2006年8月アーカイブ

オススメ度 ★★★★★ 5/5
1985年8月12日、日航ジャンボ機が群馬県の御巣鷹山に墜落した。一瞬にして520人の命が散った。この物語は群馬県の地元紙である「北関東新聞」でその当時日航機墜落事故の全権デスクを務めた主人公の悠木和雅(ゆうきかずまさ)が、その17年後の群馬県の最北端にある衝立岩登攀(ついたていわとうはん)の際、当時の事故の報道に奮闘する自分の姿を思い起こす。そんな回想シーンを主に描いた作品である。

この物語自体は勿論フィクションであるが、1985年8月12日に起こった日航機墜落事故は事実である。当時僕は小学校3年生だった。事故の大きさも悲惨さも理解できなかったあの頃の僕の中にも、生存者が会見に応じるシーンを映したテレビ画面はうっすらと記憶として残っている。

そしてこの物語は、当時僕が知ることのできなかった事故の大きさや悲惨さを教えてくれた。

若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと小さな女の子を抱きかかえていた。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかった──。

また、著者自身が12年間の記者生活を送ってきたからこそ描けるのであろう。新聞社同士の報道合戦、社内の派閥争い、部署間の縄張り争い、記者のプライド、紙面展開など、新聞社の内部の様子が綿密に描かれ、非常にリアルに伝わってくる。

特に、主人公の悠木(ゆうき)の組織に属する人間として抗うことのできない人間関係に挟まれた無力感、報道に関わる人間としての使命感、地元紙の在り方について考える姿、事実と確信が持てない情報の紙面化に葛藤する姿には読み進めていくうちにどんどん惹き込まれていく。

そして物語終盤では「命の重さ」という人間として生きていくうえで避けられないテーマについて触れている。

どの命も等価だなどと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押しつけてきた。
偉い人の死。そうでない人の死。
可愛そうな死に方。そうでない死に方。

メディアの在り方だけでなく、人間の命に対する受け止め方についても改めて考えさせられた。勿論すべての命は等価でなくてはならない、しかし僕等にはそういう扱いができているだろうか。

私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても

残りのページ数が少なくなるのが惜しかった。この、心を深く刺激する時間にもっと没頭していたかった。本を読んでいてこんな感情を抱く機会はそれほど多くあることではないだろう。

玉串(たまぐし)
神道の神事において参拝者や神職が神前に捧げる、紙垂(しで)や木綿(ゆう)をつけた榊の枝である。杉の枝などを用いることもある。

参考サイト
日航機墜落事故で亡くなった人の遺書とメモ書き
墜落現場・御巣鷹の尾根、85年8月13日
生存者の一人・落合由美さんの証言
生存者救出映像(YouTube)

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