2006年9月アーカイブ

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
第17回吉川英治文学新人賞受賞作品。10年ぶり2回目の読了である。

幼い息子を海で亡くした監察医の安藤満男(あんどうみつお)は謎の死をとげた友人、高山竜司(たかやまりゅうじ)の解剖を担当する。冠動脈から正体不明の肉腫が発見されたことで、その原因に興味を抱くことになる。

この物語はもちろん前作「リング」を読んでこそ楽しむことができる。「リング」と比較すると読者に恐怖心与える箇所は少ないだろう。DNA、塩基配列など瀬名英明の「パラサイト・イヴ」と似た理系的な物語の印象を受ける。未だ解明できていない科学的な分野を巧妙に利用し、非現実的な出来事を説明しながら展開していく。

現代の科学では根本的な問いには何ひとつ答えることはできないんだ。地球上に最初の生命がどのようにして誕生したのか、進化はどのようにしてなされるのか、進化は偶然の連続なのかそれとも目的論的に方向が定まっているのか・・・様々な説はあれども何ひとつ証明はされていない。

ストレスが胃壁に穴を開ける例などを挙げて、質量を持たない心の状態が肉体に様々な影響を与えるという前提で物語は構築されている。

人間の眼は恐ろしく複雑なメカニズムを持っている。偶然、皮膚の一部が角膜や瞳孔へと変化し、眼球から視神経が脳に延び、見ることになったとは到底考えられない。見たいという意思が生命の内部から浮上してこなければ、ああいった複雑なメカニズムなど形成されるはずがない。

一部の展開には「そうかもしれない」と受け入れられ、人間の新たな可能性に心を刺激されるが、一部では大胆すぎる発想に受け入れ難い箇所もあった。そして、「リング」で作り上げられた山村貞子(やまむらさだこ)の崇高な印象も本作によって大きく修正せざるを得なくなる。「リング」との繋がりに対しても違和感を感じずにはいられない。

また、本作品からは「リング」のようなテンポの良さは感じられない。著者があとがきでも「これほど苦労した作品はない」と書いているが、読んでいても感じられる。それは無駄に長く、受け入れ難い展開として読者に伝わってしまうだろう。

終盤は話を大きくしすぎて「なんでもあり」のような印象を受ける。それによって前作「リング」と本作の途中まで読者に抱かせていた「どこかで現実に起こっているかもしれない」という気持ちから来る恐怖心があっけなく壊されてしまっている点が非常に残念で、本作品の評価を落としている気がする。もちろん、現在の僕にはこの不満が「ループ」によって見事に払拭されることを知っているのであるが、「リング」「らせん」と読み終えた読者の多くは同じような感想を抱くことだろう。

【Amazon.co.jp】「らせん」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第26回吉川英治文学新人賞受賞作品。第2回本屋大賞受賞作品。

高校生活最後を飾る「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統の行事である。互いに意識し合う西脇融(にしわきとおる)と甲田貴子(こうだたかこ)の2人も各々いろいろな想いを抱えながら高校最後の「歩行祭」がスタートする。

物語の視点は融(とおる)と貴子(たかこ)に交互に切り替わる。それぞれの目に映るもの、記憶、友人達との会話、気持ちの描写だけで物語は展開されていく。

スタートしたばかりの前半は余裕から会話も弾む。転校していった友達の話。学校内で広がっている噂話。友人の恋愛の話。そして、そんな中で3年生である融(とおる)や貴子(たかこ)は歩行祭が人生で得難い機会であることを実感している。

みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。 どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね。

物語中盤からは、距離を歩いたことで疲労が増しそれぞれが無駄な会話を辞め、夜が訪れると共に気持ちが昂ぶり、本当に語りたいことを語り始める。そして人の言葉に対しても自分を偽らない素直な反応しかできなくなる。

学生時代の部活の合宿や、旅行の夜の妙な高揚感を思い出す。人の気持ちを素直にさせるのは非現実的な環境なのかもしれない。

そして、そんな状況で、普段言えないことを素直に口に出した、融(とおる)や貴子(たかこ)の友人達の言葉が心に残る。融(とおる)の友人の忍(しのぶ)、貴子(たかこ)の友人の美和子(みわこ)は物語の中で特に重要な役割を果たしているように感じる。

雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上りきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ、雑音だって、おまえを作っているんだよ。おまえにはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。

高校生の恋愛感についても鋭い視点が見える。僕が中学生の頃に感じていた恋愛感、周囲の女性達に感じていた違和感。例えばそれは恋に恋する気持ちだったり、思い出として恋愛したい気持ちだったりする。それらの感情を融(とおる)や忍(しのぶ)が代弁してくれているようだ。

何か変だよ。愛がない。打算だよ、打算。青春したいだけだよ。あたし彼氏いますって言いたいだけ

物語は歩行祭の80キロの道のりのみを描き、言い換えるなら登場人物はひたすら歩くだけである。それでも思い出や気持ち、友人達との会話を巧妙に織り交ぜて読者を飽きさせることがない。大人になってからはめったに味わうことのできない懐かしく甘い気持ちにさせてくれる作品だった。「六番目の小夜子」「ネバーランド」に代表されるように、恩田陸のこの世代を主人公とした作品にはいい作品が多いが、そんな中でも最もオススメの作品になった。

【Amazon.co.jp】「夜のピクニック」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
10年ぶり2回目の読了である。初めて「ループ」を読んだときの衝撃をもう一度味わいたくて、三部作(「リング」「らせん」「ループ」)を最初から読み直すことにした。

出版社に勤める浅川和行(あさかわかずゆき)は姪の死をきっかけに、同じ日のほぼ同じ時刻に起こった4人の男女の突然死に興味を抱く。4人に共通した行動を洗い出すうちに、4人が死んだ一週間前の夏休みに貸し別荘に宿泊していたことを突き止める。そして、その場所に赴いた浅川(あさかわ)は1本のビデオテープと出会う。浅川(あさかわ)は友人の高山竜司(たかやまりゅうじ)と共にビデオテープの真相に迫る。

物語の中で視点は常に移り変わる。それぞれの登場人物の恐怖に対して抱く気持ちは、誰もが身に覚えのあるもので非常に共感できる。そして、そんな心情描写によりすぐに物語にひきこまれていった。

また、物語中では随所に科学では説明できない小さな出来事が散りばめられており、読者の心の中には非現実的なものを受け入れる体制が作られていくだろう。そのため読み進めるうちに嫌でも心の中にある恐怖心は膨らんでいく。

捜査員も含めあの場所にいた人々の間に広がった雰囲気。それぞれ似たりよったりのことを考えているにもかかわらず、そして、そのことが喉まで出かかっているというのに、誰ひとり言い出そうとしない。あの雰囲気。一組の男女がまったく同時に心臓発作で死亡することなどありえないのに、医学的なこじつけで自分を納得させてしまう。

人の恐怖に対する行動を見事に表現しているように感じる。特に竜司(りゅうじ)が語るこの2つの言葉は初めて読んで10年以上経過した今でも頭の中にしっかり残っている。

高校の頃、陸上部の合宿中、あの野郎、部屋に飛び込むなり、顎をがくがく揺らせて『幽霊を見た!』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。怪奇映画とかテレビの世界だと、最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物に襲われて・・・、というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼の話を信じたんだ。十人ともな。
オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れられる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。

物語は無駄な箇所を一切省いてテンポ良く進んでいく。そんな中、ビデオテープの謎を解明する浅川(あさかわ)と竜司(りゅうじ)の行動には、ホラーの登場人物にありがちな「愚かさ」は微塵も感じさせない。むしろわずかな映像から的確に判断して少しずつ真実に近づいていく過程はこの物語を面白くさせている大きな要素と言えるだろう。

物語中盤で、山村貞子(やまむらさだこ)という超能力者の存在が浮かび上がる。そして、貞子(さだこ)からも超能力という特異なものを持ってしまったこと以外は夢を追う普通の女性の生き方が感じられ、共感していくだろう。

ドラマや映画で脚色された「リング」の物語が一人歩きする中、やはり原作が一番だということを改めて感じた。一番の違いは山村貞子(やまむらさだこ)が「恐怖の対象」というよりも、「並外れた能力を持ったがゆえに普通の人生を送ることができなかった可哀想な女性」として描かれている点である。間違ってもテレビの中から這い出てくるような真似はしない。

天然痘
感染すると9〜14日の潜伏期の後に、突然の高熱、頭痛、背および四肢の強直と特徴的な腰部の激痛で発病する。3日ほどで一旦解熱するが再び発熱し多数の痘疹を伴い激烈な痒みと痛みを訴える。この時期を乗り切れば、一生免疫が得られるが死亡率も高い。世界的に種痘が廃止された現在、およそ30歳以下の人は天然痘に対する免疫がなく感染すれば、死亡率は30〜400%に達すると考えられている。

睾丸性女性化症候群
外見上は全く女性であり、ごく普通の女性として育ち結婚して不妊治療などで病院を訪れて発覚するケースがほとんどである。遺伝子的には完全に男性であるが、何らかの原因で男性化が働かず人間の体の基本形である女性型のまま生まれそのまま女性として育ったもの。子供が産めないことをのぞけば完全に女性である。

【Amazon.co.jp】「リング」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
日本洋画界の大御所、高岡荘三郎(たかおかそうざぶろう)が死んだ。主人公であり修復家の栗本成美(くりもとなるみ)は、高岡邸に保管されている、状態の悪い絵画を、市場に出回るために修復することになった。修復の過程で成美(なるみ)は、高岡(たかおか)の元に弟子入りして、3年前に自殺した昔の恋人の存在を強く意識することになる。

この物語は常に成美(なるみ)の視点で描かれている。修復家という一般的には馴染みのない職業の中に、大きな夢を追いながらもあるとき自分の才能に見切りをつけ、相応の居場所を見つける人たちの生き方が見える。

また、筆のタッチから描いた人が同一人物かどうか見極めようとする成美(なるみ)の絵画に対する観察力などはとても新鮮に映った。成美(なるみ)が真実に迫る過程で、売るためだけに書く売り絵の存在。絵画界の狭さ。世間が上下させる絵画の価値など、普段触れることのない絵画の世界を知ることができた。

全体的には、じわじわと核心に迫る前半部分とは対照的に、最後は拍子抜けするような展開だったと感じた。後半部分で触れている病気に犯された男女の変わった愛の形は、この物語の表面的な心情描写だけでは到底理解し難いものだった。篠田節子の作品に触れるのは「女たちのジハード」「ゴサインタン」に続いて3作目だが、未だ共通するような個性を感じることはできない。

粟粒結核
大量の結核菌が血流を通して全身に広がった結果起こる結核で、命にかかわる病気。「粟粒」と呼ばれるのは、体中にできる数百万個もの小さな病巣が、ちょうど鳥の餌の粟(あわ)と同じ大きさだからである。

【Amazon.co.jp】「贋作師」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
1980年、運送会社を経営する一家が襲われた。社長夫妻は惨殺され、長女は半身不随、長男は大火傷を負う。間もなく、解雇されたばかりの三人が逮捕されて事件は終わったかに見えた。それから21年、事件の主犯とされていた荒勝明(あらかつあき)の出所をきっかけとして再び悲劇は起こる。

この物語の視点はさまざまな登場人物に切り替わる。襲撃を企てる若者たち、事件を追う刑事たちなど、それによって多く人物の心情が描写されている。自分とは全く考えの違う人物の気持ちに対してもところどころ共感できる部分があるだろう。その視点の多さに、最初は誰が主人公かすらわからないかもしれない。

襲撃を企てる若者たちの間に共通の意識として上った「人を殺したら人間として成長する」という考え方は否定できないものを感じた。事の善悪は別にして実行するまでに強い気持ちを必要とする行動は、達成すれば後に大きな自分の財産になるだろう。もちろんだからといって僕は犯罪に手を染めるつもりなどない。

物語のテーマは「顔」。そう一言で表現しても言い過ぎではないだろう。それぐらい「顔」に関連する内容が多々見られた。事件を追う滝中守年(たきなかもりとし)は人の顔を憶えるのが苦手な刑事。守年(もりとし)の人を見る目。それは顔よりも立ち振る舞いや全体的な風貌、雰囲気でその人間性を判断する考え方である。非常に自分に似ているものを感じた。

また、守年(もりとし)と共に行動することになる刑事、辻薫平(つじくんぺい)は顔の青痣をコンプレックスとして抱え、それが鬱病の原因となっているという。その他にも、似顔絵作成、醜形恐怖症、カバーマーク、整形手術、人口皮膚など、何度も顔について触れている。

守年(もりとし)の娘でありアイドルの滝中朱音(たきなかあかね)の生活と心情の描写には、芸能界が人を惹きつける理由と、そこで生きる厳しさを感じる。そして朱音(あかね)は自分の顔の醜さに悩む。

私は本当にこんな顔をしているのか?こんな醜い顔を・・・。ひどい。なぜ今まで気づかなかったのだろう。自分の顔は顔の形を成していない。

そういえば僕も中学生の頃は鏡で自分の顔を眺めては人生の不公平を恨んだりしたこともあったっけ。そんな昔のことをつい思い出してしまう。

そんな中で、辻(つじ)のセラピストである北見宣之(きたみのぶゆき)先生の話は特に興味深く心に響くものがある。

心とは切り離されたところに顔は存在している。いや、心が独立して存在していると言った方がいいでしょう。顔などというのは世の中を渡っていくための認識票に過ぎない。素顔でも化粧でも整形でも、自分に都合のいい仮面をつければいい。

心を表情に表さない人が多い日本社会の中だからこそ、「顔は仮面」と言い張れるのだろう。また、前向きに生きるためであれば、整形手術という手段もまた偏見を抱かれることなく認められるべきだと改めて感じた。

自分が思っている顔、人から見える顔、顔が心に与える作用、表情の重要性など、「顔」についていろいろ考えさせられた。前回読んだ雫井脩介作品の「火の粉」が注目を浴びている割に満足の行く内容ではなかったので、今回もあまり期待しないで読み始めた。しかし、この物語は展開にやや強引さを感じなくもないが、しっかりとテーマを含んだ作品に仕上がっていた。「火の粉」よりはるかに評価できる作品であった。

醜形恐怖症
自分の顔の表情が人から変に思われていると気になってしまう症状。

参考サイト
飛騨川バス転落事故

【Amazon.co.jp】「虚貌(上)」「虚貌(下)」

オススメ度 ★★★★★ 5/5
第6回山本周五郎賞受賞作品。9年程前に初めて読んで以来、今回で4回目の読了である。

休職中の刑事、本間俊介(ほんましゅんすけ)は、遠縁の男性からの依頼により、その男性の失踪した婚約者関根彰子(せきねしょうこ)の行方を探すことになった。本間(ほんま)は関根彰子(せきねしょうこ)の過去を知る過程で、別の一人の女性の存在を知るとともに、社会が作り出した悲しい現実と向き合っていくことになる。

この物語は常に本間(ほんま)の目線に立って進められていく。捜索の過程で見せる本間(ほんま)の人間観察眼に驚かされる。

物語は関根彰子(せきねしょうこ)の失踪した理由に絡んで、カード破産という社会問題に触れる。今の社会で便利に生きるうえでは必要不可欠なクレジットカード。紙一重の場所にあるカード破産という現実。二十歳かそこらの若者に一千万も二千万も貸す業者がいる現実。クレジットカードを利用している人のうち一体どれほどの人がその現実を理解しているのだろうか。そんな問いを自分自身にも投げかけるとともに、教育の在り方まで考えさせられてしまう。破産に追い込まれるような人たちに対してつい抱きがちな先入観は読み進めていくうちに薄れていくことだろう。

僕自身は、この社会問題だけがこの物語が訴えようとしているものではないと強く感じる。なぜなら登場人物たちの台詞や考え方が心を強くえぐるからだ。まるで直視したくない人間の心の中を見せ付けられるているかのようだ。

関根彰子(せきねしょうこ)の幼馴染みでもある、本多保(ほんだたもつ)の妻、郁美(いくみ)は突然友人からかかってきた電話にこんな感想を抱いた。

たぶん、彼女、自分に負けている仲間を探していたんだと思うな。会社を辞めて田舎へ引っ込んだあたしなら、少なくとも、東京にいて華やかにやっているように見える自分よりは惨めな気分でいるはずだって当たりをつけて

階段から落ちて死んだ関根彰子(せきねしょうこ)の母親。この事件を担当した境(さかい)刑事は母親の当時の気持ちをこう見ている。

酔っ払って、危ないからやめろといわれても、この階段を降りてたんですよ。それはね、そうやって何度か降りていれば、そのうち、どうかして足が滑って、パッと死ねるんじゃないか、そんなふうに考えてたからじゃないかと思うんですわ

そして物語後半では、破産だけでなく、そこに至る人間の心情にまで触れている。お金もなく、学歴もなく、能力もない。そういう人は昔は夢を見るだけで終わっていたのに、今は夢が叶ったような気分になれる方法がたくさんある。エステや美容整形や強力な予備校、ブランドなど、そして見境なく気軽に貸してくれるクレジット。世間のそこかしこに夢を見る人を待ち構えて「罠」が仕掛けてあるのだ。自分がそんな世の中の「罠」にかからないからといって、夢を見て「罠」にかかって人生を転げ落ちていく人たちを「愚か」と一言で片付けられるのだろうか。

どうしてこんなに借金をつくることになったのか、あたしにもよくわかんないのよね。あたし、ただ、幸せになりたかっただけなんだけど。

読み進めるうちにもう一人の女性の人物像も次第に明らかになっていく。彼女の背負っている過去は、不自由なく暮らしている僕等のような人間には到底理解できるものではない。彼女の発したこんな台詞がそのことを伝えてくれるだろう。

どうかお願い。頼むから死んでいてちょうだい、お父さん。

本間(ほんま)と同様に読者の多くもこの犯人と思われる女性を嫌いにはなれないのではないだろうか。むしろ、その強く孤独な生き方に感心するかもしれない。

わたしのところに遊びに来て、帰るときはいつも、じゃ、またねと言ってたんです。手を振って、また来ます、と。だけどあの時だけは、そうじゃなかった。さよなら、と言ったんです。わざわざ頭を下げて、さよならと言って帰ったんです

彼女は礼儀正しく優しい女性だったのだろう、人の心を思いやれる人間でもあっただろう。そして社会の犠牲者だった。辛い想いをたくさんしたからこそ彼女は強い心を育み、悲運な運命と決別する道を選んだ。彼女を一方的に責めることなどできやしない。彼女の心情を最後まで読者の想像に委ねたこの物語のラストが好きだ。

本間が携帯電話を持っていないあたりなど、初めて読んだときには感じなかった時代の違いを今は感じるが、何度読んでもこの物語から受ける衝撃は健在である。全体的には、カード破産という社会の問題を訴えているようにも取れるが、僕は、人間の醜い部分がじわじわ染み出してくるような印象を毎回受けるのである。

特別養子制度
従来の普通養子制度では、養子縁組をしても、実方の父母との関係は残っており、父母が養父母と実父母二組いることになっていたが、特別養子縁組をすると父母は養父母だけになる。

割賦
分割払いのこと。

買取屋
多重多額債務に苦しむものを助けるといって近づき、クレジットカードを作らせ、カードで買い物をさせたうえで、その商品を質屋などで換金して手数料を取る業者のこと。

利息制限法
貸金業者の金利を制限する法律。貸金業者の貸付金利の上限を、元本10万円未満は年率20%、元本10万円以上100万円未満は年率18%、元本100万円以上は年率15%と定めている。これを破っても罰則規定はないため有名無実化しており、現在、利息制限法を守っている貸金業者はほとんど存在しない。

出資法
年利29.2%を超える利息で金貸し業を営む事を禁止している法律で、違反すると5年以下の懲役又は3000万円以下の罰金が科せられる。

参考サイト
出資法と利息制限法について


【Amazon.co.jp】「火車」

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
2000年7月から9月まで日本テレビ系で放送されたドラマの原作である。ドラマの記憶が薄れた今になって、ようやく小説という形で改めてこの物語を味うことにした。

各地で連続幼児失踪事件が発生する中、世田谷区と川崎市高津区の県境で幼児誘拐事件が発生した。警視庁捜査一課特殊犯捜査係の主人公有働公子(うどうきみこ)は被害者宅に派遣される。事件発生から二週目に入ったとき、公子(きみこ)の携帯電話に犯人から直接電話がかかってくる。「お宅の息子さんを預かっています。一億円をあなたの手でこちらに届けてください」と。公子(きみこ)は息子を取り戻すために、犯人のみならず警視庁4万人を敵に回すことになる。

物語が進む過程で、事件を見つめる視点は常に切り替わるため、登場人物によってはその過去の描写から現在の人格形成の原因が見える。特に主犯の澤松知永(さわまつともえ)や、同じ犯行グループのチャイニーズ系タイ人であるグレイ・ウォンが犯罪に手を染めるまでの過程には、家庭などの生まれ育った環境が人格に与える影響や、現在の日本及びタイなど東南アジア諸国が抱える社会問題が見えてくるようだ。

中でも日本の臓器移植法があるためにこの犯罪が成り立つという考え方が印象的である。脳死と臓器移植について改めて考えさせられ、臓器売買という現実にも目を向けさせられる。

腎臓や肝臓疾患で苦しむ日本人の患者。中でも先天的な障害を持つ子供の場合、親はどんなに高い金を払っても子供に健康な臓器を移植させたいと願うが、臓器提供者は少なすぎる。親は闇ルートに頼ってでも何とかしたいと考える。

また、犯罪捜査の過程で繰り広げられる神奈川県警と警視庁の縄張り争い、ライバル意識もまた物語を面白くさせている一つの要素だろう。

気がつけば、母親として息子を取り戻そうとする公子(きみこ)よりも主犯の知永(ともえ)の冷静に物事を分析する目やその感情に非常に興味を覚えながら読み進めていた。

物語の展開から、それぞれ登場人物の心情の描写、各国の社会問題まで、最後まで読者を飽きさせることがない要素が充分に詰まった作品に仕上がっている。

ペドフィリア(pedophilia)
精神医学用語で異常性欲の一つ。幼児を性的欲求の対象とする性的倒錯。小児性愛。この性質を持つ人を、ペドファイル(pedophiles)という。

【Amazon.co.jp】「リミット」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
本作は6つの物語から構成されている。どの物語もF県警捜査第一課のに所属している警察職員を中心に繰り広げられるため、視点はそれぞれの物語で異なるものの、登場人物は同じである。

物語ごとに視点を変える手法は、同じ著者の作品「半落ち」を思い出させる。その手法によって登場人物の内面、外面がしっかり描写されているように感じる。その中でも特に個性が際立つのは強行犯捜査係の3人の班長達である。一班の朽木(くちき)、決して笑顔を見せない男。二班の楠見(くすみ)、冷血で女性を執拗までに憎む男。三判の村瀬(むらせ)、事件を直観力で見抜く男。

さすがに警察小説を描かせたら横山秀夫は上手い。新聞記者への対応、班同士の競争意識、被疑者との駆け引き、そして警察職員の正義感などでが見事に描かれている。個人的には被疑者との駆け引きで自白に追い込む場面が好きである。6つの物語のなかでもタイトルにもなっている「第三の時効」が特に気に入っている。

この作品の登場人物達のような頭のキレる人間が実在するのなら、実際に会ってその刺激を肌で感じてみたいものだ。

容疑者
マスコミ用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。

被疑者
法律用語での犯罪の嫌疑を受けているものをいう。

ハルシオン
医薬品。睡眠薬の名称。入眠剤として使われる。健忘を起こす副作用がある。作用時間は「超短時間型」。ハルシオンを大量投与して寝るのを我慢するとトリップできると言う話が出回って悪用する人が出たため、この薬を出したがらないところも多い。この薬を飲むと、寝ている間に起こった出来事を覚えていないという副作用がおこることがあるので注意が必要。

ポリグラフ
血圧、心電、心拍、呼吸、皮膚抵抗など生体のさまざまな情報を電気信号として計測し、記録する装置であり、「多現象同時記憶装置」のことである。一般的には嘘発見器(うそはっけんき)と同一視されることが多いが、手術室で術中の患者監視装置として使われるほか、医療分野で広く用いられている。

【Amazon.co.jp】「第三の時効」

オススメ度 ★★★☆☆ 3/5
人間魚雷「回天」。発射と同時に死を約束される極秘作戦が、第二次世界大戦の終戦前に展開されていた。主人公の並木浩二(なみきこうじ)は甲子園優勝投手として期待されてA大学に入ったもののヒジの故障のために大学野球を棒に振った。そして抗うことのできない戦争という時代の流れに飲み込まれ、回天への搭乗を決意する。それまでの経緯を描いた物語である。

戦争に青春を奪われた並木(なみき)達の気持ちがよく描かれている。「生」への希望と、仲間たちと一緒に死ななければならないという気持ちの葛藤。特に並木(なみき)の、故郷で待つ恋人の美奈子(みなこ)からの手紙に返事を書くことができない気持ちは理解できる。

手紙で優しいこと言って、喜ばすだけ喜ばして、それで後はどうする──嫁さんにしてやれるわけでもないんだぞ

野球と言うスポーツでさえも軍部から敵性語を使うなと迫られ、「ストライク」が「よし」に「アウト」が「だめ」とか「ひけ」に変えられようとしている戦時下でも、日本の軍国主義に染まらない人達の中に日本の将来への希望が見えるような気がする。並木を含めたA大野球部の部員たちが溜まり場としていた「喫茶ボレロ」のマスターは言った。

僕はね、スペインへ逃げようと思ってる。一度捨ててもいいと思うんだ。今の日本という国は

また一方では、軍国主義に染まりつつあることを実感しながらも並木(なみき)も友人の前で言った。

日本は降伏して一からやり直すべきだ。一億総玉砕などということにならないうちに。今ならまだ間に合う。

こういう周囲の考えに流されずに客観的に日本を見つめる目を持っている人たちが戦後の日本を支えてきたのではないだろうか。この物語はフィクションであるが、こういう考えを持っていた人達が実際に存在していたと信じる。僕も、周囲の人達が何を叫ぼうとも何を主張しようとも、周囲に流されずに真実を見つめる目と強い意志を持ち続けていたいものだ。

そして今まで嫌悪感を抱いていた「特攻」という行動に対する考え方も大きく変えざるを得なくなった。きっと自分もあの時代に生き、並木(なみき)と同じ状況下に置かれたなら「回天」への搭乗を志願していたに違いない。それは愚かな行動などでは決してない、そして特別に勇気ある行動でもない、単に恋人や親や兄弟を守りたいという純粋な気持ちから生まれた自然な行動だったのだと感じた。

全体的には、残念ながら描写が薄くリアルに伝わって来ない印象を受けた。横山秀夫が他の作品で見せる持ち前の臨場感はどこへ行ったのか。特に回天に乗り込んだ並木(なみき)の気持ち、目に見えるもの、思い出したもの、死を受け入れた瞬間の様子をもっと繊細に描いて欲しかった。第二次大戦中の出来事を描くのだから仕方がないのかもしれない、実際に経験したわけではないのだから仕方がないのかもしれない、しかし横山秀夫ならそれを補った描写をしてくれると期待していただけに残念である。

それでも僕は、この感想を書きながらCDチェンジャーに収まっているラヴェルのボレロを聴いた。並木浩二(なみきこうじ)の思い出の曲だ。

参考サイト
回天特攻隊

【Amazon.co.jp】「出口のない海」

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