「ジェネラル・ルージュの凱旋」海堂尊

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
リスクマネジメント委員会委員長田口公平(たぐちこうへい)のもとに匿名の告発分が届いた。内容は救急救命センター部長の速水晃一(はやみこういち)が特定業者と癒着をしているというもの。高階病院長からの依頼で田口(たぐち)は調査に乗り出す。
「チームバチスタの栄光」が実は世間で騒がれているほど僕の中ではヒットせず、そのためしばらく海堂尊(かいどうたける)作品を敬遠していた。今回再び手に取ったのは、ただ単にほかに読みたい作品が見当たらなかったというだけの理由である。
さて、本作品も「チームバチスタの栄光」同様、愚痴外来の田口公平に物語の目線をすえながら進んでいく。今回の舞台は、救命救急センターということもあって、その中心となる速水(はやみ)はもちろん、その周囲を固める看護師たちの姿が描かれていて、いずれも自分の信念を持った決断力のある魅力的な人物として描かれている。
告発文書の真偽の調査の過程で、例によって、病院という複雑な組織の中、上下関係、出世、建前などの駆け引きに各権力者たちが自分に利益をもたらすために行う駆け引きが描かれている。
他社を蹴落とすことだけを考えたこどもじみた主張を繰り返す人物も多かれ少なかれ存在はするが、そこで起こる衝突の多くは、病院の抱えるテーマ、つまり、採算を考えなければ病院経営はできないが、採算を考えていたら人命救助はできない。という答えのない問題の前でとった立ち位置の違いによって生じる。
それぞれ違った信念をもちながらそれを主張しつつ衝突する姿は、非常に興味深いだけでなく、僕自身にも考えの幅をもたらしてくれるように感じる。

収益だって?救急医療でそんなもの、上がるわけがないだろう。事故は嵐のように唐突に襲ってきて、疾風のように去っていく。在庫管理なんてできるわけもない。

それでも、「経営」よりも「人命救助」を主張する人間が最終的に英雄になるのはこの手の病院物語の約束事項。揉め事が一段落して再び救命救急センターの救助の様子に移った終盤はもう、そこで働く医師や看護師のかっこよさに興奮しっぱなしである。尊敬し合える人同士が協力し合って働ける職場に嫉妬してしまった。
読みながら感じた若干の違和感。いくつか未解決な問題や、中途半端な展開に感じた部分は、どうやらもう1作「ナイチンゲールの沈黙」と絡んでくるようだ。うまくハメられた気もするが、これでは読まないわけには行かないようだ。
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「ネクロポリス」恩田陸

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
アナザーヒルは、死者を迎える場所。人々はそこで故人との再会を楽しむ。ジュンはそんな不思議な場所に初めて訪れる。
タイトルからは壮大なファンタジーをイメージしたが、読み始めると予想以上に現実世界と陸続きな物語であることに気付く。もちろん、その舞台となっているアナザーヒルという場所は架空の場所であろうが、ジュンと同時期にアナザーヒルを訪れた人々は、いずれもヨーロッパやアメリカなどから来ている、というように現実世界とのつながりを感じさせてくれるため、その多くを想像力に頼らなければならない一般的なファンタジーよりもはるかに物語を受け入れやすい。
また、盟神探湯(くがたち)、鳥居、ヒガン、提灯行列、三位一体、ドルイドなど、日本を含む多くの国の風習が引用され、現実世界への興味を掻き立ててくれる点でも好感が持てる。
そして人の死を娯楽として楽しむアナザーヒルの人々の様子に触れるうちに、お墓を「幽霊の出る場所」として怖れ、葬式の場では歯を見せることを避ける僕らの感覚に違和感を感じるかもしれない。

死というものが残酷なのは、突然訪れ、別れを言う機会もなく全てが断ち切られてしまうからだ。せめて最後にひとこと言葉を交わせたら。きちんと挨拶ができたら。

死者を迎えるために窓や入り口を開けておくとか、アナザーヒルの家には窓の外側に死者が座れる椅子がついているとか、随所で著者の恩田陸が楽しみながら書いているのが伝わってくる。
ファンタジーでもありミステリーでもある。それでいて、多くの文化を取り入れた作品。ジャンルの枠を超えたほかに類を見ない作品である。


ベンガラ
赤色顔料のひとつ。(Wikipedia「弁柄」
盟神探湯(くかたち、くかだち、くがたち)
古代日本で行われていた神明裁判のこと。ある人の是非・正邪を判断するための呪術的な裁判法(神判)である。探湯・誓湯とも書く。(Wikipedia「盟神探湯」
三位一体
キリスト教で、父と子と聖霊が一体(唯一の神)であるとする教理。キリスト教の大多数教派における中心的教義の1つ。
Wikipedia「三位一体」
ルーン文字
ゲルマン語の表記に用いられた文字体系。ルーン(あるいはルーネ)とは、スカンジナビア語やゴート語が語源で「神秘」「秘儀」などを意味する。音素文字である。(Wikipedia「ルーン文字」
ドルイド
Wikipedia「ドルイド」

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「葉桜の季節に君を想うということ」歌野晶午

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
2004年このミステリーがすごい!大賞

元探偵の成瀬将虎(なるせまさとら)は、愛子(あいこ)からある悪徳商法の調査を依頼される。そして、同時期に、線路に飛び込んで自殺を図ろうとしていた麻宮さくらと出会う。
物語は蓬莱倶楽部(ほうらいくらぶ)という、老人へ高価なものを売りつけている悪質な業者を中心として展開している。その業者の悪事を暴くために奔走する成瀬将虎(なるせまさとら)と、借金のために悪事に加担するしかなくなった女性、節子(せつこ)の姿が、双方の視点から描かれ、途中、成瀬(なるせ)の過去の探偵時代など回想シーンも交えながら進む。
全体的にはコミカルなノリだが、ところどころ心に響く言葉がある。

われわれは子供の頃、決して嘘をついてはいけませんと、家庭や学校で耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされるわけだが、その教えを大人になっても律儀に守っている人間がいたとしたら、そいつは正直者とは呼ばれない。ただのバカである。
人生は皮肉だね。焼き鳥屋での何気ない一言が、人生の最後の部分を大きく書き換えてしまった。

歌野晶午作品は本作品でまだ2作目であるが、その作品の大部分で、どこかに読者の想像の上をいく展開があるようなイメージを持っている。本作品でもそんな期待を裏切ることは内。多くの読者は、読み進めるうちにすこしずつ頭の中に広がっていく違和感を感じることだろう。そして、その違和感が僕らの先入観から生じることに気付けば、僕ら自信の未来に対しても明るい展望が開けるに違いない。
いつまでも楽しんで生きていこう、と思わせてくれる作品である。
【楽天ブックス】「葉桜の季節に君を想うということ」

「初恋」中原みすず

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
親戚の家で世話になっていたため肩身の狭い思いをしながら成長し、どこにも居場所を見つけることのできなかった高校生のみすずは、立ち寄った喫茶店で新しい仲間とで会う。そしてそれはやがて「権力への挑戦」として3億円事件へとつながっていく。
宮崎あおい主演の映画になった作品で、映画は観ていないがあまり評判がよくなかったのは覚えている。それでも1960年代と3億円事件を舞台にした独特な雰囲気はその映画のプロモーションCMからも感じることができた。
物語自体はそれほど大きく予想外の展開が起きるわけではない。ジャズ喫茶で仲間と出会うことによって、みすずがやがて3億円事件に関わるまでの過程とその後を描いている。
世間の大きな流れや、年齢とともに衰えていく行動力。みすずを含めた若者達の、大きな流れに飲み込まれていく様子を描いているようにも感じる。恋愛小説と見る向きもあるだろうが、個人的には、一人の思春期の女性が、世の中を理解し、ある程度割り切りながらも受け入れていく・・・、そんな大人になる過程を描いているように思える。
好みが分かれる作品だとは思うが、淡々と進むその物語の合間にただよう独特な空気。思いのほか強く心に残った。
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「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第135回直木賞受賞作品。
便利屋の多田(ただ)のもとに、高校時代の同級生行天(ぎょうてん)が転がり込んでくる。居候となった行天(ぎょうてん)とともに便利屋を続ける。
仕事を通じて多くの人と接し、出会う人々それぞれにある人間物語を描く、というのはよくある話題の構成だが、本作品がそれらの作品と一線を画すのは、多田(ただ)も行天(ぎょうてん)も、正義など貫く気はまったくないどころか、信念すら持っていないという点だろう。
自分の目の前や自分のせいで誰かが不幸になるのは嫌だが、知らないところで知らない人がどうなろうが知ったこっちゃない。そういう態度ゆえにむしろ抵抗なく彼らの考え方を受け入れられる。
そしてそんな中でも変人の行天(ぎょうてん)の言動はさらに際立つ。変人ゆえに常識にまどわされない真実を語る。

不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う。

そんな行天(ぎょうてん)と行動を共にするうちに、多田(ただ)も、忘れられない過去と向き合うようになる。軽快なテンポで進みながらも多田(ただ)が過去を語るシーンでは人間の複雑な心を見事に描き出す。読みやすさと内容の深さの両方をバランスよくそなえた作品である。
【楽天ブックス】「まほろ駅前多田便利軒 」

「遠くて浅い海」ヒキタクニオ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回大藪春彦賞受賞作品。
人を人知れず殺すことを仕事とする正将司は沖縄で、「天才」と称される一人の男を自殺させる依頼を受ける。
本作品で最初に読者の想像を超えるのは、自殺させる対象である天願(てんがん)に対して、将司(しょうじ)が、自らの素性と、目的を早々に明らかにする点だろう。また、「人を自殺させるためにはその人を誰よりも深く理解しなければならない」という将司(しょうじ)のスタンスゆえに、天才であるが故に孤独な天願(てんがん)の過去も見えてくる。
僕自身はそれほど大きな衝撃を受けたわけではないが、新鮮さを感じさせる場面は多々あった。きっとこういう物語が好きな人もいるのだろう。


アミノー
人々の行動を規制していた社会的規範が失われて、混乱が支配的となっている社会の状態。デュルケームが概念化した用語。(はてなキーワード「アミノー」
エミール・デュルケーム
フランスの社会学者。オーギュスト・コント後に登場した代表的な総合社会学の提唱者であり、その学問的立場は、方法論的集団主義と呼ばれる。(Wikipedia「エミール・デュルケーム」

【楽天ブックス】「遠くて浅い海」

「アクセス」誉田哲也

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
親友の死を境に高校生の可南子(かなこ)の元に奇妙な電話がかかってくるようになる。可南子(かなこ)の従姉妹の雪乃(ゆきの)も不思議な出来事に悩んでいた。共通点は2人が契約したプロバイダだった。
最初は、友人と共通して思いを寄せる男子生徒との間に起こるありがちな女子高生の恋愛模様を描く物語のような印象を受けたのだが、中盤から一変。一気にホラーの様相を呈してくる。
冒頭の美男、美女でありながらも何か空虚さを感じている雪乃(ゆきの)と翔矢(しょうや)の描写によって、物語中に彼らの過去やその性格の生成過程が描かれることを期待したのだが、残念ながら深く掘り下げられることはなかった。
全体的に筋や著者の訴えたいテーマというのが感じられない物語ではあったが、あえてそのテーマを見出そうとするなら、匿名性の守られたネットの世界に吐き出される人々の悪意や残虐性と、現実との間のギャップを表現しているようにも感じられる。
【楽天ブックス】「アクセス」

「ジウI 警視庁特殊犯捜査係」誉田哲也

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
警視庁特殊犯捜査係、通称SITに所属する二人の女性警察官、門倉美咲(かどくらみさき)と伊崎基子尾(いさきもとこ)。二人は都内で起きた人質篭城事件を期に、別々の道を歩むこととなる。
物語は2人の女性警察官の視点を交互に行き来する。2人は対象的な性格で、門倉(かどくら)は感受性豊かで犯人の気持ちにさえ共感できる優しい女性。そして、伊崎(いさき)は男顔負けの格闘センスで凶悪犯を何度も取り押さえてきたものの複雑な過去を抱える。
多くの読者はきっと、どこにでもいそうな優しい女性である門倉(かどくら)よりも、自分を追い込むように、闘いの場を求める伊崎(いさき)と、その性格の育まれた原因に興味を抱くのではないだろうか。
物語が進むにしたがって、未解決な誘拐事件の首謀者として、「ジウ」と呼ばれた国籍のない男の存在が浮かび上がる。共犯者がそのジウの不気味さを刑事に語って聴かせ場面がなんとも印象的である。
お金を払って物を買うという常識すら持たない人間が、お金を奪って一体何に使うのだろう。そう、法律を犯してお金を奪う強盗だって、「何かを手に入れるためにはそれ相応のお金を払う必要がある」という常識が根底にあるからこそお金を奪おうとするのだ。世の中のルールを犯す犯罪が人間らしさの表れであるという不思議な矛盾に気付かされた。
そして、「ジウ」にはその人間らしさがない・・・。語は本作品では完結せず次回作へと続く。お互い意識し合う門倉(かどくら)と伊崎(いさき)、そして「ジウ」。今後の展開を期待せずにはいられない。「ジウII」の文庫化が待ち遠しい。


黒孩子(ヘイハイズ)
中華人民共和国において、一人っ子政策に反して生まれたことを原因とする、戸籍を持たない子供達のこと。(Wikipedia「黒孩子」

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