「暗号解読」サイモン・シン

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人には秘密があり、誰かにそれを伝える際にその秘密を守るために暗号がある。人は暗号を考案してはそれを破ってきた。暗号の進化の歴史をそれに関連するエピソードを交えて描く。
著者の代表作でもある「フェルマーの最終定理」。こんな難しい題材をどうやって読者に面白く伝えるのだろう?という疑問を見事に吹き飛ばしてくれたサイモン・シンが暗号について書いたのだからおのずと期待は増してしまう。実際その内容はその期待を裏切らないものであった。
多くの暗号エピソード同様、初期のアルファベットをずらした暗号から、第二次大戦中のドイツの暗号機エニグマ。いずれもその仕組みとそれを解読した人々の努力を非常に面白く描かれている。いずれのエピソードもその暗号の歴史的重要性を示しながら展開するので物語性も十分である。

ポーランドがエニグマ暗号を解読できたのは、煎じ詰めれば三つの要素のおかげだった。恐怖、数学、そしてスパイ行為である。侵略の恐怖がなければ、難攻不落のエニグマ暗号に取り組もうなどとは、そもそも思いもしなかっただろう。

また、暗号だけでなく、古代のヒエログリフの解読についても触れている。ヒエログリフは文字であって暗号ではないのだが、その解読の手順は非常に似通っている。現代の人間が誰もその当時の声を聞いたことがないにもかかわらず、ヒエログリフがどのような音で発音されていたかまで明らかになっているという話は、本書を読むまで信じられなかったのだが、解読者たちのその思考の流れを本書とともに追うことで納得することができた。
そして、中盤を過ぎると暗号の伝達方法も手紙からメールとなり、公開鍵、RSA非対称暗号へと移っていく。一方向関数を利用したRSA暗号のエピソードはいろいろな書籍で目にするが、何度読んでも面白いしそれを作り上げた人々に感心してしまう。
終盤では、現代の暗号もいつか破られることがあるのか?という考えで、量子コンピュータに触れるとともに、犯罪をも助ける暗号技術を国が規制すべきか否か、という点についても語っている。
理系の人間にとっては大満足の一冊となるだろう。

線文字B
紀元前1450年から紀元前1375年頃までミュケナイ時代に、ギリシャ本土からエーゲ海諸島の王宮で用いられていた文字である。(Wikipedia「線文字B」
鉄仮面
フランスで実際に1703年までバスティーユ牢獄に収監されていた「ベールで顔を覆った囚人」。その正体については諸説諸々。これをモチーフに作られた伝説や作品も流布した。(Wikipedia「鉄火面」
エニグマ
第二次世界大戦のときにナチス・ドイツが用いていたことで有名なロータ式暗号機のこと。幾つかの型がある。その暗号機の暗号も広義にはエニグマと呼ばれる。(Wikipedia「エニグマ」

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「クラウド化する世界 ビジネスモデル構築の大転換」ニコラス・G・カー

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
Googleのサービスに見られるように、世の中はクラウドというスタイルへと移行しつつある。本書の序盤はそんな「クラウド」について、過去にクラウド化された物を例にとって初心者にもわかりやすく説明している。
その例に使用されているのが、「電力」である。発電機が発明されて、電気にガスよりも多くの利点があると世の中が認識すると、すぐにお金のある企業は発電機を買って電気を利用し始めるが、やがて「電力」はおのおのの企業や家庭がその敷地内で発電するものではなく、現在の「発電所」と呼ばれるような、ひとつの場所で多くの電力を発電し必要とされる場所に送られることが一般的になっていった。
この電力の進化の流れは、現在の「クラウド」と呼ばれるものと同じ流れであり、そう考えると「クラウド」という言葉こそインターネット向けに使われ始めたものではあるが、その進化の流れは決して特別新しいものではないことがわかる。遠距離に送ることができて、その送るインフラが整備されていれば、それはひとつの場所で大量に生産するほうが効率的で、利用者にとっても余計な知識や維持費が不要になるのである。
そんなクラウドの流れを説明するとともに、中盤以降ではセールスフォースなど現在あるクラウドサービスについて解説し、終盤にかけてはクラウド化が人に及ぼす影響に対して疑問を投げかけている。

インターネットで入手できる豊富な情報は、過激主義を抑えるのではなく、むしろ拡大するかもしれない。人間は自分の見解を裏付ける情報を得ると、自分の考えこそが正しく、自分とはことなる考えを持つ人は間違っているのだと、確信してしまう。
我々が技術を作り上げるのと同じくらい確実に、技術も我々を形成する。

翻訳のせいか若干読みにくく、また全体的に著者が言いたいことや本全体としての焦点が「Google」なのか「インターネット」なのか「クラウド」なのか、はっきりしないと感じる部分もあるが今のインターネットの流れを把握するには非常にわかりやすい内容である。
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「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」辻野晃一郎

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ソニーでVAIO、スゴ録などを生み出し、その後グーグル日本代表取締役を務めた著者がソニーと、グーグルについて語る。
タイトルにグーグルの名前があるが、内容の大部分は著者のソニー時代のエピソードで占められている。入社当時、すでに立派な企業であったソニーはすでに大企業病に陥っており、過去の人々が築き上げた栄光にすがって努力をしない人々がいた。本書のなかで語られるエピソードからは、そんな組織のなかで著者が悪戦苦闘する様子が伝わってくる。

「まあ、ソニーだからなぁ。出せば売れるんだよ」
こういう連中が偉そうな顔をしてふんぞり返り、過去の栄光にすがって何もしないからソニーはどんどん駄目になっていくんだ。

第七章では「ウォークマンがiPodに負けた日」としてAppleのiPodとiTunesについても語っている。著者が言うにはインターネットで最初に音楽配信をやったのはソニーだったということ。にもかかわらず、人々の音楽の楽しみ方の変化についていけなかったゆえにアップルとの差は開く一方。すでにいろんなメディアで語られたアップルの成功物語であるが、それをソニーの内部という違った目線から語られるので新鮮である。

当時の旧ウォークマン部隊の人達は、iPod対抗を議論するときに、依然として「音質の良さ」とか「バッテリーの持ち時間」、果ては「ウォータープルーフ(防水加工)」などの話を主題として持ち出してくるので唖然とした。
新商品発表会でスピーチをする直前、スタッフが入手してきたiPod nanoが手元に届いた。彼等の新製品を一目見た瞬間に、私は敗北を悟った。

最後に、自らの体験を振り返って、これから日本の企業がどうあるべきかを語る部分が非常に印象的である。異なるタイプの世界的な企業に勤めた経験がある著者が語るからこそ非常に重みを持って響いてくる。

まず日本でうまくいったら次はアジア、そして欧米、といったような順次拡大の発想をするのではなく、最初からいきなりグローバルマーケットに打って出る、といった大胆なアプローチを考えて欲しいものだ。それが世界に貢献する日本を取り戻す未来に繋がる唯一の道であると思う。

今のこの変化の激しい時代を生きることを大変と思う人もいるだろうが、むしろ、様々な生活を楽しむことのできる貴重な時代に生きている、と前向きに受け取ることもできる。著者が締めくくったそんな内容のエピローグにはなんか元気をもらえた気がした。
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「プラナリア」山本文緒

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第124回直木賞受賞作品。
無職の人々を扱った5つの物語。それぞれ無職になった理由はさまざまである。乳がんと診断された人や、社内結婚のすえに離婚して社内にいずらくなった人、単純に主婦だったり、学生だったり。
直木賞という賞を取るにはやや地味な印象もあるが、むしろこういう内容の本が共感され、評価されるのは、世の中の多くの人が実際には、テレビのドラマのなかに出てくるように、実際にはばりばり仕事をしているわけでもなく、青春を謳歌している訳でもなく、思うようにならない現実に悶々としているからだろう。
僕自身が共感できたかというと首を捻らざるをえないのだが、共感を集める理由も判る気がする。もっと人生経験を積む必要がきっとあるのだろう。

啓蟄(けいちつ)
二十四節気の第3。二月節(旧暦1月後半 – 2月前半)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が345度のときで3月6日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。平気法では冬至から5/24年(約76.09日)後で3月8日ごろ。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の春分前日までである。(Wikipedia「啓蟄」

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「1995年のスモーク・オン・ザ・ウォーター」五十嵐貴久

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
真面目に生きていた主婦美恵子(みえこ)は、息子が高校受験に失敗したのを機にアルバイトを始める。そこでの出会いからやがてバンドをやることになる。
「青春に年齢制限はない」的な、陽気な青春小説で、物語の持つメッセージ性はある意味、すでに使い古されたもの。それでもいろいろ心に訴えかけてくるものがある。本作品の特長はその舞台を1995年に設定している点だろう。オウム真理教や阪神大震災が起こったのがまさに1995年なのである。
親友であるかおりの離婚を繰り返す自由奔放の生き方と、美恵子(みえこ)の堅実な生き方を対照的に描きながら、幸せの形に絶対的なものはなく、どんな人でも人を羨みながら生きていることを訴えてくる。
そして、そこに万引きして美恵子(みえこ)に見つかった雪見(ゆきみ)と元プロの新子(しんこ)が加わってディープパープルを演奏することになる。少しずつ本音をさらけ出すなかでそれぞれの人生観が見えてくるのが面白い。
特に、堅実に生きてきた美恵子(みえこ)がバンドの練習に打ち込むうちに、過去の自分の行き方に思いを馳せるシーンが印象的である。高校のころ、バンドを組んでいた先輩に憧れながらも、当時は女子がバンドを組むなんて考えられなかった、と。
きっと、誰もが今の自分と違う自分に憧れながらも、自分という殻を敗れずに退屈した日々に埋もれていくのだろう。それでも失敗を恐れずに動き出せば、そこにはきっと新しい何かが待っている。そんなメッセージが感じられる一冊である。
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「Howl’s Moving Castle」Diana Wynne Jones

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
帽子屋の姉妹3人は、父親の突然の死によってそれぞれの道を歩むこととなる。2人の妹が家をでたあとに、帽子屋を受け継いだ長女のSophieは、突然やってきた西の魔女の魔法で年老いた女性となってしまう。
ハウルの動く城の原作である。映画のなかでSophieの見た目が若くなったり年老いたりする理由を知りたくて手に取った。そんな動機なのでどうしても映画と比較しながら読み進めてしまったが、後半はかなり内容が異なっていて十分に楽しむことができた。
物語はハウルの城で過ごすことにしたSophieとHowlに弟子入りした少年Michael、そしてHowlと火の悪魔Calciferうを中心に繰り広げられていく。とはいえそんななかにも不思議な因果関係がある。CalciferとHowlは契約を交わしており、その契約によってCalciferは城の暖炉から動くことができない。そして、Calciferは自分のHowlとの契約を解除してくれれば、西の魔女がSophieにかけた魔法を取り除くことを約束する。しかし、その契約を解除する方法はCalciferもHowlも契約によって口にすることはできないのである。
城のなかで過ごしながらSophieはなんとか、その契約を解く方法を探る。その一方で、Howlは西の魔女との一騎打ちを避けようといろいろ思考を凝らす。Sophieの2人の妹も物語に大きくかかわってくる点が印象的である。
原作を読めばいろいろなぞは解けるだろうと思っていたが、解けた部分もあれば一段と深まった部分もあり、思ったのは、もう一度映画を見なければならない、ということ。

「ふちなしのかがみ」辻村深月

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
5つの少し不思議で少し怖い物語。
個人的に好きなのは最初の「踊り場の花子」。どんな学校にでもある七不思議。それは「七不思議」と呼ばれてはいるけれど実際には七つ誰も言えなかったり、人によって微妙に異なるように覚えていたりする。そもそも七不思議は誰が言い始めたのか、実際に起こった出来事に由来しているのか。そんな疑問をうまく物語に仕上げている。
また、2話目の「ブランコをこぐ足」で生徒たちがやったとされる「キューピッド様」もなんか懐かしさを感じさせる。
ややわかりにくい物語もあるが、「学校の怪談」的な程よい怖さ、程よい不気味さが夏に向かうこの時期にマッチしている気がする。残念なのはあまり辻村深月らしい鋭い描写がなかった点だろうか。
【楽天ブックス】「ふちなしのかがみ」

「生きながら火に焼かれて」スアド

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
ヨルダン川西岸のある村で生まれ育ったスアドが、その村の慣習ゆえに家族の恥として、火あぶりにされた経験を描く。
前半はスアドの火あぶりにされるまでの生活を中心に進む。そこに描かれているのは血のつながった家族でありながらも、女性の扱いは家畜以下の奴隷同然といった慣習である。世の中にはまだまだ女性軽視の考え方の強い国があることは理解しているつもりでいたが、描かれる内容はそんな僕らが想像できる非道さをさらに上回るものであった。それは「虐待」という程度のものではなく、家畜以下、奴隷同然の扱いなのである。そして、家族を殺しても大して罪に問われることがないというのだから驚くばかりである。実際スアドは妹が兄によって電話のコードで首を絞められる様子を見ているという。
幼い頃からそういう社会で育ったスアドは、学校にいくこともないため学ぶことも、そういう考え方以外を知ることもなかった。そんな何一つ安らぐ瞬間のない生活の中で、やがて一人の男性と恋をして妊娠してしまうのだ。お腹が大きくなってきて妊娠を隠せなくなったスアドを、家族は「家族の恥」として殺す決断をするのである。
後半は、そんな大やけどを負ったスアドがひとりの女性、ジャックリーニと出会ったことで別の国へ移り済み、そこで過去と向き合って幸せをつかむまでを描く。印象的なのは、大人になってからもスアドはユダヤ人の店を避ける点だろう。彼女は頭ではユダヤ人に何一つひどいことをされた覚えがないと理解していながらも、幼い頃から「ユダヤ人はブタだ」と刷り込まれたせいで論理的に行動できないのである。ほかにもいくつか同様のことがスアドの行動の記述から見て取れる、成長過程の考え方、教育がはその人の一生に大きく影響を与えてしまうのである。
本書のなかでも書かれているが、スアド自身が本書を書くのに強い意志が必要だったのもわかるし、内容からもそんな強い思いが伝わってくる、いろんな人に読んで欲しい作品である。

参考サイト
Fondation SURGIR – Accueil

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