2010年1月アーカイブ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
スロウハイツでは、6人の男女がそれぞれ夢を追い、お互いに刺激を与えながら生活をしていた。そんな6人の間で繰り広げられる日々を描いている。

一つ屋根の下で6人もの男女が共同生活をするという設定に関してはやや現実離れしている感はあるが、そこで描かれる、上下関係や友情、才能や成功に対する妬みや、友情から来る厳しさなど、随所に辻村深月らしい、鋭くえげつないまでの感情の描写が見て取れる。

他の5人が中学生の頃から小説家として作品を世に出していたチヨダ・コーキという作家と、脚本家としてすでに成功している赤羽環(あかばねたまき)の2人はやや異質な存在として描かれていて、その2人を中心にスロウハイツは回っている。

チヨダ・コーキは人付き合いが苦手で、自分の作品が人々に影響を与えることに喜びを見出すようなタイプで、赤羽環(あかばねたまき)は自分にも他人にも厳しく、見ていて痛々しさを感じさせるような決して弱音を吐かないで生きていくタイプである。

物語中ではチヨダ・コーキの作品の影響で起こったとされる15人の少年が死んだ事件が大きな出来事として描かれている。そこには物事の悪い部分ばかりに注目する世のメディアや評論家達の傾向が見える。
痛々しいのは一読者がメディア宛てに送ったこんな手紙。

派手な事件を起こして、死んでしまわなければ、声を届けてもらえませんか。生きているだけではニュースになりませんか。今日も学校に行けることが「平和」だったり、「幸福」であるのなら、私は、死んだりせずに問題が起こっていない今の幸せがとても嬉しい。......功罪の功の方はほとんど表に出ることはありません。

物語は現在を中心に話は進むが、ときどき過去に戻ってその背景を説明していく。しだいに見えない糸によって彼らがスロウハイツという場所に集ったことが見えてくるだろう。

辻村深月にはここ2作品ばかり、やや期待を裏切られたような印象とともに受け止めていたのだが、本作品には最初の頃の良さがよみがえってきたような印象を受けた。なんといっても、相変わらず伏線の散りばめ方に上手さを感じる。前半になにげなく読み過ぎていった内容が後半部分で描かれた重要事項にぴったりはまる。この感覚を味わえるのは僕の知る限り辻村深月作品だけだろう。また、女性著者ならではの人の感情の描写力もその大きな魅力である。

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このサイトは今まではフィクションのみの感想を書くというコンセプトで進めてきたのだが、今年からはノンフィクションについても書いていこうかと考えている。

というのは、フィクションでもお面白い作品というのは必ずといっていいほど現実を取り入れているし、実際、作家でいえば横山秀夫は新聞記者だからこそ、「クライマーズハイ」の中の新聞社の様子があそこまでリアルに描かれるのだと思うし、藤原伊織は広告代理店に勤めていたからこそ「シリウスの道」で描かれる職場の様子はリアルなのだろう。池井戸潤の「空飛ぶタイヤ」もフィクションではあるけれど、現実の事件をもとに描いていることは明らかである。海堂尊も医者だからこそ、日本の医療の問題点を小説に落とし込むことができるのだ。

そう考えると、フィクションとノンフィクションの境目は面白い小説ほど曖昧であり、そんな現実を描いた小説に影響され、そのことについて「もっと知り合い」と思って新書などを手に取ることも少なくないのである。

つまり、別に自分の中でフィクションとノンフィクションの間に線を引く必要はなく、読んだものに対して、自分なりに消化する場になればいいのではないかと思い始めたのである。

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
田口公平(たぐちこうへい)は病院長の命により、厚生労働省で行われる会議へ出席することとなった。

残念ながら御世辞にも序盤は面白いとは言えない。多くが会話につきており、登場人物の名前や組織名の多さに、一つ一つ整理して読まないととても話についていけない。漠然と理解した範囲でまとめると、どうやら物語は先進国の中できわめて低い解剖率のせいで、多くの犯罪が見過ごされるであろうという日本の社会の懸念を解決する手段として、エーアイの導入を改革派が叫んでいるにもかかわらず、現在の地位を守るために保守派が難癖をつけて却下させようとしている、ということらしい。

ところが「イノセント・ゲリラ」こと、彦根信吾(ひこねしんご)の登場によって物語りは一気に面白くなる。過去の作品で「ロジカルモンスター」こと厚生労働省の役人、白鳥圭輔(しらとりけいすけ)が行ってきた、権力にしがみつく保守派の医者たちの屁理屈をことごとく論破していく姿。今回はそれを彦根信吾(ひこねしんご)が見せてくれる。必死で現状の破綻した制度を維持しようとする官僚たちを切り捨てていく姿はなんとも爽快である。

「国家システムに競争原理を働かせては、ゆがんで壊れてしまう」
「競争原理を行政制度に導入した時に壊れるのは、官僚が手にしている既得権益だけだ」

しかし、全体的に見るとなかなかお勧めできる作品ではない。日本の医療問題をいろいろ考えさせたいのはわかるが、やはりある程度面白さを全体的に意地しなければ、読者を引き込んで、その方向へ目を向けさせるのは難しいのではないだろうか。

そういう意味では前半は僕にとってはひたすら退屈な展開であり、後半部分の面白さを評価したとしても、及第点を与えられる内容ではない。

検案
医師が死体に対し、死因、死因の種類、死亡時刻、異状死との鑑別を総合的に判断することをいう。死体検案の結果、異状死でないと判断したら、医師は死体検案書を作成する。異状死の疑いがある場合は検視を行い、死因などが判断できない場合は解剖を行う。(Wikipedia「検案」

参考サイト
Wikipedia「監察医」

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1988年。世良正志(せらまさし)は研修医として東城大学医学部付属病院で外科としての第一歩を踏み出す。そこで初めて見る現実や、常識はずれな医師たちに出会う。

海堂尊作品ということで、過去の経験から、他の海堂作品と繋がっているのだろうと思いながら読み進めていたがなかなかつながらない。何人かの登場人物の名に聞き覚えを感じながらもなかなか繋がらない。そう思いながら上巻の中盤に差し掛かったところで、研修医として、田口、速水、島津という3人が登場。どうやら「チームバチスタの栄光」の数年前を描いたものらしい。そこでようやくタイトルの1988の意味に気付くに至った。

つまり生意気で破天荒な振る舞いをする医師高階(たかしな)は将来、「チームバチスタの栄光」で東城する病院長ということになるのだ。世良を驚かせた医師は高階(たかしな)だけでなく、昇進を拒みながらも技術の向上にこだわる渡海(とかい)もまたその一人である。

物語前半は対照的な考え方をする高階(たかしな)と渡海(とかい)のやりとりが面白い。

どんなに綺麗ごとを言っても、技術が伴わない医療は質が低い医療だ。いくら心を磨いても、患者は治せない。
心無き医療では高みには辿りつけません。患者を治すのは医師の技術ではない。患者自身が自分の身体を治していくんだ。医者はそのお手伝いをするだけ。手術手技を磨き上げるのも大切だが、患者自身の回復力を高めてやることも同じくらい重要なことだ。

そして、その2人の間に挟まれながらもいい刺激を受けて成長していく世良(せら)が前半の見所といえるだろう。

一見いがみ合っているように見えながらもこんな個性的な医師たちが、最終的に見事な化学反応を起こし病院という巨大組織を機能させていくところが面白い。「ジェネラル・ルージュの凱旋」でも感じたことだが、お互いの力を認め合うこんなシーンを見ると、かっこよさよりもそんな環境で仕事ができることに対する嫉妬を覚えてしまう。

そして終盤は、教授である佐伯(さえき)に焦点があてられる。物語序盤は医療の脚を引っ張る癌細胞のような存在に見えていた佐伯(さえき)も、その本音を知ればかっこよく見えてくることだろう。

私が病院長を目指す理由は、てっぺんに近づけば近づくほど自由度が上がるからだ。自由度が上がれば、自分より能力が低い連中にとやかく指図されなくなる。

そして最期は佐伯(さえき)が執刀するときのみに使用するという黒いペアン(医療器具)の存在理由が明らかになる。

かっこよく、すがすがしく、そして医療の在り方、医師の在り方について考えさせてくれる作品である。

ウィルヒョウ
ドイツ人の医師、病理学者、先史学者、生物学者、政治家。白血病の発見者として知られる。(Wikipedia「ルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョー」

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
昭和23年。警察官として人生を歩み始めた安城清二(あんじょうせいじ)。そんな父親の警察官としての生きかたを見て、息子の民雄(たみお)、そしてその息子の和也(かずや)も警察官として生きることを選ぶ。

" >笑う警官」以降、今野敏と並んで警察小説の雄とされる佐々木譲の長編である。物語の始まりは、戦後の混乱の続く、昭和23年である。家族を支えるために警察官になろうという清二(せいじ)の決意から、60年にも及ぶ親子3代の警察物語が始まるのである。

面白いのはその時代背景の描き方だろう。時代は大きく移りながらも、基本的にはその舞台は上野周辺を描いているため、その時代の日本人の生活事情が大きく反映されている。昭和の清二(せいじ)の時代からは、戦後の混乱ゆえに、多くのホームレスが上野周辺で生活しており、多くの人々が生きることにすら不安を覚えている、今からは考えられないような生活である。そして、そこで起きる、窃盗や殺人事件に対応しながら治安を守るのが、清二(せいじ)の主な仕事であったのに対して、二代目の民雄(たみお)の捜査の対象は赤軍派というテロ組織へと変わる。そして三代目の和也(かずや)の任務は、同じ警察組織の刑事の汚職を疑った内部調査となる。

警察の組織が大きくなるに従い、対応しなければいけない犯罪の規模も大きくなるとともに、大きくなったがゆえに内側から汚職が発生する、というように、時代に伴って変化する警察組織が見て取れる。

警察物語としては特に大きな事件が発生するわけでも、興味深い謎が発生するわけでもなく、読者を寝不足にさせるほどの吸着力もないが、警察という職業に対する、3人の強い気持ちと、それと同時に、組織の大きさゆえに人生を大きく狂わせてしまうような、圧倒的な、その組織や時代の流れの大きさを感じさせるような作品である。

ノンポリ
英語の「nonpolitical」の略で、政治運動に関心が無いこと、あるいは関心が無い人。(Wikipedia「ノンポリ」

Wikipedia「共産主義者同盟赤軍派」
Wikipedia「巣鴨拘置所」
Wikipeida「キューバ革命」
Wikipeida「谷中五重塔放火心中事件」

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
自殺した妻と瓜二つの女性と出会った秋山(あきやま)は、その後、数人の男たちに監視されていることに気付く。それは亡くなった妻が残した謎に拘わることだった。

本作品はゴッホの作品を物語の鍵として扱っている。秋山(あきやま)やその亡くなった妻も美術に造詣が深く、おのおののエピソードには、ゴッホだけでなく、多くの画家の名前や、用語がちりばめられている点が、非常に面白く、その方向に興味のある人には物語の面白さをさらに深く味わえるのではないだろうか。

物語は藤原伊織の作品らしく、年配の少し浮世離れした男性を主人公として扱っていて、その生きかたがまたかっこよく、思春期を過ぎた僕らに「まだまだこれからだ」と思わせてくれるような力がある。

前回読んだ「シリウスの道」があまりにも傑作だったために、本作品は読む前にハードルが上がりすぎていた感があるが、悪くないできである。

人間を動かす要素は三つあるそうです。カネ、権力、それに加えて、美。つまり欲望の要素ですね。だけど、僕はその逆もあるんじゃないかと考えた。この時代、人はまだ誠実によって動かされることがあるかもしれない。
コルサコフ症候群
側頭葉のウェルニッケ野の機能障害によって発生する健忘症状である。(Wikipedia「コルサコフ症候群」

デ・クーニング
20世紀のオランダ出身の画家。主にアメリカで活動した。抽象表現主義の画家で、具象とも抽象ともつかない表現と激しい筆触が特色である。(Wikipedia「ウィレム・デ・クーニング」

アーシル・ゴーキー
20世紀のアルメニア出身のアメリカの画家。(Wikipedia「アーシル・ゴーキー」

国吉康雄
洋画家。岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。 20世紀前半にアメリカを拠点に活躍、国際的名声を博した。(Wikipedia「国吉康雄」

アンドリュー・ワイエス
アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる。日本においてもたびたび展覧会で紹介され、人気が高い。(Wikipedia「アンドリュー・ワイエス」

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