2011年8月アーカイブ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
44歳になる著者が自信の経験などもふまえて男女の恋愛観を語る。

様々なエピソードやいろんなシチュエーションを想定して、この場合男はどうするべきか?こいういうとき女性はどう思っているのか、など、いろんな視点から男女の恋愛を見つめる。正直、イマイチぴんとこない話もたくさんあるのだが、なぜかぐさっと突き刺さるような話もちらほら。たまたま著者が男だからそう感じるのかもしれないが、恋愛においては女性は何倍も上手なのだなと、思ってしまう。

なるほど、そうか、女性に瓶を渡されたらそれはなにがなんでも力づくで開けなければいけないのか・・・・。気になるのは女性が本書を読んだらどのように感じるのか、ということ。

【楽天ブックス】「もしもし、運命の人ですか。」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
箱根駅伝への出場を逃した大学の中から選ばれて作られる学連選抜。複雑な思いを抱えて各大学から集まった選手たちが一つのチームとなって箱根駅伝での優勝を目指す。

真面目に見たことなどないが、箱根駅伝と言えばもはや知らないものはいないだろうともうぐらいの正月の一大イベントで、そこで起きる様々なドラマ。襷を繋ぐことにかける選手たちの熱い思いもなんとなく想像できる。しかし、そのイベントの知名度のわりにはそれを物語とした小説やドラマなど、本作品に出会うまで聞いたことすらなかった。本作品を読むと駅伝というのが非常に物語に向いていると感じるのだが、ひょっとしたらそれは著者の力量によるものなのかもしれない。

単純に箱根駅伝を扱うなら、それはおそらくそのなかの出場大学に焦点をあてるのだろうが、本作品が選んだのは「学連選抜」というチーム。どんなチームスポーツにおいても選抜チームのつくる記録というのは常に、チームスポーツの意義に疑問を投げかける可能性を持つ。単純に優れた選手だけを集めて勝ててしまうなら、はたしてそれはチームスポーツなのか?長年かけて育んだチームワークの勝利への貢献度が低いのであれば、それはもはや個人競技なのではないか、そんな疑問である。

さて、そんな学連選抜チームのなかでも、本作品は特に4人の選手を中心に描いている。昨年10区で失速し、今年こそリベンジを、と思いながらも大学自体は箱根出場を浦(うら)。「化け物」と呼ばれるほど優れていながらも所属した大学のほかの選手の力不足で箱根出場を逃した、山城(やましろ)。かつては浦(うら)と同じ陸上部に所属しながらも、進んだ大学のほかの選手の志の低さに流され、本気で気持ちを入れては知ることをしなくなった門脇(かどわき)、そして実力はありながらも1年生と経験の乏しい朝倉(あさくら)である。特に際立っているのは、箱根はいずれ走るマラソンへの調整と位置づけ、チームワークを軽んじる山城(やましろ)だろうか。

それでもそこはこういうった物語の常で、衝突を繰り返しながらも少しずつ一つにまとまっていくのであるが、その過程でみえる駅伝というスポーツの異質な面や、箱根駅伝というスポーツの奥深さが非常に好奇心を刺激する。

今まで俺は、駅伝はあらゆるスポーツの中で最も過酷な集団競技だと思っていた。アイコンタクトで華麗にパスをつなげたり、八人の力を一本の矢にしてスクラムを押したり、そういう目に見える形のチームワークが存在しないが故に過酷なのだ。走っているときは一人。しかし自分の前で必死になっていた選手、襷を待っている選手の思いを消し去ることはできない。

なんか来年の正月はちょっとテレビを見そうである。一気読みの一冊。

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2011年本屋大勝受賞作品。
国立署の女性刑事宝生麗子(ほうしょうれいこ)は宝生グループのお嬢様。それを知るものは警察署内の一握りのみ。そんな彼女が関わることとなったいくつかの事件を描く。

本作品で面白いのは言うまでもなくその警部でありお嬢様という主人公の特異な設定だろう。さらに、麗子(れいこ)の上司である風祭(かざまつり)警部も同じくお金持ちの出身というありえない設定。そして、鍵となるのは宝生家の執事影山(かげやま)の存在、謎めいたこの執事はたぐいまれなる推理能力を発揮する。それゆえに育ちだけがよくて頭の足りない麗子(れいこ)、風祭(かざまつり)警部の2人が解決できない事件を、話を聞いただけでことごとく解決してしまうのである。読んでて癖になるのはそのお嬢様としてのプライドの高い麗子(れいこ)と、執事のわりにときどき見せる麗子に対する蔑んだ影山(かげやま)の態度。

「どう、影山?なにか思いつくことある?どんな些細なことでもいいのよ」
「では、率直に思うところを述べさせていただきます。失礼ながらお嬢様ーーこの程度の真相がお判りにならないとは、お嬢様はアホでいらっしゃいますか。」
「・・・・・・・・、クビよ、クビ!このあたしが執事に馬鹿にされるなんてあり得ない!」

本書では6つの事件が扱われているが、今回はどんなやりとりになるのか、と楽しみになってしまうだろう。現実感などまったくないが、独特のテンポで楽しく読ませてくれる。

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
本書で一貫して主張しているのは「ウッフィーを増やす」ということである。「ウッフィー」とは何か。明確に本書でそれが定義されているわけではないが、「信頼」とか「安心」とか「尊敬」といった言葉で置き換えられそうなもの。

著者が言うのは、現在ほど、SNSが浸透している今、利益をあげようとするなら、「ユーザー数を増やす」「利益をあげる」「価格をあげる」とか、過去の慣習に従うのではなく、ウッフィーを増やすことこそその近道だと説くのである。

この考え方には僕自身非常に納得できるものがある。例えば映画を例にとってみても、映画館に足を運ぶ人の多くはCMで観た映像だけを頼りに決断して、実際に面白かったかどうかを知る手段はほとんどなかったが、インターネットが浸透した今では、映画を観終わった人がすぐにその感想を情報を発信してしまうのである。「クチコミ」の広まるスピードがインターネット以前と以後では何倍にもあがってしまったのである。

つまりそれは、言い換えるならインターネット以前の時代では「印象」だけで顧客を得ることのできていたものが、今は「内容」を伴わなければ不可能になったおいうことなのだ。

著者の体験をもとに、あらゆるウッフィーの増やし方と、自らの成功例、そして、いくつかのアメリカの企業を例にとってウッフィーを増やすことに成功した例や失敗した例を挙げている。どの例もとても興味深い。

多くの企業がマーケティングで犯す過ちは、顧客獲得にエネルギーとリソースをすべて投じてしまうことだ。だがほんとうは、解約率の縮小に使うべきである。カスタマー・サービスの改善に努力すれば、満足した顧客はオンラインでクチコミを起こしてくれる。
大切なのは、「ターゲット顧客」を設定して売り込みの対象にするのではなく、本物の顧客とつながりを持つことだ。

またアメリカの企業のSNSに関する認知上は日本のそれよりはるかに進んでいることがわかる。日本にも速く追随して欲しいものだ。

さて、この「ウッフィーを増やす」という感覚。企業であれ個人であれ、その重要性を知っている人はすでにその何年も実践しているのだろう。そして、きっとその重要性を知らない人はいつまで経っても理解できないのだろう。結局それは人を信じるということに繋がってくるのだから。

なんにせよ、多くの企業がウッフィーの重要性を理解し、それを獲得することを第一に考え始めたら、すべてに人にとって過ごしやすい世界になるだろうと感じた。

クルートレイン宣言
米国のマーケティング・コンサルタントのクリストファー・ロックが新しい時代のマーケティングのための「95のテーゼ」を発表し、1999年に書籍として出版されたもの。インターネットによって組織と消費者の間に今までないレベルのコミュニケーションが生まれるようになり、組織は市場への反応して変化することが求められる。と言うもの。(Wikipedia「The Cluetrain Manifesto」

モレスキン
のモレスキン社(Moleskine, 旧社名:Modo & Modo)が販売する手帳のブランド。撥水加工の黒く硬い表紙と手帳を閉じるためのゴムバンドが特徴である。(Wikipedia「モレスキン」

TED(Technology Entertainment Design)
アメリカのカリフォルニア州モントレーで年一回、講演会を主催しているグループのこと。
TEDが主催している講演会の名称をTED Conference(テド・カンファレンス)と言い、学術・エンターテイメント・デザインなど様々な分野の人物が講演を行なう。講演会は1984年に極々身内のサロン的集まりとして始まったが、2006年から講演会の内容をインターネット上で無料で動画配信するようになり、それを契機にその名が広く知られるようになった。(Wikipedia「TED (カンファレンス)」

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オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
2001年このミステリーがすごい!海外編第1位作品。

引きこもりだったMargarettは人の勧めで、刑務所を訪れて囚人の女性たちと話をするようになる。そこで出会った霊媒師の女性Selina。会話を重ねるにつれて2人は惹かれ合っていく。

すでに成人していた、兄弟が結婚して巣立っていく中、働くこともなく引きこもり生活を続けているため居場所を見つけることができない。そんなMargarettが囚人たちの生き方に自分を重ねあわせていく。刑務所で彼女が体験したことを家に帰ってきて日記に書く、という形態をとっているため、ひたすらMargarettの一人称で進んでいき、その心のうちが描かれる。そこが本作品の個性であり魅力である。

同時に、Selinaの視点に立って2年遡った状態からも物語は描かれる。一体どんな状況で彼女は罪を犯したのか。そして、その2年前のSelinaの周囲の出来事がどのようにして今の刑務所へと結びついていくのか、と想像しながら読み進めていくことになるだろう。

「ミステリー」というカテゴリに本書を分類することにまったく違和感がないが、どうも今ひとつ何か期待していたレベルには達していない気がする。

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第43代アメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ。2001年から2009年の8年の8年の間に下した大きな決断を振り返って描く。

時系列ではなくいくつかのテーマを順に描いている。そのうちのいくつかはアメリカの政治や経済に詳しくないとなかなか理解するのが難しいものだったが、他は興味深く読むことができた。多くの人と同じように、僕にとって興味深かったのは、第7章「アフガニスタン」、第8章「イラク」、第9章「カトリーナ」、そして9.11を描いた第5章「炎の日」である。

いずれも、ニュースや新聞では見れなかった動きや、大統領の葛藤が見える。

群集には、瓦礫の山に登っていた私が見えるはずだ。それがつぶれた消防車だったというのは、あとで知った。 群集が叫んだ。「聞こえないぞ」私は言い返した。「こっちは聞こえてる!」歓声を浴びた。「聞こえるとも。世界中があなたがたの声を聞いている」私がいうと、荒々しい声が沸き起こった。

描かれている内容のいくつかは薄れた記憶を鮮明にしたし、いくつかは、当時まったく知らずすごしていた自分の無知さを知ることになり、そのうちいくつかは僕が知っている内容と実は微妙に異なっていて、メディアというフィルタを通じて日本に届けられる内容と、大統領という決断を下した当事者に見えている内容の見え方が大きく違うことに、改めて、「見え方の違う現実」というものを意識させられた。

全体を通じて感じたのは、ブッシュ大統領が、常に「自分がどう見えるか」「自分をどう見せるか」というのを強く意識しているということだ。こういう書き方をすると鏡ばかり見ている自意識過剰な人間のように聞こえてしまうかもしれないが、彼が常に気をつけているのは、自分の自信のなさを少しでもカメラの前で見せてしまうことが、国民に大きな影響を与えるということを知っているからである。

例えば、イラク問題について語る際、彼は常に4つのカテゴリーの視聴者を意識していたという。第一は戦争遂行と戦費の支えとして欠かせないアメリカ国民、第二は命の危険を冒している米軍兵士、第三はイラク国民。そして第四が敵であるテロリストである。そんな彼の注意深い言動が、結果的に成功したことも失敗したこともある。いずれも、表情やわずかな仕草が世界に影響を与えてしまう立場にいる人間にしか語れない内容で、非常に印象的である。

本書ではほかにも肝細胞問題などの簡単には答えの出ない問題に触れている。多くの人種や宗教を抱える国だからこそ起こる異なる考え、日本の政治が簡単そうに思えてしまう。

ときには私たちの意見の違いは非常に根深く、私たちが共有しているのはひとつの国ではなく大陸ではないかと思えるときがあります」

また、文章からはいまなお、その決断の瞬間、結果的に思い通りに進まなかった出来事を悲しみとともに振り返るブッシュの重いが読み取れる。

過ちは、イラクの大量破壊兵器に関する情報が間違っていたことだ。もう10年近くたっているから、フセインが大量破壊兵器を保有していたという仮説がどれほど浸透していたかを言い表すのは難しい。戦争支持派はむろん信じていた。反対派も信じていた。

そして、また、本書のなかで引用される言葉の数々。自分の決断が多くの人々に影響を与えるという立場で大きな責任を背負ってきた人間が言うだけに、どの言葉も重い。

崇高な大義が犠牲を避けられたことは、これまで一度もありません。代償がなにもないときだけ自由を護るという考え方であるなら、私たちは国家として絶望的な状況といえましょう。

そして、最後はホワイトハウスを出たあとのことも書かれている。世界の中心から、穏やかな生活へと。その変化の大きさはとても僕ら一般人が想像できるようなレベルのものではないだろう。

新聞を読んだら、ついどう対応しなければならないだろうかと考えてしまう。やがて、決断はもうほかの人間のデスクで下されるのだと思い出した。

多くの日本人は最終的にブッシュ大統領を好ましく思っていないのだと思う。その理由がなぜだかはわからないが、本書はその考えを多少なりとも変えることになるのではないだろうか。

ヒズボラ
レバノンを中心に活動しているイスラム教シーア派の政治組織。(Wikipedia「ヒズボラ」

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オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
記憶を失った「私」は治療と称して、一人の男と会い、ひとつの犯罪に関する記事を読ませられる。その犯罪とは、ある猟奇殺人事件だった。

読み始めてすぐに、おそらくエンディングには大きなどんでん返しが待ってるだろうと推測できる。明かされない男と「私」の正体。きっとこの2人の招待が鍵なのだろう、と推測できる。

そして「私」は新聞記事や週刊誌の事件に関する記事を読ませられる。多くの読者と同じように僕自身もその結末として考ええられるあらゆる想像をしながら読み進めた...。

さて、残念ながら結末は納得のいくものではなかった。というよりも僕には理解の範囲を超えていた。例えば有名な乾くるみの「イニシエーション・ラブ」のように、ほかの情報を整理しないと理解できないものかと思い、検索して調べたりもしたが、1回読んだだけでは理解のできるものではなかった。

解説できる人がいるならぜひ解説して欲しいところだ。

【楽天ブックス】「迷宮」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン。スタンフォードの大学院で出会った2人がGoogleを起こしてから、これまでの進化の過程を描く。

アップルのスティーブ・ジョブスや、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグに比べるとはるかにメディアに顔を出すことの少ないGoogle創業者の2人。そんな2人の生い立ちや出会いなどから時系列に、Googleの成長の過程と、周囲の反応などを描いている。

僕の印象では、ラリー・ページもサーゲイ・ブリンも非常に知的でストイックなイメージだったのだが本書を読むと、実はずいぶんその印象と異なることがわかる。2人はむしろ何かに夢中になって周囲が眼に入らない少年のようである。2人が繰り返し口にしたというこんな言葉が印象的である。

「不可能という言葉に、健全な疑いを持とう」

さてそんな子供のような2人でも、そのアイデアとエンジニアとしての発想に未来を感じた人々が集まることによって、Googleという企業は大きくなっていくのだ。実際には僕らが思っているほど、世界を変えるのに必ずしもリーダーシップは必要ないし、幅広い知識も必要ないということなのだろうか。Googleの成長の過程では、知識や技術が必要であればそれを持った人が加わってくるように見える。

さて、面白いのはGoogleの成長だけでなく、Googleの成長とその無料でサービスを提供してしまう手法によって、慌てふためく既存メディアの対応である。訴訟を起こす企業、新しい波に乗ろうとする企業などさまざまであり、そこには今ある利益を守ろうとするためにイノベーションを起こせない大企業の弱点がはっきり浮かび上がる。

向かうところ敵なしに見えるGoogleだが、本書ではGoogleの弱点として、たびたび人々の感情に鈍感な点を挙げている。例えば大容量のGmailにはメールを永遠に蓄えられる余裕があるため、削除機能は必要ないと主張し、人には消したいメールがあるという感情に気づかないし、YouTubeの広告枠を売りながら、動画によっては広告主はそのこに広告を表示したくないという感情に気づかないのだ。

多くの企業がGoogleによって苦しめられるなか、一般ユーザーはその恩恵に享受している。しかし、僕らもその行く末を楽観視していいのだろうか。本書を読み進めるなかで僕はそんな著者からの問いかけを何度も感じた。

これから見極めるべきは、ネットという新たな流通システムが、コンテンツ・プロバイダーに十分な対価をもたらすほどの収入を生むかどうかだ。

流通が簡略化され仲介業者がいなくなればコストは抑えられる。しかしそれによって、そのコンテンツの製作者はそれに見合う利益を得られるだろうか。長期的に見れば、今の流れは将来的にコンテンツの品質の低下を招く恐れがあるのである。今からそんな事態を回避する動きをするべきなのかもしれない。

【楽天ブックス】「グーグル秘録 完全なる破壊」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
イタリアで9歳の少女が誘拐された。身代金の受け渡し場所として指定されたのはアマルフィ。外交官の黒田(くろだ)は邦人保護として少女の母親に付き添うこととなる。

数年前に豪華キャストで映画化された作品。著者真保裕一のファンとしてその物語を味わいたいという思いからあえて映画は見ずに本作品に触れることとなった。

物語は真保裕一作品のなかでは珍しく海外、イタリアを舞台としている。外交官の黒田(くろだ)目線で物語を展開させることにより、日本とイタリアとの文化の違いがところどころに描かれる。また、外交官視点により、「滞在先での自国民の保護」という役割を担いながらも、現実にそのとおりにできない事情が見えてくる。

普段の真保裕一作品のような深みや物語の訴えたいテーマのようなものが見えてこない。最終的に世界の紛争に結びついているとは言え、どうも跡付け感が漂ってしまう。後記によると、どうやら本書は映画のプロットを小説化したもので、小説が先にあってそれが認められて映画化されたものではないということである。

残念ながらもともとの真保裕一ファンにとっては期待に沿える内容とは言えないだろう。

カラビニエリ
イタリアの国家憲兵。(Wikipedia「カラビニエリ」

【楽天ブックス】「アマルフィ」

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