽっちも思わないんだよ。幸せにしようって、いつも本気で思ってるんだよ。だけどね、何でか泣かせちゃうことがあるんだ。

そして花菱(はなびし)家も複雑な事情を抱えている。現在は英一(えいいち)とその8歳年下の光(ひかる)との2人兄弟だが、7年前に妹の風子(ふうこ)が亡くなっているのである。そして常に家族の頭にはその亡くなった妹の存在が残っているのだ。物語が終盤に差し掛かるに連れて英一(えいいち)の向き合うものは、亡くなった妹を含めた自分自身の家族や友人との人間関係になっていく。

手に取った瞬間に挫けそうになるような分厚い本だが、読む価値ありである。

【楽天ブックス】「小暮写眞館」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本所深川の同心平四郎(へいしろう)と甥っ子弓之助(ゆみのすけ)の繰り広げる物語。

序盤は平四郎(へいしろう)が弓之助(ゆみのすけ)やその友人のおでこの助けを借りながら諍いを解決していく。そんななかで次第に江戸の時代の人々の暮らしが見えてくる。

写真や動画という技術のなかった江戸のような時代の人々の生活を僕らはなかなか想像することができないが、本書はそんな生活を本当に現実味を帯びた形で見せてくる。生きている中で人間関係に悩み、将来に悩み、恋に悩むのはいつの時代も変わらないのだろう。

そして、そんな遠い時代のことを弓之助(ゆみのすけ)やおでこといった愛される登場人物を作り上げて、面白おかしく見せてくれるのは、やはり著者宮部みゆきの技術あってのことだろう。

【楽天ブックス】「日暮らし(上)」「日暮らし(中)」「日暮らし(下)」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
中学二年生の兄がクラスメートを殺傷し、姿を消したため、小学生の妹の友里子(ゆりこ)は兄の行方を探そうとする。兄の部屋の書物たちが言うには、兄は「英雄に魅入られた」のだという。

普段の宮部作品のような、平和に見える現代社会に生まれる人々の摩擦を描いた作品を期待したのだが、実際には「ブレイブストーリー」に続くファンタジーということだった。上下巻にわたる物語ではありながらも、ファンタジーとしては短めに類するだろう。残念ながら非現実的なその世界観がなかなかしみ込んでこないで、そのファンタジーゆえの非現実感がそのまま違和感として受け取れてしまった。

別にファンタジーが嫌いなわけではなく、「ロードオブザリング」や「獣の奏者」などは比較的楽しめたと思っている。思ったのは現代社会とリンクしたような、中途半端なファンタジーは書くのが難しいということ。また、ファンタジーはその世界観を読者の心のなかで構築するためにある程度の長さが必要になるということ。

そんなわけで残念がらあまり楽しむことができなかったが、その辺も読者の気分に左右される部分もあると思うので、ぜひ挑戦してみていただきたい。

【楽天ブックス】「英雄の書(上)」「英雄の書(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
幻覚や幽霊のような不可思議な出来事に絡めた5編の物語を収録した短編集。

短編集ということで、それぞれの物語は短く、とてもお腹いっぱいになる、というようなものではないが、ところどころに宮部みゆきらしさのようなものが感じられる。どこにでもありそうな物語のなかに不思議な出来事を盛り込んでいるため、宮部みゆきが超能力者を扱っていたような、そんな不思議な期待感を感じさせる。

何かを大切にした思い出。 何かを大好きになった思い出。 人は、それに守られて生きるのだ。それがなければ、悲しいぐらい簡単に、悪いものにくっつかれてしまうのだ。

個人的には4つめの物語「いしまくら」が好きだ。父と娘で、公園で殺された女性について調べる物語。その事件を発端として広まった、幽霊が出るといううわさ話。それは世の中の人々の不安と出来事を端的に説明しているようにも感じられる。

なにかの出来事に対して、誰かが行う動機付け。原因と状況をみて、「きっと彼女はこう感じたんだろう」。宮部みゆきの行う動機付けは僕らが思う、さらに一歩上をいく。

わずかであるが久しぶりにそんな空気に触れさせてもらった。しかし、やはり宮部みゆきにはこの世界観で長編を書いてほしい。

【楽天ブックス】「チヨ子」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

江戸の鉄塀長屋で起こる出来事を描く。とある事件によって評判のよかった差配人が行方をくらまし、その後、不自然にも鉄瓶長屋の差配人になった佐吉。そして次第に店子は減っていく。

江戸を舞台にした物語ということで、当時の社会の仕組みや職業など、その多くはもちろんしっかりとした説明がされてはいるが、少々わかりにくいかもしれない。それでも読み薦めるにつれて、鉄塀長屋で生活しているお徳やおくめ、平四郎など、個性あふれる登場人物たちの魅力に引き込まれていくことだろう。

小さな事件で始まる物語はやがてその背後にある大きな陰謀へと導かれていく。単純な物語として楽しむだけでなく、当時のしきたりや風習、人々の考え方の現在との違いなども含めて楽しめるだろう。

まいない 利益をはかってもらうために当事者にひそかに贈り物をすること。また、その物。賄賂(わいろ)。(Weblio辞書「まいない」

店子
家を借りている人。借家人。「大家」の対義語。(はてなキーワード「店子」

同心
江戸幕府の下級役人のひとつ。諸奉行・京都所司代・城代・大番頭・書院番頭などの配下で、与力の下にあって庶務・警察などの公務に就いた。(Wikipedia「同心」

岡っ引き
江戸時代の町奉行所や火付盗賊改方等の警察機能の末端を担った非公認の協力者。(Wikipedia「岡っ引」

【楽天ブックス】「ぼんくら(上)」「ぼんくら(下)」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
瀬戸内海に面した讃岐国・丸海藩。そこへ元勘定奉行・加賀殿が流罪となって送られてくる。やがて領内は不審な毒死が相次ぐようになる。

時代は徳川十一代将軍家斉の。藩内で起きる事件を、そこで生きるさまざまな人の視点から描く。その中心にいるのが捨て子同然に置き去りにされたほうと、引手見習いの宇佐(うさ)である。自分が阿呆だと思い込んで生きているほうは、親切な人に出会うことで、少しずつ成長していき、また、偶然のからほうとであった宇佐(うさ)も、その強い信念と行動力で物事の裏に潜むものに目を向ける力を育んでいく。

宇佐やほうが出会う人々が、物事を説くその内容には、どんな世界にも通じるような説得力がある。

半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。
嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ

物語は、そんな2人だけでなく、宇佐(うさ)が思いを寄せる藩医の後次ぎの啓一郎(けいいちろう)や、その父、舷州(げんしゅう)。同じく宇佐(うさ)が仕えるお寺の英心(えいしん)和尚など、世の中の裏も表も知りながら、どうやって人々の不安を抑え藩の平穏を保とうかと考える彼らの行動や考えもしっかりと描いている。

そして物語は、終盤に進むつれて、人々の心の中に潜んでいた不安が表に出てきて多きな災いへと発展する。

温和で優しく、つつましい働き者のこの民が、これほど度を失い乱れ狂ってしまうまで、いったい誰が追い詰めたのか。

誰かが原因なわけではなく、誰かが悪いわけでもなく、しかし、人々の心のすれ違いから誤解は生じ、やがてそれは大きな災いとなる。宮部みゆき作品はどれをとっても、そんなテーマが根底にあるが、本作品もそんな中の一つである。。

人の心の弱さ、不安や恐れが災いを生む。そして、時にはその恐れを沈めるためにも、妖怪や呪いなどが生まれるのである。迷信や伝説は決して意味なく生まれたものではないということを納得させてくれるだろう。

物語が終わりに近づくにつれ、この物語が示してくれることの深さに震えてしまった。単に、この物語が200年以上も昔を描いているゆえ、僕らの生きている現代とは別世界の話、と軽んじられるようなものではなく、迷信や伝説は、弱い心の人間がいる限り、どんなに文明が進もうとも必ず存在し続けるものなのだ。

序盤、やや聞きなれない職業名や地名に物語に入りにくい部分もあるかもしれないが、我慢して読み進めて決して後悔することはない。心にどこまでも染み込むような物語。この域の作品はもはや宮部みゆきにしか書けないだろう。

丸亀藩
物語で登場する丸海藩のモデル。讃岐国(香川県)の西部を領し、丸亀城(丸亀市)を本城とした藩。藩主は生駒氏、山崎氏、京極氏と続き廃藩置県を迎えた。(Wikipedia「丸亀藩」


江戸時代に1万石以上の領土を保有する封建領主である大名が支配した領域と、その支配機構を指す歴史用語である。(Wikipedia「藩」

【楽天ブックス】「弧宿の人(上)」「弧宿の人(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
高校野球界のスターがガソリンをかけられて焼き殺されるという事件が起こった。元警察犬のマサは飼い主である探偵事務所の調査員たちとともに事件に関わることになる。

宮部みゆきの現代小説の長編はすべて読み終えたつもりでいたのだが、実は本作品だけ抜けていた。ふとそれを思い出して読んでみた。物語は高校野球のスターの諸岡克彦(もろおかかつひこ)が殺されたことによって、その弟の進也(しんや)とともに、真相を突き止めようとする探偵事務所の調査員、加代子(かよこ)やその父であり所長の行動を犬のマサ目線で描く。

宮部みゆきのデビュー作品ということで、やや荒削りな話の展開を感じなくもないが、新聞沙汰になるような事件に関わったら、たとえ被害者だろうと選手たちは甲子園出場をあきらめなければならない、という高校野球の不条理な「連帯責任」を物語に巧みに取り入れているあたりは「らしい」と言える。

そして物語が進むにつれ明らかになっていく、諸岡(もろおか)兄弟とその家族の本当の関係に、きっと何か感じるところがあるだろう。

【楽天ブックス】「パーフェクト・ブルー」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
前畑滋子(まえはたしげこ)のもとに、息子を交通事故で亡くした女性が訪ねてくる。その息子がスケッチブックに残した稚拙な絵は、本来その息子、等(ひとし)が知るはずのない事件を描いたものだった。

読み始めてすぐに、これは「当たり」だと思った。「蒲生邸事件」「魔術はささやく」「龍は眠る」など、<宮部みゆきが超能力者を扱った作品にハズレはないからである。

本作品の大部分で目線の主を務める前畑滋子は「模倣犯」で活躍したジャーナリストである。そのため、本作品でもしばしば「模倣犯」の連続殺人事件に触れており、その事件が関係者の心に作った傷の深さが伝えられる。そういう意味ではもちろん「模倣犯」を読んでこそ本作品は最大限に楽しめる作品といえるだろう。

滋子は遺された絵の謎を解くため、絵に描かれた事件の真相を追い始める。その絵に描かれた事件とは、両親が娘を殺して家の床下に埋めたまま16年の月日を過ごして時効を迎えるというものである。なぜ両親は娘を殺したのか、どうして永遠に心の中に封印せずに、自白せずにいられなかたのしたのか、そして、等(ひとし)はなぜその事実を絵に描くことができたのか。

そして前畑滋子(まえはたしげこ)の想像力の豊かさは本作品でも健在。その想像力の鋭さ(もちろんそれは実際には著者である宮部みゆきの想像力なのだが)は読者に冷気でで包み込まれたような錯覚を与えるかもしれない。事実僕は、何度も気温が下がるような背筋の寒さを感じた。

あたしはこの家にいるの。この家で、ずっと死んでいるのよ、あたし。

途中、等(ひとし)の美術の先生の語る話が印象的である。。小学生には母親の絵を客観的に描くことができず、中学生は客観的に描きすぎるという内容である。「模倣犯」でも、家の設計からその家主の心理を分析する専門家がいて、その内容は今でも強烈に心に残っている、人の作り出すもの一つ一つにその人の心理が色濃く反映されるのだと認識する瞬間である。

真実が明らかになるにつれ、別の問いかけを突きつけられる。ではどうすればよかったのだろう?、悲劇を避ける方法があったのだろうか?と。

家族はどうすればよろしいのです?そんな出来損ないなど放っておけ。切り捨ててしまえ。そうおっしゃるのですか?

そこに答えはない。宮部みゆきも答えを用意していない。僕らは受け入れるしかないのだ。「これが現実だ」と。それはつまり、誰かが幸せになるためには、誰かがその周囲で犠牲になっているということだ。現実に失望しながらも心の奥の理想を捨てきれない僕らに突きつけてくる。「現実というのはそういうものなのだ、みんな幸せになどなれないのだ」と。

誰かを切り捨てなければ、排除しなければ、得ることのできない幸福がある。

宮部みゆきの刃(やいば)は錆びてはいなかった。彼女がつきつけてくるそんな現実に久しぶりに興奮すら覚えた。僕らが見ていない現実。僕らが理想という言葉で覆い隠そうとしている現実。僕らが必死で目をそらそうとする現実。そういうものをしっかりと突きつけてくるのだ。知らないほうが幸せに生きられるのかもしれないことまで。これこそが宮部みゆきの世界と言えるだろう。

最終的に等(ひとし)の描いた絵についていくつか解決されていない部分があるような気がするが、その辺は別の読者の解説を待ちたいところである。

こうして感想を書いている今僕は、中学生の女の子の視線を背中に感じている。トイレに行くのさえ怖く感じたのは何年ぶりだろう。

真実は、必ずしも人を癒さない。




大宅文庫
ジャーナリスト大宅壮一が亡くなった翌年の1971年、膨大な雑誌のコレクションを基礎として作られた私立図書館。(Wikipedia「大宅壮一文庫」

【楽天ブックス】「楽園(上)」「楽園(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5

連続無差別毒殺事件が世間を騒がしていた、そんなとき、大企業の社内報編集部に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)を含めた社員たちは、アルバイトである原田(げんだ)いずみの感情的過ぎる行動に悩み解雇することを決意する。

世の中で大きな連続殺人事件が起きているとはいえ、多くの人は自分は無関係なのだと、どこか他人事で過ごしている。なぜなら誰もが多少なりとも悩みを抱えているからだ。娘の喘息のこと、母親の介護のこと、職場の人間関係など、世間的に見れば小さな悩みでも本人にとってはそれが悩みの大部分を占める大問題なのである。

それでも物語の視点となる杉村(すぎむら)は、毒殺被害者の孫で女子高生の美知子と出会うことによって、それは他人事ではなくなる。そして関係者と会話を重ねるうちに気づいていく。世の中の多くの場所に、人の体を蝕む物質が、人の心を蝕む空気や環境が存在するということに。この物語はそれを総称して「毒」と読んでいる。名もなき、正体不明の「毒」だ。

そして、そんな「毒」はふとした瞬間に人の心に悪意を芽生えさせ、さらには悪へと走らせる。本来ならそれを周囲の人間が気づいて止めてやらなければならないのだろう。

正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に落ちてしまったんだろう。

でも、都会で生きている僕らは周囲に無関心で、塀を一枚隔てた先で何が起きているか、誰が住んでいるかを知らない。悪意を咎めてくれる友達も、大人もいなければ、その悪意は犯罪という形の悪へと変わっていき、不幸の連鎖が始まる。

なんで、僕だって少しは楽をしたいと思わなくちゃならないんだろう。少しどころか山ほどの楽をしている若者が、この世の中には掃いて捨てるほどにいるのに。何も願わなくても、すべてかなっている人たちが大勢いるのに。

この物語は世の中の何かが悪いと訴えているわけではない、しかし、世の中には犯罪因子がいくつも存在するという事実を突きつけてくる。ふとしたきっかけで世間を騒がす事件に変わる。僕らが普段目を向けていないだけだ。

宮部みゆきらしい視点と展開。悪くはないが、期待値はもっと大きいのだ。

【楽天ブックス】「名もなき毒」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第45回日本推理作家協会賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。

雑誌記者の高坂昭吾(こうさかしょうご)は、車で東京に向かう途中で、自転車をパンクさせ立ち往生していた高校生の少年、稲村慎司(いなむらしんじ)を拾った。これが高坂(こうさか)と超能力者との出会いであり、不思議な体験の始まりであった。

宮部みゆきの初期の作品には超能力者が多く登場する。「魔術はささやく」「蒲生邸事件」「クロスファイア」などがそれである。超能力者を描いた作品と言えば筒井康隆の七瀬が印象に残っているが、宮部みゆきの描く超能力者の物語もまた例外なく面白い。この物語に登場するのは二人のサイコメトラーである。

稲村慎司(いなむらしんじ)は超能力を持ったからこそ他の人にはできない何かをしなければいけないと考え、さらに優れた超能力を持った織田直也(おだなおや)は超能力を持ってしまったからこそ人生を狂わされ、その力を隠して普通の人間として生きようとする。そんな二人の過去の経験がリアルに描かれているためどちらの考え方にも共感できることだろう。二人の周囲の人間の考え方もまた印象的である。

稲村慎司(いなむらしんじ)の父親は言う。

信じる、信じないの問題ではなのですよ。私と家内にとっては、それがそこにあるんです

織田直也(おだなおや)の友人で幼い頃に声を失った女性は言う。

わたしみたいに、あったはずの能力が消えてしまったからじゃなくて、余計な能力があるから、あの人は苦労しているんです

物語展開の面白さ以外にも随所に宮部みゆきらしい心に突き刺さる表現が見られる。

男でも女でも、傷ついて優しくなるタイプと、残酷になるタイプとがいるそうだ。おまえは前の方だ
信じてやりたい、などと逃げてはいけない。そんなふうに思うのは、彼らに本当に騙されていた場合、自分に言い訳したいからです。それでは駄目だ。信じるか、信じないか、あるいはまったくデータを集めるだけの機械になりきって、すべての予断や感情移入を捨てるか、どれかに徹することです
人間としての心構えまで教えてもらっているようだ。
すぐうしろに立っている主婦が、怪しまれずに姑を殺してしまうにはどうしたらいいかしきりと考えている−−その人たちを追いかけていって、そんな恐ろしいことはやめなさいって言ったところで、どうにもならないでしょ?黙って見過ごすしかなかったんです。それだけだって、死ぬほど辛いことだった

過去アニメやドラマなどで数多くの超能力者が描かれてきた。それらを目にして、誰でも一度は超能力というものに憧れを持ったことだろう。しかし本作品を読めば、それが決して羨ましいものではないことがわかるはずだ。10年ほど前、この作品で宮部みゆきに初めて触れた。今思うと、これが僕を読書の世界へ引き込んだきっかけだったかもしれない。

【Amazon.co.jp】「龍は眠る」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第6回山本周五郎賞受賞作品。9年程前に初めて読んで以来、今回で4回目の読了である。

休職中の刑事、本間俊介(ほんましゅんすけ)は、遠縁の男性からの依頼により、その男性の失踪した婚約者関根彰子(せきねしょうこ)の行方を探すことになった。本間(ほんま)は関根彰子(せきねしょうこ)の過去を知る過程で、別の一人の女性の存在を知るとともに、社会が作り出した悲しい現実と向き合っていくことになる。

この物語は常に本間(ほんま)の目線に立って進められていく。捜索の過程で見せる本間(ほんま)の人間観察眼に驚かされる。

物語は関根彰子(せきねしょうこ)の失踪した理由に絡んで、カード破産という社会問題に触れる。今の社会で便利に生きるうえでは必要不可欠なクレジットカード。紙一重の場所にあるカード破産という現実。二十歳かそこらの若者に一千万も二千万も貸す業者がいる現実。クレジットカードを利用している人のうち一体どれほどの人がその現実を理解しているのだろうか。そんな問いを自分自身にも投げかけるとともに、教育の在り方まで考えさせられてしまう。破産に追い込まれるような人たちに対してつい抱きがちな先入観は読み進めていくうちに薄れていくことだろう。

僕自身は、この社会問題だけがこの物語が訴えようとしているものではないと強く感じる。なぜなら登場人物たちの台詞や考え方が心を強くえぐるからだ。まるで直視したくない人間の心の中を見せ付けられるているかのようだ。

関根彰子(せきねしょうこ)の幼馴染みでもある、本多保(ほんだたもつ)の妻、郁美(いくみ)は突然友人からかかってきた電話にこんな感想を抱いた。

たぶん、彼女、自分に負けている仲間を探していたんだと思うな。会社を辞めて田舎へ引っ込んだあたしなら、少なくとも、東京にいて華やかにやっているように見える自分よりは惨めな気分でいるはずだって当たりをつけて

階段から落ちて死んだ関根彰子(せきねしょうこ)の母親。この事件を担当した境(さかい)刑事は母親の当時の気持ちをこう見ている。

酔っ払って、危ないからやめろといわれても、この階段を降りてたんですよ。それはね、そうやって何度か降りていれば、そのうち、どうかして足が滑って、パッと死ねるんじゃないか、そんなふうに考えてたからじゃないかと思うんですわ

そして物語後半では、破産だけでなく、そこに至る人間の心情にまで触れている。お金もなく、学歴もなく、能力もない。そういう人は昔は夢を見るだけで終わっていたのに、今は夢が叶ったような気分になれる方法がたくさんある。エステや美容整形や強力な予備校、ブランドなど、そして見境なく気軽に貸してくれるクレジット。世間のそこかしこに夢を見る人を待ち構えて「罠」が仕掛けてあるのだ。自分がそんな世の中の「罠」にかからないからといって、夢を見て「罠」にかかって人生を転げ落ちていく人たちを「愚か」と一言で片付けられるのだろうか。

どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんないのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

読み進めるうちにもう一人の女性の人物像も次第に明らかになっていく。彼女の背負っている過去は、不自由なく暮らしている僕等のような人間には到底理解できるものではない。彼女の発したこんな台詞がそのことを伝えてくれるだろう。

どうかお願い。頼むから死んでいてちょうだい、お父さん。

本間(ほんま)と同様に読者の多くもこの犯人と思われる女性を嫌いにはなれないのではないだろうか。むしろ、その強く孤独な生き方に感心するかもしれない。

わたしのところに遊びに来て、帰るときはいつも、じゃ、またねと言ってたんです。手を振って、また来ます、と。だけどあの時だけは、そうじゃなかった。さよなら、と言ったんです。わざわざ頭を下げて、さよならと言って帰ったんです

彼女は礼儀正しく優しい女性だったのだろう、人の心を思いやれる人間でもあっただろう。そして社会の犠牲者だった。辛い想いをたくさんしたからこそ彼女は強い心を育み、悲運な運命と決別する道を選んだ。彼女を一方的に責めることなどできやしない。彼女の心情を最後まで読者の想像に委ねたこの物語のラストが好きだ。

本間が携帯電話を持っていないあたりなど、初めて読んだときには感じなかった時代の違いを今は感じるが、何度読んでもこの物語から受ける衝撃は健在である。全体的には、カード破産という社会の問題を訴えているようにも取れるが、僕は、人間の醜い部分がじわじわ染み出してくるような印象を毎回受けるのである。

特別養子制度
従来の普通養子制度では、養子縁組をしても、実方の父母との関係は残っており、父母が養父母と実父母二組いることになっていたが、特別養子縁組をすると父母は養父母だけになる。

割賦
分割払いのこと。

買取屋
多重多額債務に苦しむものを助けるといって近づき、クレジットカードを作らせ、カードで買い物をさせたうえで、その商品を質屋などで換金して手数料を取る業者のこと。

利息制限法
貸金業者の金利を制限する法律。貸金業者の貸付金利の上限を、元本10万円未満は年率20%、元本10万円以上100万円未満は年率18%、元本100万円以上は年率15%と定めている。これを破っても罰則規定はないため有名無実化しており、現在、利息制限法を守っている貸金業者はほとんど存在しない。

出資法
年利29.2%を超える利息で金貸し業を営む事を禁止している法律で、違反すると5年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科せられる。

参考サイト
出資法と利息制限法について


【Amazon.co.jp】「火車」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
今多コンツェルン会長の専属運転手だった梶田信夫(かじたのぶお)が自転車に撥ねられ、頭を強く打って死亡した。遺族である梶田の娘の梨子(りこ)と聡美(さとみ)は父である梶田についての本を出版したいという。そこで今多コンツェルンの広報室に勤める杉村三郎(すぎむらさぶろう)は梶田の過去を調べることになる。

どんな人にも大きな人生があり、山があり谷がある。それを轢き逃げした犯人に訴えようとする梨子(りこ)の気持ちは理解できる。

「わたし、その子の目の前につきつけてやりたいんです。六十五年間、一生懸命生きてきた、この人の人生を、あんたが終わらせちゃったんだよって」

道端ですれ違う人、その一人一人に「その人の人生がある」ということを常に意識できれば、多くの小さな争いがなくなるのに、と思った。

物語の中では主人公である杉村(すぎむら)の考え方が多く出てくる。読み進めながらその考え方に触れていくうちに、僕自身が持っているどっちつかずのの考えは、他の多くの人も持っているものであるような感じを抱いた。

母は、子供のころから、さまざまなことを教えてくれた。正しい教えもあれば、間違った教えもあった。いまだに判断を保留している教えもある。

「判断を保留している教え」そんなものを誰しも心の中に抱えているのだろう。それに対して自分なりの判断を下すたびに人は成長していくのかな・・そんなことを思った。

物語全体としては、自転車による交通事故という普段はあまり目が向けられない問題、そして恋愛の形の多様性という新たな視点を僕に与えてくれた。しかし、書店で本書を手にとったときに期待した、宮部みゆき特有の鋭い文章はなりを潜め、残念ながら一般的なサスペンスの域を出ないと言う感想である。当たり外れの激しいこの著者の作品の中で、この作品は「外れ」に該当してしまう。期待が大きい分評価が辛口になってしまう。

鬼籍
日本では過去帳(かこちょう)のことを指す。過去帳とは、寺院で所属している檀家で亡くなった人の法名、俗名、死亡年月日、享年などが書かれている帳簿である。

セルロイド
紙や木を原料としたニトロセルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜたもの。天然樹脂を固めた物なので、プラスチックと違って微生物で分解し土に還る特性がある。弱点は燃えやすいという点。特に戦後の1954年にアメリカが、セルロイドは発火しやすく危険との理由で輸入を禁止したため、セルロイド製おもちゃ大国であった日本はその素材をビニールやプラスチックへと変えていくこととなった。

【Amazon.co.jp】「誰か」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
日本推理サスペンス大賞受賞作品。宮部みゆきの名作である。もう5年も前に一度読んだのだが、なぜかもう一度読み直してみたくなった。

主人公の守(まもる)は父親は横領の罪をかぶったまま失踪し、母親が早くに亡くなったことで、母親の姉の家庭で育てられた。そんな中、彼の周囲には妙な事件がおき始めた。3人の女性が立て続けに死亡したのである。そんななぞめいた事件の一つにかかわったことから守の周囲は動き始める。

周囲の目や障害にも負けない守(まもる)の強さや正義感に共感を覚える。そして読み進めていくうちに守の強さは周囲の人に支えられて形成されたものであることも伝わってくる。

守ると親しい近所のおじいちゃんは守(まもる)にこう言った。

「おまえのおやじさんは悪い人ではなかった。ただ、弱かったんだ。悲しいくらいに弱かった。その弱さは誰の中にもある、おまえの中にもある。そしておまえがその自分の中にあるその弱さに気がついたとき、ああ、親父と同じだとおもうだろう。ひょっとしたら親が親なんだから仕方がないと思うこともあるかもしれない。じいちゃんが怖いのはそれだ」

守(まもる)の通う学校の先生は守(まもる)にこう言った

「俺は遺伝は信じない主義だ。蛙の子がみんな蛙になってたら、周りじゅう蛙だらけでうるさくてらかなわん。ただ世間には、目の悪いやつらがごまんといる。象のしっぽをさわって蛇だと騒いだり、牛の角をつかんでサイだと信じていたりする。」

周囲の流れは風当たりがどんなに強くても、気持ちの持ちようで道は開けるということを教えてくれるのと同時に、その風当たりに負けてしまう人がいるのも仕方がなく、そんな弱い人を責めてはいけないのだとも教えてくれる。

さらに物語の中で「あんなやつは殺されて当然だ」という台詞が出てくる。実際に憎らしい人が死ぬことはめったにないにしても、「あんなやつは死んだほうがいい」という強烈な殺意を抱いたことぐらい、誰でも一度か二度はあるのだろう。しかし、僕らそうやって殺意を覚えることはあってもはそんなに簡単に人を殺したりしない。なぜなら、そこにはリスクが伴うからだ。リスクとは信用や社会的地位の失墜である。では、リスクを負わないだけの力を得たら人を殺したりするだろうか・・・。考えてみた。殺したりするかもしれない。ほんの少しの労力で、僕がやったとわからないのなら、僕が責任を問われることがないという確信があるのなら殺したかもしれない。きっと多くの人がそうなのだろう、人は力を得ると自分で裁きたがるのだ。「これが正義だ!」「悪いやつはこの世からいなくなれ!」と。としかし人には感情があり、感情がある以上、人を冷静に裁くなどできるはずがないのである。

これがこの本が読者に訴えてきた一番大きなテーマなのだ。僕はそう受け取った。ちなみにこの「力を得たことによって、自らの手で人を裁く」というテーマを中心に据えたのがその後の宮部作品「クロスファイア」なのだと2回目にして感じた。

守(まもる)が父親の最後の行動を知って一人つぶやくシーンは涙を誘う。

【Amazon.co.jp】「魔術はささやく」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
7つの物語で構成された短編集である。「八月の雪」という3つめの物語が印象的である。交通事故で右足を失った充(みつる)は家の中でおじいちゃんの遺書らしきものを見つける。これは一体なんなんだろう?そう思っておじいちゃんのことを調べてみようとする。

この世界に生きている人には例外なく、一冊の本にはおさまり切れないぐらいの物語があるということを再認識させてくれる。もちろん僕のおじいちゃんもおばあちゃんも、そして道ですれ違っただけの人生で一度しか会わないような人も、電車の中で隣にたまたまに乗り合わせた人も、例外などあるわけがない。どんな人にも敬意を払わなければならない。考えてみれば当たり前のことだ。

【Amazon.co.jp】「人質カノン」

オススメ度 ★★★★★ 5/5

第18回日本SF大賞受賞作品。

この物語では主人公の孝史(たかし)は偶然出会った男によって昭和11年の東京に連れて行かれ、その時代で、その時代を必死に生きている人々と接し、時の流れの前での人間の無力さを感じることになる。

俺はどうして今ここで拳を振り、群集に向かって叫ばないんだ。このままじゃいけないと。僕は未来を知っていると。引き返せ。今ならまだ間に合うかも知れない。みんなで引き返そうと。

北朝鮮の国民の映像がテレビで良く流される。日本の人間から見ると明らかにおかしい。金正日の何を信じているのか・・。そして、その先に明るい未来がないことも僕らにはわかる。それでも僕らには何もできない、彼等になにを助言しようと彼等は信じようとしない。生まれた時から彼等はそういう世界にいるからだ。戦時中の日本についても同じことが言える。今の時代から見ると明らかにおかしい。「大和魂」なんて言葉を理由に、銃弾の中に何度も突っ込んで行ったと言う。僕がその時代のその場所に行くことが出来たら、彼等をとめることができるだろうか。広島、長崎の原爆をとめることができるだろうか。未来がわかっていても、一人の力なんて無力なのかも知れない。

「なにか面白い本ない?」と人に聞かれた時、僕がまっ先に挙げる本のうちの一冊である。

【Amazon.co.jp】「蒲生邸事件」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
念じるだけでものを燃やす力を持って生まれた青木淳子(あおきじゅんこ)が、その力ゆえに正義感と使命感に苛まれる。そんな話である。

小さな頃は「超能力」という言葉に憧れたりもした。自分にしかない力があったらいろんな人を助けて、嫌いなやつをこらしめて、ヒーローになれるのに・・。大人になった今、人と違った力を持つと、どういうことになるか、周囲からどういう目で見られるか、どんな接し方をされるのかなんとなく想像できるようになった。


【Amazon.co.jp】「クロスファイア(上)」「クロスファイア(下)」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
映画化されたこともあり、宮部みゆきの名前を一気に世間に広めた作品でもある。少し大衆ウケを意識した感もあるが、それでも「これぞ宮部」という切れ味は健在。

誘拐された孫娘である古川鞠子を探す有馬義男が床に付いた足跡を見てふと思うシーン・・・鳥肌が立つ。

オススメ度 ★★★★☆ 4/5

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第120回直木賞受賞作品。

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