2008年2月アーカイブ

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
精神医学研究所に勤める千葉敦子(ちばあつこ)はサイコセラピストであるとともに、人の夢に入って悩みなどを解決する夢探偵パプリカという顔を持つ。そんな人の夢に入ることができる世の中で、最新型精神治療技術「DCミニ」が発明されたことで、それを悪用しようとする人の行動をきっかけとして、次第に夢と現実の区別がなくなっていく。

最初この物語の世界観を理解するのにしばらく時間を要するだろう。ただ、夢という未だ謎の多い部分をうまく題材にしている。この物語の中で描かれているように、夢に出てくる人や物はなにかしら現実世界とリンクしていると僕自身も思う。例えば小さなころの思い出だったり、直前に読んだ本の内容だったり、願望だったり、本人の無意識の中にあるものが目に見える形で現れたものが夢なのだろう。おそらく多くの人間がそう思っているからこそ、この物語はただの架空の話としては片付けられないリアルさを持ち合わせているのではないだろうか。

そして、この物語でかぎとなる「DCミニ」と呼ばれる機器。これによって「DCミニ」利用者は双方の夢に入り込むことができる。2人の人間が1つの夢を共有したら、その夢は次第に意志の強いほうの望む世界に変わっていく。現実には夢を共有するなどということはありえない(あってもそれとわからない)ことでありながらも、きっとそうなるだろう、と読者を納得させてしまうその設定が面白い。合わせて、場所を移動していないのに気がつくと別の場所にいたり、いつのまにかに隣にいる人が別の人物になっていたり、という夢の特性を面白く描いている。

無茶ではなく夢茶、無理ではなく夢理。これは夢なのだ。

とはいえ、やはり冒頭で述べたように、この非現実な世界に入り込むまでに非常に時間がかかった。架空の物語でもある程度専門用語を書き連ねることによって読者にリアルさを伝える手法は僕自身嫌いではない。瀬名英明の「パラサイトイブ」の詳細な描写はその最たるものだと思っているが、そのような手法は物語の非現実具合と密接に関わってくるものだけに加減が難しいのかもしれない。個人的にはこの物語程の非現実の世界であれば、もっと単純でわかりやすい導入部分にしたほうが読者にとっては読みやすい作品になったのではないだろうか。

本作品は映画になったことを知って手に取ったわけだが、内容はまさに映像向きであった。夢と現実が混沌としたクライマックスは、アキラの大友克洋や宮崎駿が好みそうなである。機会があれば2006年に公開された「パプリカ」を観てみたいものだ。



アニマ
男性の人格の無意識の女性的な側を意味する。(Wikipedia「アニマ」

役不足
「素晴らしい役者に対して、役柄が不足している」という意味だが逆の意味で使われることが多い。

海千山千(うみせんやません)
世の中で様々な経験を積み、物事の裏表を知り尽くしてずる賢いこと。また、そのような人。したたか者。(語源由来時点「海千山千」

ラポール
二人またはそれ以上の人たちの間で理解と相互信頼の関係を成立させ、維持する過程。相手の反応を引き出す能力。(はてなダイアリー「ラポール」

容喙(ようかい)
横から口を出すこと。くちばしを入れること。(goo辞書「容喙」

アクババ
トルコの伝説に登場するハゲタカ。死骸を食べて千年生きるとされる。

エディプス・コンプレックス
母親を確保しようと強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態の事。(Wikipedia「エディプスコンプレックス」

参考サイト
パプリカ オフィシャルサイト

【楽天ブックス】「パプリカ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第131回直木賞受賞作品。

やたらと注射をしたがる妙な精神科医伊良部一郎(いらぶいちろう)と彼の病院を訪れる患者の物語の第2弾。

全体で5編から成り、それぞれブランコで飛べなくなった空中ブランコ演技者。尖ったものが怖くなったヤクザ。送球ができなくなったプロ野球の三塁手。羽目をはずしたい医者。ネタに困った恋愛小説家。という患者を描いている。それほど重いテーマというわけでもなく、伊良部一郎(いらぶいちろう)という主人公がそれほど魅力的なわけでもない、それでも読者を引き込むテンポの良さは、奥田英雄の作品には常にあり、今回も例外ではない。

しかし、ただのドタバタ劇という感じがして、途中、このまま読み終わって、自分の中になにも残らない「読書のための読書」で終わりそうな予感を抱いたりもしたが、ラストの恋愛小説家を描いた物語にはメッセージを感じた。

小説家を描いているだけに、きっと奥田英朗自身の過去なども反映していることだろう。周囲に流される人が多いからいいものが評価されない。大したものでなくてもメディアが飛びつけば売れるし、評価される。いいものを作っても評価されるわけでもなく売れるわけでもない。かといって売れるものを作っても自分の中の満足感は満たせない。そんなクリエイターなら誰もが感じたことのあるジレンマを見事に描いている。

恋愛小説家の友人のフリーの編集者が言う台詞が印象的である。

この国で映画の仕事をやっているとこんなのばっかだよ。ここで報われないとこの人だめになる、だから神様お願いですからヒットさせてくださいって天に手を合わせるんだけど、それでも成功することの方がはるかに少ない。わたしは彼らを前にして思うよ。せめて自分は誠実な仕事をしよう、インチキだけには加担すまい、そして謙虚な人間でいようって──

作者でなく、編集者という作品と作者を客観的に見れる立場の人間の台詞なだけに見事に世の中の矛盾を言っているように感じる。それぞれの人たちが自分の目、自分の耳で、いいモノわるいモノを判断できればこんなジレンマはなくなるはずなのに、日本という国の国民はその意識が極端に低い。それは国民性として受け入れるしかないが、自分のモノに対する姿勢については考えさせられる。

直木賞という評価も最後の作品に因るところが大きいのではないだろうか。


イップス
精神的な原因などによりスポーツの動作に支障をきたし、自分の思い通りのプレーができなくなる運動障害のことである。本来はパットなどへの悪影響を表すゴルフ用語であるが、現在では他のスポーツでも使われるようになっている。(Wikipedia「イップス」

キュレーター
美術館の学芸員。


【楽天ブックス】「空中ブランコ」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
目的もなく、引ったくりを繰り返して放浪していた伊豆見翔人(いずみしょうと)は九州、宮崎の山奥の村にたどり着く。田舎の人の温かさに触れることで起こった翔人(しょうと)の心の変化を描いた物語。

実際には世の中の大半がこの物語の翔人(しょうと)のように、誰かを頼ることもなければ、頼られることもなく孤独で希薄な人間関係の中に生きているのかもしれない。そして、頼れる人がいないから、自分のことでいっぱいになり、他人の痛みに築かなくなるのだろう。

こういう一生はきっと最後の最後まで、このままなのだ。どこかで弾けて消えるまでの間だけ、ふわふわと漂っているより仕方がない。いずれにせよ、そう長いことではない。何分も漂い続けられるしゃぼん玉がないのと同じように。

田舎の温かい人たちの気持ちに触れて生活しているうちに、すこしずつ今までと違った感情が芽生え始める。このままの空気で終わってしまうのかと思い始めた終盤に、急展開が待っていた。

世の中には見た目はしっかりとした大人であるにもかかわらず、「この人には罪悪感というのがないのだろうか」と思うような、信じられないような行動を平気でする人がいる。しかし、いつかそんな人が自分のそんな行動に気づいて、「あれはひどい行動だった」と過去を思いかえすとき、それまで積み重ねてきた行動の記憶は、一生消えない罪悪感となって襲ってくるのかもしれない。そんなふうに思った。

【楽天ブックス】「しゃぼん玉」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
大手運送会社の第一営業部に勤める吉野公啓(よしのまさひろ)は新規事業開発部の部長に昇進となった。3名しかいない部署の部長。それは実質左遷人事だった。しかし吉野(よしの)は起死回生のための巨大プロジェクトを考え始める。

この物語の中心となっている巨大プロジェクトは、文具通販をヒントに吉野(よしの)が思いつくという設定である。物語中では文具通販社の社名は架空の名前となっているが、もちろんモデルはアスクルだろう。序盤は吉野(よしの)が考えを構築するヒントとして、文具通販のビジネスモデルがわかりやすく説明されている。

そして吉野の思いついた案についても、考えを構築する過程、ビジネスパートナーである業界第3位の文具メーカーへの説明、そして上司に承認をもらうための説明、と複雑なビジネスモデルを言葉を変えて物語中で3回説明している。幅広い読者にこの物語の肝となる経済の一部分を理解してもらい、面白く読み進めてもらうための配慮なのだろう。

そして、そのビジネスモデルは、周囲の多くの人の助けを借りながら少しずつ障害を乗り越え、形作ってくる。その過程で、高齢化社会、オンラインショッピング、価格比較サイトなどのにもしっかりと話が絡んでくるあたりに著者の周到な計画が見える。

そしてまた吉野(よしの)の周囲の人間たちの成長も見所の一つだろう。部下のモチベーションを上げさせることが、部下の能力を上げる一番手っ取り早い方法なのかもしれない。

藤原伊織の「シリウスの道」、垣根涼介の「君たちに明日はない」と同じように、業種は違えど自分の仕事に誇りを持った人間を描いた作品。億の単位のお金が動く仕事など僕にとっては無縁だが、どんな仕事でも面白い否かは、携わる人次第なのかもしれないと感じた。経済に興味がない人でもきっと面白く読むことができるだろう。ひょっとしたらこの本をきっかけに経済に興味を持つ読者もいるのかもしれない。


ドライグローサリー
冷蔵を要しない食品(一般食品)、雑貨のこと。

レコメンデーション
ユーザの好みを分析し、各ユーザごとに興味のありそうな情報を選択して表示するサービス(IT用語辞典「レコメンデーション」

フィージビリティ・スタディ
新製品や新サービス、新制度に関する実行可能性や実現可能性を検証する作業のこと。

ステルス・マーケティング
消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をすること。

参考サイト
@IT:勝ち組アスクル、ビジネスモデルの本質
顧客のために進化するアスクルビジネス

【楽天ブックス】「再生巨流」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
吉川英治文学新人賞受賞作品。

警察庁長官官房でマスコミ対策を担う竜崎伸也(りゅうざきしんや)と警視庁刑事部長の伊丹俊太郎(いたみしゅんたろう)という2人の警察官僚が1つの事件をきっかけに自らの立場や警察組織を守るために奔走する様子を描いている。

まず興味を引くのは、「出世がすべて」「東大以外は大学ではない」と考えている竜崎(りゅうざき)のほうが、警察内部の怠慢や汚職を許さず、逆に、私大卒で周囲から警察官僚の中でもっとも人間味の有る人と評価される伊丹の方が、警察内の不祥事をもみ消そうとする点である。

おそらく一般的には、警察官僚とか、警察の縦社会という考えに縛られた竜崎のような人間こそが、警察組織内の不祥事を助長し、伊丹のような警察官が正義を貫くと考えられているのだろう。にもかかわらず、そんな先入観を早々と砕く人物設定によって瞬く間に物語に引き込まれていった。

物語の目線となっている、竜崎(りゅうざき)の家族を顧みない考え方や、警察組織として人生を貫こうとする姿勢、その価値観は決して共感できるものではないが、一方で彼の感情に左右されない論理的なものの考え方は個人的にとても理解できる。そして、彼の考え方に触れるうちに、事件を解決することだけが警察組織の人間の役割ではないことがわかるだろう。

組織というのは、あらゆるレベルの思惑の集合体だ。下のものがいいかげんだったら、いくら上が立派な戦略を立てても伝わらないのだ。常にうまく部下を使う方法を考え、同時に、いかにして上司を動かすかを考えなければならない。

物語は最後まで、事件を大して大きく扱わない。あくまでも事件は警察組織の中の対立関係や駆け引きを描くための素材に過ぎない。警察を扱った物語は世の中に数え切れないほどあるが、これほど事件に焦点を当てないで最後まで展開する物語も珍しいだろう。

とはいえ、少年犯罪者の社会復帰を支援するような日本の少年法への疑問もしっかり投げかけている。私刑を許してしまったら法治国家ではなくなる、という警察組織に身をおくものとしての建前と、過去に凶悪犯罪をしながらも、今は普通に世の中で生活している彼らが許せないという気持ちも併せ持つ。私刑や復讐を扱った物語の中では必ずといっていいほど見られる葛藤であるが、それでも人によって意見の分かれる問題であるから面白い。私刑を扱った他の作品として思い浮かぶのは宮部みゆきの「クロスファイア」などがそうだろうか。

ページが残り少なくなるころには、序盤にあれほど忌み嫌った竜崎(りゅうざき)の生き方が好きになっているのだから、見事に著者の思惑にはまってしまったということなのだろう。


KGB
ソ連国家保安委員会の略称。1954年からソ連崩壊まで存在したソビエト社会主義共和国連邦の情報機関・秘密警察。

参考サイト
Wikipedia「警察庁長官狙撃事件」

【楽天ブックス】「隠蔽捜査」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第8回山本周五郎賞受賞作品。

とある精神病院には、重い過去を背負った患者たちが日々の生活を送っている。そんな精神病院の患者たちを描いた物語。

冒頭部分は患者たちの病院に入る前のエピソードが細切れに描かれていて、物語の繋がりを把握するまでに時間がかかるだろう、加えて、精神病院という普通の人にはおそらく馴染みのないであろう舞台設定にややページが重く感じる。それでも馴染みの薄い舞台設定だからこそ感じるものは多く存在していたように思う。

過去に犯した過ちを悔い、外の世界に出ると浴びせられる好奇の視線。いつか退院して外の世界で暮らしたいと思いながらも、もはや普通の生活には戻れないという諦め。そういった一人一人の患者たちの生活や悩みが現実味を帯びて描かれている。普通の人から見れば、奇異な行動と映る彼らの行動にも、彼らにとってはしっかりと意味を持った行動なのだと、感じることができるのではないだろうか。

家に帰りたいけど帰れない。その冷たい壁の存在をすべての患者がどれほど思い知らされてきたことだろう。本当はみんな退院を心から待ち望んでいるのにできない。ここは開放病棟であっても、その実、社会からは拒絶された閉鎖病棟なのだ。

僕らのような「正常」(と世間ではされている)人間こそが彼らのような人の気持ちの理解にもっと努めなければならないのではないか。そんな訴えがこの物語からはひしひしと感じられる。一気に読ませるというようなパワーは残念ながらないし、正直、自分の生活とあまりにもかけ離れた世界の描写に、ページをめくるスピードは最後までゆるやかなままだったが、ラストには相応の感動が用意されていた。

【楽天ブックス】「閉鎖病棟」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第46回江戸川乱歩賞受賞作品。

連続爆発犯のアジトで2人の男が争っていた。警察が逮捕した1人の男、鈴木一郎(すずきいちろう)は、痛みを感じない男であった。彼は連続爆弾事件の犯人なのか。医師、鷲屋真梨子(わしやまりこ)は男の精神鑑定を担当することとなる。

真梨子(まりこ)は鈴木(すずき)の奇妙な行動の中から、知識として持っている特異な能力を持った人間たちの記憶をたどり始める。未だ謎に包まれている人間の脳。そして、世界に数人しかいないサヴァン症候群の人間たちの能力を物語の素材として、「ではこんな人間もひょっとしたらいるのではないか」と真意実を帯びて伝わってくる。

部屋の隅でじっとしているなどというのではない。文字通り微動だにしないのだ。瞬きもしなければ、指をほんの一ミリ動かすこともな。だれかが手を添えて腕をあげさせるとそのまま腕を上げたままの姿勢でおり、直立させて背中を押すと壁に当たるまで真っすぐ歩き続ける。

一度見ただけですべてのものを暗記してしまうという能力。その並外れた能力は、人間としての生活を送りにくくなる障害とともに現れる。この物語で最大の謎となっている、鈴木一郎(すずきいちろう)の能力も、それに類するもので、物語の中で鷲屋真梨子(わしやまりこ)が鈴木(すずき)の能力を見極めようとするその過程で、実は普通の人間こそがものすごい多様な判断を無意識のうちにしていることに読者は気づくことだろう。

きみはきのう町を歩いているときにすれ違った車のナンバーを全部いえるかね。すれ違った人間の服装をすべて記憶しているかね。生まれつき脳にこの簡単な認識のパターンがそなわっていないせいで、日常生活においてさえなにが必要でなにが必要でないかがわからない人間がいたとしたらどうなると思うかね。

物語中で鈴木一郎(すずきいちろう)が見せるうらやましくなるような記憶力。しかし、それは日常生活を送る上では不要なものである。正常な人間は何が必要な情報で何が必要でない情報なのかを瞬時に判断しているのである。コンピューターが人間の脳に近づくまでにはまだまだ長い年月がかかる。ひょっとしたら永遠にそんな日は来ないのかもしれない。改めて人間の脳について考えさせられる。



壊死性筋膜炎
筋肉を覆っている筋膜という部分に細菌が侵入し、細胞を壊死させてしまう病気

バビンスキー反射
2才未満の幼児には普通に見られる脊髄反射。成長後もこの反射が見られると錐体路障害が疑われる。

サヴァン症候群
知的障害や自閉性障害のある者のうち、ごく特定の分野に限って、常人には及びもつかない能力を発揮する者を指す。(Wikipedia「サヴァン症候群」

後見人
財産に関するすべての事項で、制限能力者に対する法定代理人となる者で、かつ、親権を行う者(親権者: 父母、養親)でないものをいう。(Wikipedia「後見人」

【楽天ブックス】「脳男」

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