死を目前にした元警察職員の依頼によって、ジャーナリストの道平(みちひら)は、26年前に群馬県沼田市の村で起きた連続殺人事件に再び向き合うこととなる。天狗の仕業とされたその事件の真犯人は誰だったのか、そして、何かを知っていたはずの目の見えない美しい女性はどこへいったのか。
舞台となる沼田市は、天狗の伝説が伝わる村。だからこそ常に天狗の影が背後にちらつく。
本作品中では26年の時を隔てた物語が交互に展開していく。事件当時、まだ新聞記者の駆け出しだった道平(みちひら)が取材の中で遭遇した出来事の回想シーンと、現代の再び事件の真相を突き止めようとするシーンである。回想シーンでは、現場に残された凄惨な死体と大きな手形。人間がたどり着くことのできない場所に放置された死体によって、何か未知の生物の存在を感じさせると共に、ベトナム戦争末期という時代背景も手伝って、大きな陰謀の気配さえも漂う。ゴリラやオランウータンのような獣の仕業なのか、アメリカがベトナム戦争のために遺伝子操作で作り出した兵器なのか。枯葉剤によって生まれた奇形児なのか。それとも本当にそれは天狗の仕業なのか…。
現代の真実に少しずつ近づいていく様子ももちろん面白いが、回想シーンの中の展開についても先が気になって仕方がない。そして、そんな凄惨な物語に彩りを添えているのは、その村に住んでいた目の見えない美しい女性、彩恵子(さえこ)の存在である。
マタギなどの日本の伝統的な習慣から、ベトナム戦争、遺伝子操作やDNAなどの最先端の生物学から人類学まで、物語の及ぶ範囲は実に広く、それでいてじれったさを感じさせない。そして極めつけのラストでは多くのものを改めて考えさせてくれる。人間の尊厳とは何なのか、社会の倫理とは、人権とは…。
そして僕らに問いかける。僕ら人間は世の中のすべてを知っているのか、多くの研究者達が説明した真実が、本当の真実なのか…。
年末迫るこの時期。もう今年は鳥肌が立つような本には出会えないと思っていたが、このタイミングでいい読書をさせてもらった。
【楽天ブックス】「TENGU」
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
![]()
第25回吉川英治文学新人賞受賞作品。第57回日本推理作家協会賞受賞作品。第6回大藪春彦受賞作品。
1960年代の日本政府が行った移民政策によって、南米の奥地の未開のジャングル、クロノイテに送り込まれた日本人の多くは病気で死亡したり絶望の中で生涯を終えた。わずかな生き残りである衛藤(えとう)とケイはある時、日本政府に対する復讐を思い立つ。
棄民問題という経済発展の裏で国が犯した大きな罪を扱っていて、同時にそれは、日本とその裏の南米という大きなスケールの物語となっている。本作でそのメインの移民先はとブラジルアマゾンの奥地であるクロノイテという未開の地である。そこに放り出された衛藤(えとう)という人物の眼を通して描かれた序盤で、その政策の悲惨な実態を知ることが出来る。
そして、ブラジル人と日本人である衛藤のふれあいが見られる。そんな中で、日本とブラジルの双方の国民の長所や短所、それぞれの立場からそれぞれの国を観た感想が何度も描かれる。
日本人には日本人のよさがあり、ブラジル人にはブラジル人のよさがある。この二国に限らず、異文化で育ってきた人達が向かい合ったときにその性質から多少の不都合は生じるのかもしれないが、それぞれの良い部分を見つめる眼を持つべきなのだろう。
中盤から物語は日本に舞台を移し、衛藤やケイの復讐がいよいよ始まる。復讐というテーマでは在りながらも、物語の視点のメインは、日本人でありながらジャングルと陽気なブラジル社会で育ってケイに移るっており、ケイの性格がこの重いテーマを陽気な物語に変えている。
そして、日本に舞台を移したことで、ジャーナリストの貴子(たかこ)や警察の岩永(いわなが)の視点も加わってスピード感のある展開に変わる。僕等読者が、日々生活の中で触れている世界に物語がリンクしたことで、すでに30年以上前に収束した移民政策が、当事者にとっては決して過ぎ去った過去ではないことが伝わるだろう。
後半、移民政策に関わった役人達の心境も描かれる。彼等もまた組織の歯車であり、保身のためにそのような選択をするしかなかった。結局、未開の地に送り込まれて絶望して死んでいった人たちも、そのような政策を取らざるを得なかった人も、すべてのが、戦後の不安定な日本の政情の中で生まれた犠牲者であり、簡単に解決することの出来ない深い問題であることがわかる。
移民という日本の経済発展の犠牲を日本から地球の裏の南米までそのスケールの大きさ、そしてそのテーマを個々のキャラクターでカバーするそのバランスが見事である。ラブストーリーから刑事事件まで、あらゆる物語の要素が無理なく無駄なく詰まったこの一冊を読むだけで垣根涼介という作家の技術の高さがわかる。とりあえず僕にとっては、「垣根涼介作品をすべて読んでみよう」と思わせるのに充分な作品であった。
【楽天ブックス】「ワイルド・ソウル(上)」、「ワイルド・ソウル(下)」
6年前に起こった幼児誘拐殺人事件の失態の責任を取って地方に退いた巻島史彦(まきしまふみひこ)は、神奈川県内で起きた連続児童殺害事件の捜査の指揮ために呼び戻された。巻島(まきしま)は状況を打開すべくテレビを利用した公開捜査に踏み切る。
物語前半は、連続殺人事件を題材としながら、テレビというメディアと、それに反応する大衆という方向への展開が、宮部みゆきの「模倣犯」を思い起こさせたが、中盤に差し掛かかる頃にはそんな気配も薄れ、この物語の独自性が際立っていく。
物語の視点は、現場捜査指揮官であり主人公の巻島(まきしま)とその上司にあたる課長の植草(うえくさ)の間を行き来する。2人という少ない視点であるがゆえに、その両者についての心情描写は深く掘り下げられ、同じ刑事と言う職業ながら、仕事に対するその対照的な姿勢が2人の個性をそれぞれ際立たせていく。巻島(まきしま)の事件に対する姿勢には執念や覚悟が、植草(うえくさ)の姿勢からは「本気」を嫌う現代の若者らしさがにじみ出てくる。そこにさらに、娘や昔の恋人とのやり取りを挟むことで、それぞれ人間らしさもしっかりと表現され、読者はさらに物語にひきこまれていくこどたろう。
描かれる刑事たちの地道な捜査と、それが進展しないことによって生じる刑事間の軋轢は、刑事と言う職業がドラマなどで描かれるほど、華やかでも格好良いものでもないということを伝えてくれる、この徒労感ともいえるような現場の空気は、小説と言う媒体だからこそここまでしっかりと伝わってくるものなのだろう。
そして、メディアを利用した「劇場型捜査」というこの物語の特長ゆえに、そこにテレビ局の視聴率獲得競争という側面も取り入れた点も、この物語の個性的な味付けの一つと言えるのではないだろうか。
その一方で、この物語の中ではテレビと言う多くの人が目にするメディアに姿を晒すことで、否応もなく多対一という状況になることの恐ろしさも描かれている。そして、犯罪者に対しても犯罪者に味方するものに対しても一切の言い分も許さず「悪」というレッテルを貼り、それを全否定する世の中の風潮や、「正義」という名の下には何をしても許されるという、世間が時々見せる危険な思想も取り入れられている。
さらに、やり場のない被害者家族の心の怒りや悲しみや罪悪感を、どこかに導いてくれるような印象も受けた。
読み終えた雫井脩介作品は「火の粉」「虚貌」に継いで本作品で三冊目であるが、次第に心情描写の表現が多く、そしてリアルさを増してきたように感じる、それはつまり自分好みの作品になってきたと言うことだ。もう少し心を強くえぐる何かが文章中から感じられれば、ずっと読み続ける作家の一人になるだろう。
【楽天ブックス】「犯人に告ぐ(上)」、「犯人に告ぐ(下)」
オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第4回大藪春彦賞受賞作品。今回で二回目の読了である。
過去に最愛の妻を事故で亡くした九野薫(くのかおる)は現在警部補として所轄勤務をしている。同僚の花村(はなむら)の素行調査を担当し、逆恨みされる。及川恭子(おいかわきょうこ)はサラリーマンの夫と子供二人と東京郊外の建売住宅に生活している。平凡だが幸福な生活が、夫の勤務先で起きた放火事件を期に揺らぎ始める。
30代半ばという人生の中間地点。それは「もはや人生にやり直しが効かない」という事を少しずつ実感する世代なのか。そんな中で人はどう現実と折り合いをつけて生きてくのだろう。
現実を直視しないようにすることも幸せに生きる術なのかもしれない。中には、目の前にある幸せに気づずに生きている人もいるのかもしれない。
幸福とはこんなにも儚いものなのか。リアルに描かれるその様子はただただやりきれない。九野薫(くのかお)と及川恭子(おいかわきょうこ)の二人を中心としながらも、いろんな要素を絡めて展開するこの物語には読者を夢中にさせるに十分な力があった。






