2007年10月アーカイブ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
妊娠した夏樹果波(かなみ)と夫の修平(しゅうへい)は経済的な理由から中絶を決意する。しかし果波(かなみ)の中に突如別の女性の人格が現れ、子供を中絶から必死で守ろうとする。

物語は夫である修平(しゅうへい)と産婦人科出身の精神科医である磯貝(いそがい)の視点で進む。磯貝の視点はもちろん医者であるがゆえに専門的知識を持ち合わせ、果波(かなみ)の別人格の不可思議な言動を医学的に説明していく。その一方で、夫の修平(しゅうへい)は一般的な男を代表しているようだ。

修平(しゅうへい)は、人口妊娠中絶という決意をしたことで、落胆した果波の姿を見てようやく、ただ一瞬の快楽のためだけに性行為に走り、その結果できた人の命を法律的な咎めもなく処理することの重大さと、女性に与えた精神的な苦痛の大きさを知る。これは本作品を通して著者が、世の中の若い男女に向けて訴えかける一貫したメッセージであり、同時にそれは、性行為を煽るような昨今のメディアなどにも向けられている。そして、そんなテーマであるがゆえに、生命の重さに対する訴えも当然のように散りばめられている。

日本では一年間に百五十万人の女性が妊娠し、そのうちの三十四万人が中絶手術を受けるんです。中絶胎児が人間だと認められれば、日本人の死亡原因のトップはガンではなく、人口妊娠中絶ということになります

さらに磯貝(いそがい)の産婦人科医時代の経験が、そのテーマの重要性を読者の中にさらに強く印象付けていく。

どうしてぼくをこんなに早く外に出したの?

嬰児がそう言って抗議しているように見えた。法律では、妊娠二十一週以内の胎児は人間ではない。したがって中絶は殺人ではない。だがそんんな法律上の区分けは意味がないと思った。この子は生きたいのではないか…

中盤から、果波(かなみ)の中に現れた人格の行動は次第にエスカレートしていく。それによって憑依という霊の存在を信じかける修平(しゅうへい)と、解離性同一性障害という見解を最後まで貫き通し、知るはずのないことまで知っている果波(かなみ)の言動をこじつけとしか思えない説明で片付けていく磯貝(いそがい)の対比が面白い。そこには、どんな事象に対しても症例名を当て嵌めることの出来る現代の医学の矛盾と危うさが見える。

精神医学は科学であろうとするあまり、不可解な現象にも強引に説明をつけようとする嫌いはあります。現代の精神科医をタイムマシンに乗せて、イエス・キリストに会わせれば、目の前の青年は妄想性障害だと診断するでしょう。

言葉で説明できない出来事を何度も目にして、それによって、霊の存在へ傾倒しはじめる修平(しゅうへい)の姿は、特異でもなんでもなく、誰しもが持っている心の弱さだろう。そんな弱さに対して「情けないヤツ」と思わせない辺りが、病院の入院患者の間に起こった幽霊の話など、世の中で起きている不可思議な出来事にもしっかり触れている著者の構成の見事さなのだろう。

「生命の尊さ」という使い古されたテーマに、SF的ともオカルト的とも取れる不可解な要素と科学的見地からの要素を加えて、見事にまとめている。他の今までの高野和明作品にも共通して言えることであるが、その主張は世の中で言われていることと大きく隔たるものではない。本作品中で訴えられていることも結局は「命は大切」というよく言われることである。ただ、その伝え方に説教臭さは微塵も感じられない。読者は読み終えたあとには自らそのテーマについて深く考えようとするだろう。そこに高野和明の技術と個性が見える。

HLA
「ヒト白血球型:Human Leukocyte Antigen」で、その頭文字からHLAと呼ばれる。

群発自殺
ある自殺がセンセーショナルに報道されることにより、他の自殺が誘発され、流行的に自殺者が増えること。

希死念慮
死にたいと思うこと。自殺願望とは異なり、他人からはわかりづらい理由によるもの。

【楽天ブックス】「K・Nの悲劇」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
橋口雄一郎(はしぐちゆういちろう)はプロの結婚詐欺師、世の中の女性から巧妙にお金を騙し取ることを生き甲斐としている。東京・小滝橋の刑事、阿久津洋平(あくつようへい)のもとに、被害者である女性から被害届が提出されたことで橋口(はしぐち)に対する捜査が始まる。

物語は二人の目線を交互に切り替わりながら展開していく。ターゲットとなるお金のある女性と知り合うためにパーティに出向き、流行などの知識など自己啓発を怠らない橋口(はしぐち)の目線。そして橋口を逮捕すべく奔走する刑事のうちの一人、阿久津(あくつ)の目線である。

橋口(はしぐち)目線の展開の中では、橋口(はしぐち)の女性たちに向けた歯の浮くような台詞の数々とマメな連絡や演出の数々。それが現実世界で通用するのかは大いに疑問だが、恋愛から遠ざかっている読者の中には、「恋愛の駆け引きも面白そう」と感化されてしまう人もいるかもしれない。

その一方で、阿久津(あくつ)目線の展開の中では、被害状況や手口把握、証拠収集に奔走する刑事たちの様子が描かれ、その周囲には常に夢や希望の薄れたやり切れない現実的な空気が漂っている。そんな中で日々生きている刑事たちは、橋口に騙された女性たちが一様にそれを認めようとしない状況に少しずつ違和感を感じていくのである。

さらに阿久津(あくつ)に関しては、その家庭の様子も描かれている。家庭的な妻と一人の息子という、阿久津(あくつ)がかつては理想と思っていた家庭を築きながらも、刑事という職業を選んだために家に早く帰ることが出来ず、家庭には居心地のよさを感じられない。詐欺師でありながらも、その周囲には騙されているとうすうす気づきながらも活き活きとした女性たちが瞳を潤ませている橋口の生活との対比の見事さが、この物語のテーマに強い説得力を持たせているのだろう。

そして、矛盾した世の中、理解できない女性の気持ち。答えのない問いかけを阿久津(あくつ)は繰り返す。

──これが現実の生活なんだ。毎日、バラの花束を抱えて帰宅し、愛の言葉を連発し、常に、相手の瞳に映る自分を見つめている男など、この世の中のどこを探したって、いるはずがない。それなのに、女たちはどうして、「結婚」というひと言に、冷静さを失うのだろう。

そして、阿久津(あくつ)たちが橋口(はしぐち)の容疑を固めていく過程でも橋口(はしぐち)はターゲットを変えていく。そして新たにターゲットとされた一人の女性。それは自分の理想を貫くために阿久津(あくつ)の元を去った、かつての恋人であった。

君ともあろうものが気づかないのか。不倫ならまだましだ。相手は君の金だけが目的の、プロの結婚詐欺師なんだぞ・・・

刑事ゆえに犯人の逃亡のきっかけを作るような言動は許されない。昔の恋人の性格を知っているがゆえにその相手の男性を否定する言葉を口にできない。

この悲しい偶然とそれによる葛藤こそが乃南アサが本作品を書いた最大の理由なのだろう。この展開に触れたときにピンと来た。多くの著者は小説を書くとき、そこに何か訴えたいテーマを持っているのだと僕は信じている。(もちろんお金儲けのために大したテーマもなしに大量に出版し続ける作家もいるが)そのテーマが物語を通じて一貫している作品は、必ずそれを読む読者に何か深く考えるきっかけを与えてくれる。この作品も例外ではなかった。

結婚詐欺は犯罪、結論はもちろんそんな単純なものではない。この物語のテーマは、形も無く、人々の中で決して一様ではない「幸せの形」なのだろう。「幸せ」とは人と人の間に生じるものではなく、個々の内側にあるものだ。つまり相手がどう思っていようと、本人が幸福感に浸ることができればそこに「幸せ」は確かに存在するのである。

たとえこの物語の結婚詐欺士橋口(はしぐち)であろうと、彼は確かに彼は女性たちに「幸せ」を与え、女性たちも幸福感にい浸ることができたのだ。それを「悪」と一言で切り捨ててそのすべてから目を背けることが必ずしも正しいことなのだろうか。

ヴィスコース
木材の繊維を原料としたレーヨン系の天然素材。滑らかでやわらかい手触りが特徴で、 通気性にも大変優れ、コットンに比べて洗濯による傷みが出にくく、そのためいつまでも新しい素材感が愉しめるのが特徴。

ピアジェ
スイスの宝飾品と時計の高級ブランド。1874年、ジョルジュ・エドワール・ピアジェ(GeorgesーEdouard Piaget)が創業した。

プレーンノット
ネクタイの基本的な結び方。


参考サイト
ネクタイの結び方
Piaget

【楽天ブックス】「結婚詐欺師(上)」「結婚詐欺師(下)」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
政治的立場を利用して、女性に淫らな行為を働いた男性に対して、強烈な怒りと共に制裁に走った岬美由紀(みさきみゆき)。普段は冷静にもかかわらず時に暴走するその理由は一体なんなのか。美由紀(みゆき)の幼少期の真実が明らかになる。

起こるはずもないと思われる出来事で読者をひきこみ、物語中でその出来事についてはさりげなく解決してみせる、そしてそのころには物語中にどっぷり浸かっている。松岡圭祐がよくやる手法がこの物語でも健在である。

人の心を読むことができながら、恋愛経験が乏しいばかりに人の恋愛に関する意識だけは読むことが出来ない。「千里眼」シリーズでは過去何度もそういうシーンがあり、そこが非のうちどころのない主人公である美由紀(みゆき)に読者が親しみを覚える理由なのだろう。今回は、なぜ美由紀が恋愛経験が乏しいのか、という点に深く踏み込むことになる。

第2シリーズに入って展開がやや大人しくなっていたが、今回は自衛隊時代の美由紀の恋人で、第1シリーズの「ヘーメラーの千里眼」で重要な役どころを演じた、伊吹直哉(いぶきなおや)が多くのシーンに登場したのがこの作品をより常識はずれで、面白くしているのだろう。そうでなくとも、自衛隊という組織が絡むといつだって千里眼シリーズは面白くなる。なぜなら、自衛隊は日本でもっとも矛盾を孕んだ組織だからだ。今回はそんな自衛官、伊吹が語る言葉がもっとも印象的だ。

自衛官ってようするに、人殺しの候補ですからね。自衛隊は、幹部候補生だろうが一般学生だろうが、人型の的の眉間を撃ち抜く練習を積むし、突進していって人形の胸を銃剣でぐさりと刺す。自衛隊という組織で優秀だと認められたことはすなわち、侵略してきた外国人を殺すにあたり、極めて秀でているという国家のお墨付きを得たということです
目的は手段を正当化するんだよ。外国人が侵略してきたらその時点で戦争だから、殺してもいい。俺たちは自衛隊でそう教わっている。じゃなきゃ、俺たちはなんで十八歳から人殺しの訓練を受けてたってんだ?

物語は、人身売買などの問題も絡んで進んでいく。貧富の差がある限り、地球上から永久になくなることのない人身売買問題に改めて興味を持った。

物語中で、珍しく自信を失う美由紀は終始自分の孤独感に苛まされる。しかし、美由紀(みゆき)のように物事の大部分を自分で解決することができる人間は往々にして孤独なことが多い。これは仕方が無いことである。なぜなら、人は人間関係の中にいつだってギブアンドテイクを求めている。頼られてこそ、その人を頼っていいと誰もが思うのだ。つまり、人に頼ることのない人間は、人から頼られることも少ない。そうすると美由紀(みゆき)のような人間に頼ってくる人はいつだって本当に無力な人ばかり。それでは対等な人間関係は築けないのだ。そんなことが何故か物凄く理解できてしまう。

ヴェイロン
ブガッティ オトモビル SASが製造・販売するスーパーカー。(bugatti.com

トゥール・ダルジャン
1582年、パリ・セーヌの岸辺から始まり、各国の王侯貴族が集う美食の館としてフランス料理の歴史と伝統を育んできた店。パリに本店を持つ。世界唯一の支店である「トゥールダルジャン東京店」はホテルニューオータニの中にある。

ガンザー症候群
人格障害と関連性のある症状。曖昧な受け答えや前後の文脈と関係のない的外れな話をしたりする。

【楽天ブックス】「千里眼 美由紀の正体(上)」「千里眼 美由紀の正体(下)」

オススメ度 ★★☆☆☆ 2/5
第41回文藝賞受賞作品。実はドラマ「野ブタ。をプロデュース」は僕の大好きな作品。機会があったので原作にも触れてみることにした。

桐谷修二(きりたにしゅうじ)というクラスの人気者を演じる主人公が、いじめられっこの編入生、小谷信太(こたにしんた)、通称「野ブタ。」をクラスの人気者にするという物語。

クラスの人気者であり続けるために、クラスの仲間と冗談を言い合い、好きでもない学校のヒロインとお弁当を食べる。そんな修二(しゅうじ)は常に、「着ぐるみをかぶって生きている」と認識している。それは、自分を騙して、人間関係を上手く進めるために違う自分を演じ続ける。そんな世の中に多く存在する「素顔を晒せない人」を風刺しているようだ。

誰が何を考えていようと、社会の中でそれぞれ決められた役割を演じれば、何事もなく一日は過ぎていく。俺たちは生徒として席に着き、おっさんは教師として教壇に立つ。誰がどう見ても授業をしていることが分かれば、世の中は安心し、一日が成り立つ。大事なのは見テクレというヤツだ。
人気者にも必ずつぎはぎがあるものだ。所詮は一人の人間、全てが素晴らしいわけではない。そのつぎはぎをいかにうまく隠すか。凡人と人気者の差はそこにある。

映像化される作品の多くは「原作の方が面白い」と言われる。それはやはり登場人物の心情描写がしっかりされることと、映像化されることによって表面化する不自然さが少ないせいだろう。しかし、この作品に限ってはドラマの方がはるかにいい作品に仕上がっている。ただ、それでも思った。現実はきっとこの原作に近いのだろう、と。現実の「人生」はきっとこの物語のように、あるときを境になんの救いも希望も無く、転がり落ちていくのだ。それを恐れるからこそ、一度着ぐるみを着ることを選んだ人間は一生素顔を晒すことが出来ないのかもしれない。そう感じた。

【楽天ブックス】「野ブタ。をプロデュース」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
羽田国際環境水族館発展のために尽くしていた職員がある日、不慮の死を遂げた。そして3年後のその日、水族館宛てに脅迫メールが届く。古賀孝三(こがこうぞう)と深澤康明(ふかざわやすあき)を含む十数名の職員、関係者達は、水族館の未来を守ることを最優先事項としながら事態の解決を試みる。

物語は水族館と言うあまり馴染みのない場所で展開する。そのため物語を通じて普段知ることのできない世界の舞台裏を知ることができる。それは小説という媒体に限らず、物語に触れる中で得られる楽しみの一つであるが、同時に、想像しにくい舞台で物語が展開されるために、その臨場感が伝わりにくいというデメリットも孕(はら)んでいる。特にそれは、視覚に訴えることの出来ない小説という伝達方法で顕著に現れる。

さて、この物語において、一連の謎の解明にもっとも貢献するのは深澤康明(ふかざわやすあき)である。探偵モノのミステリーと同様に、彼の分析力と論理的なものの考え方、伝達力はこの物語の大きな見所と言えるだろう。ただ、他にも数名状況に応じて的確な考えを述べる登場人物がおり、深澤(ふかざわ)を含めた彼等の言動があまりにも的確すぎて、物語を意図的にある方向へ導いているような印象さえ受ける。(もちろん著者によって作られた登場人物が著者の意図した方向に物語を進めようとするのは当たり前なのだが)。その不自然さが登場人物の人間味を薄れさせているような気がする。

物語は終盤まで、犯人の脅迫メールに応じて職員が対応するという展開で進む。そのミステリーの中では非常にありがちな展開は読者をやや飽きさせることだろう。上でも述べたようにメインの数名以外の登場人物にあまり人間味が感じられないこともまた、物語の吸引力を弱めている要因の一つなのかもしれない。

このまま深沢(ふかさわ)が格好よく真相を解明して終わるのだろう、と思いながら読み進めていたが、終盤にきて、ぞくりとするような展開や台詞が待ち受けていた。ラストのわずか数ページが、この作品をどこにでもある退屈なミステリーとは一線を画す存在に変えているといっても過言ではない。それは前回読んだ石持作品の「月の扉」にも共通して言えることであり、これが石持浅海の個性なのかもしれない、と、二作目にして著者の輪郭が見えたような気がする。

夢を語ることは誰にでもできる。けれどそれを実現に導くのは周到な準備と、それに続く労力だ。実際にはなにもせずに、夢だけを語る人間のなんと多いことか。

ホーロー
金属(鉄)の表面にガラス質のうわ薬を塗り高温で焼き付けたもののこと。鉄のサビやすさ、ガラスのもろさというそれぞれの欠点を補う効果がある。

リーフィーシードラゴン
海水魚の一種。タツノオトシゴに似ている。(Wikipedia「リーフィーシードラゴン」)

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第7回大藪春彦賞受賞作品。

6年前に起こった幼児誘拐殺人事件の失態の責任を取って地方に退いた巻島史彦(まきしまふみひこ)は、神奈川県内で起きた連続児童殺害事件の捜査の指揮ために呼び戻された。巻島(まきしま)は状況を打開すべくテレビを利用した公開捜査に踏み切る。

物語前半は、連続殺人事件を題材としながら、テレビというメディアと、それに反応する大衆という方向への展開が、宮部みゆきの「模倣犯」を思い起こさせたが、中盤に差し掛かかる頃にはそんな気配も薄れ、この物語の独自性が際立っていく。

物語の視点は、現場捜査指揮官であり主人公の巻島(まきしま)とその上司にあたる課長の植草(うえくさ)の間を行き来する。2人という少ない視点であるがゆえに、その両者についての心情描写は深く掘り下げられ、同じ刑事と言う職業ながら、仕事に対するその対照的な姿勢が2人の個性をそれぞれ際立たせていく。巻島(まきしま)の事件に対する姿勢には執念や覚悟が、植草(うえくさ)の姿勢からは「本気」を嫌う現代の若者らしさがにじみ出てくる。そこにさらに、娘や昔の恋人とのやり取りを挟むことで、それぞれ人間らしさもしっかりと表現され、読者はさらに物語にひきこまれていくこどたろう。

描かれる刑事たちの地道な捜査と、それが進展しないことによって生じる刑事間の軋轢は、刑事と言う職業がドラマなどで描かれるほど、華やかでも格好良いものでもないということを伝えてくれる、この徒労感ともいえるような現場の空気は、小説と言う媒体だからこそここまでしっかりと伝わってくるものなのだろう。

そして、メディアを利用した「劇場型捜査」というこの物語の特長ゆえに、そこにテレビ局の視聴率獲得競争という側面も取り入れた点も、この物語の個性的な味付けの一つと言えるのではないだろうか。

その一方で、この物語の中ではテレビと言う多くの人が目にするメディアに姿を晒すことで、否応もなく多対一という状況になることの恐ろしさも描かれている。そして、犯罪者に対しても犯罪者に味方するものに対しても一切の言い分も許さず「悪」というレッテルを貼り、それを全否定する世の中の風潮や、「正義」という名の下には何をしても許されるという、世間が時々見せる危険な思想も取り入れられている。

犯罪被害者に非があるとは思わないが、世の中の事件において、犯罪を起こした者の事情が往々にして聞くに値しない言い訳のように扱われ、その切実な心情が一切汲み取られることなく、ただただ人道にもとる行為のみが一方的に非難されるのは一種の民衆ファッショであり、決していい風潮とは思っていない。

さらに、やり場のない被害者家族の心の怒りや悲しみや罪悪感を、どこかに導いてくれるような印象も受けた。

あの事件の犯人が誰であろうと、その人間はその後、本当に悲惨で悲惨で仕方がない人生を送っているんだろうと思います……間違いなく、そうなんだと思います

読み終えた雫井脩介作品は「火の粉」「虚貌」に継いで本作品で三冊目であるが、次第に心情描写の表現が多く、そしてリアルさを増してきたように感じる、それはつまり自分好みの作品になってきたと言うことだ。もう少し心を強くえぐる何かが文章中から感じられれば、ずっと読み続ける作家の一人になるだろう。

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オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
柿崎修(かきざきおさむ)、真壁陽介(まかべようすけ)、村上聡美(むらかみさとみ)の3人は、那覇空港で離陸直前の航空機をハイジャックした。沖縄のキャンプ仲間で不思議な力を持ちながら、警察幹部の陰謀によって不当逮捕された石嶺孝志(いしみねたかし)を奪還するためである。

ハイジャックを実行した3人がいずれもどこにでもいるような善良に市民であり、だからこそ殺人や一般市民を脅威に晒すことに対して人並みの罪悪感を抱く。ハイジャックされた航空機の中の描写は、そんな犯人の一人である聡美(さとみ)の視点で展開するからこそ、テロリストのハイジャックを扱ったような良くある作品にはない、この作品独自の面白さが際立つのだろう。

そして、この物語の中で何より魅力的なのは、偶然ハイジャック機に乗り合わせ、重要な役どころを担うことになった若い男性、通称「座間味くん」である。(むしろ彼が主人公のようにも感じる)。もちろん本作品がフィクションであるがゆえに容易に作り出せるキャラクターではあるだろうが、彼のようにどんな状況においても冷静に先入観を持たず、状況に応じて的確な決断が下せるような人間になりたいものだ。

物語は目的を同じくしながらも各々の採る手法の違いから、思わぬ方向へと進んでいく。そんな展開の中で通称「座間味くん」のつぶやいた言葉が印象的である。

思い出してほしい。他人からの悪意に耐えられるということは、他人への悪意を持つことができるということなんだ

また、本作品中ではあまりその人柄の描かれることのなかったカリスマ、石嶺孝志(いしみねたかし)の存在も読者を惹き付ける要素の一つだろう。一緒にいるだけでその人の心を少しずつ変えてしまう人間。そんな人に今まで僕は会ったこともないが、存在を否定するつもりもない。科学では説明できないなにかの力。それはいつだって僕の好奇心を強く刺激するのだ。

今回、石持浅海(いしもちあさみ)の作品に始めて触れた。題材のせいか、著者のポリシーのせいかはわからないが、本作品には、世間の見方を変える様な印象的なエピソードも、新たな物事を知るためのきっかけもほんのわずかしか含まれていなかったが、始めから終わりまで一気に読ませるその展開力は秀逸である。さらなる傑作を期待して、しばらく石持浅海の作品を注目していこうと思った。

泡盛
今から約500年以上前の琉球王国時代から作られている沖縄だけの特産酒のこと。

シェラカップ
キャンプ用品。食べ物にも飲み物にも使用できて軽量カップ代わりのも使えるもの。

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オススメ度 ★★★★☆ 4/5
小学六年生の主人公の上原二郎(うえはらじろう)とその父親の一郎(いちろう)の物語。二郎(じろう)は大きくなるにつれて、どうやら父親の一郎は普通の父親ではないと気づき始めた。実は父親の一郎(いちろう)は元過激派で、各地に数々の伝説を残している男だったのだ。

社会に合わす事をしない父親の一郎(いちろう)が学校や警察と揉める過程で、そんな特異な環境に育っている二郎(じろう)の気持ちと、それを取り巻く大人たちの考え方が描かれる。ありがちな考え方から、極端な思想まで様々で、思想形成過程の二郎(じろう)たちは漠然と世の中の矛盾や複雑さを理解していく。そしてその端々で大人たちもまた葛藤していく。

あのね、人にはいろんな意見があって、それは尊重するべきなんだけど、上原君はまだ六年生なんだし、一つの色に染まっちゃいけないと思うの。
通学路しか通っちゃいけないなんて、明らかに意味のない決め事でしょ。国は国民を、大人は子供を、それぞれ管理したいだけなんだから。
協調性も大事ですが、悪いことに協調していては意味がありません。

そんな二郎(じろう)の成長と並行するように、一郎(いちろう)を取り巻く環境から世の活動家についても触れている。

革命は運動ではない。個人が心の中で起こすものだ。集団は所詮、集団だ。権力を欲しがりそれを守ろうとする。個人単位で考えられる人間だけが、本当の幸福と自由を手にできるんだ。
左翼運動が先細りして、活路を見出したのが環境と人権だ。つまり運動のための運動だ。ポスト冷戦以降、アメリカが必死になって敵を探しているのと同じ構造だろう
いい大人がろくに仕事もしないで、運動を生きがいにしているんだから。働かないことや、お金がないことや、出世しないことの言い訳にしている感じ。正義を振りかざせばみんな黙ると思ってる。

前半部分では口先だけの父親という描かれ方をしていた一郎(いちろう)が、後半部分では行動も伴ってきたため、その言葉が強く二郎の心に響くようになる。

平等は心やさしい権力者が与えたものではない。人民が戦って勝ち得たものだ。誰かが戦わない限り、社会は変わらない。
世間なんて小さいの。世間は歴史も作らないし、人も救わない。正義でもないし、基準でもない。世間なんて戦わない人を慰めるだけのものなのよ
負けてもいいから戦え。人とちがってもいい。孤独を恐れるな。理解者は必ずいる。

いつか子供ができたとき、どんな風に世の中の必要性と、その一方でその不要性を教えるべきか考えさせられた。ただ、思ったのは、この物語で描かれている二郎(じろう)や妹の桃子(ももこ)を含めた子供達のように、世間の大人たちが思っているよりもずっと、子供達は賢く、外に出ていろんな人や物事に触れ、経験し、時には怪我をしたりして、世の中の仕組みを理解していくのだろう。そして、その機会を逃した人間が、学歴、マイホームといった、小さな尺度でしか物事を考えられない人間になり、退屈な世の中を作っていくのかもしれない。ということ。

こんな言葉で生き方を教えてあげたい。と思わせる台詞がたくさん詰まっている一冊である。

サーターアンダーギー
砂糖を多めに使用した球状の揚げドーナツ。(Wikipedia「サーターアンダーギー」)

警備部
各都道府県警察本部に存在する部署のこと。主に思想的背景のある犯罪者や、テロリストへの対処、暴動鎮圧や災害対策、要人警護、各種情報・調査活動等を担当する。(Wikipedia「警備部」)

外事課(がいじか)
日本の警察組織の1部局。たいていは各道府県にある警察本部の警備部の下に置かれ、公安警察の末端を担う。ただし、東京都は例外で、警視庁公安部の下に置かれている。主に海外の過激派、スパイの逮捕を目的としている。(Wikipedia「外事課」)

幇助
実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易にする行為一般を指す。物理的に実行行為を促進する行為はもとより、行為者を励まし犯意を強化するなど心理的に実行行為を促進した場合も幇助となる。(Wikipedia「幇助」)

パイパティローマ
波照間の南に存在するという伝説の島。

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