「顔 FACE」横山秀夫

オススメ度 ★★★★☆
2003年4月にフジテレビ系で放送されていたドラマ「顔」の原作である。当時、ドラマを途中まで見ていたのだが、仕事が忙しくなって終盤は見ることが出来なかった。結末を知りたかったのと、心の描写を合わせて読みたかったのでこの本を手に取った。ちなみにドラマの中では主人公である平野瑞穂(ひらのみずほ)役を仲間由紀恵(なかまゆきえ)が演じていた。ドラマで共演していたオダギリジョーの西島耕輔(にしじまこうすけ)という役は残念ながら原作には登場していなかった。
物語は警察という縦社会、かつ男性社会の中で、犯人の似顔絵描くことを仕事のひとつとしている平野瑞穂(ひらのみずほ)を描く。女だからといって男性から差別されることに対する嫌悪と、女であるがゆえに男にはない「やさしさ」や「甘え」がときおり現れる。そんな瑞穂(みずほ)の人間くささがこの物語を面白くさせるのだろう。
いくつか心に深く残ったシーンを挙げてみる。
沖縄出身の新聞記者の大城冬実(おおしろふゆみ)が瑞穂(みずほ)に語るシーン。

「いないのよ。基地があった方がいいなんて、本気で思ってる人が沖縄にいるはずないでしょう。ウチの父だって──自分は死ぬまでここで基地と生きていくしかない。でも、お前は冬のある平凡な土地で生きていけ。そう言いたくて『冬美』って名前を付けたんだと思う。・・こんな話わからないよね。本土の人には」

僕は何も知らずに生きているのだと思った。
瑞穂(みずほ)と同僚の三浦真奈美(みうらまなみ)が瑞穂に語るシーン

「だって、人間ってそうじゃないですか。頑張ってる人を見て勇気をもらうとか言うけど、そんなの嘘で、ホントは頑張ってない人とか、頑張りたいのに頑張れない人とか見て、ああ、よかったって安心したり、ざまあみろって思ったり、そういうの励みに生きてるじゃないですか」

言葉にする人は少ないが、誰の心の中にもそういう部分はある、と思った。
そのほかにも瑞穂(みずほ)の絵を描くことに対する姿勢や、人を見る目は大いに刺激を与えてくれた。
物語の中では「男性社会」が根強く残っている警察を取り上げているが、一般の社会でも警察ほどではないにしろ「男性社会」は残っている。
この問題は当分解決しないのだろう。少なくともこの問題が解決するまでは男性が女性を守ってやるべきなのかな。(解決しても?)
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「鎖」乃南アサ

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
第115回直木賞受賞作品の「凍える牙」で活躍した音道貴子(おとみちたかこ)刑事が登場すると知って、この本を手に取った。
占い師夫婦とその信者2名の計4人が殺害された事件に関わったことによって、音道貴子(おとみちたかこ)自らも大きな犯罪に巻き込まれていく。
物語の冒頭で貴子(たかこ)が同僚の男を見て感じる言葉が印象的だ。

男という生き物は、いったいいつから少年でなくなるのだろう。少年どころか、青年の面影すら残さずに中年になっている男は、いつからすべてを捨てているのだろうか。

前半は貴子(たかこ)の過酷さの中でもポジティブに物を考える姿勢が好意的に移る。そして、後半は自分だけは助かりたいという弱い心と人を助けようという使命感。その二つを行き来する貴子の心の描写がに引き込まれる。
また、犯罪に走った犯人たちの心にも共感できる部分があり、それもまたこの物語を引き立ててくれて、単純な犯罪小説には終わらせない。特に、自身の不幸から犯罪に加担せざるを得なかった中田加恵子(なかたかえこ)の人生は、「同情」などという表現で片付くはずもない。そして、今の世の中、彼女のような人間が現実に存在しても決しておかしくないということを訴えかける。
貴子の友人がぼやく言葉が心に残る。

この世の中っていうのはただ息してくらしてるっていうだけで、金がかかるように出来ているのよ。やれ税金だ、保険料だ、年金に、受信料だなんたって。

松岡圭輔の書く岬美由紀(みさきみゆき)、内田康夫の書く(浅見光彦)。彼らと同じくらい音道貴子(おとみちたかこ)は芯のしっかり通った人間で、彼女の存在はこの「鎖」によって僕の中で一段と大きくなった。彼らが架空の人物だということは知っていてもである。
乃南アサにはもっと音道貴子(おとみちたかこ)シリーズを書いてほしい、そしてその後の彼女を知りたいと思った。

Nシステム
警察によって路上に設置された監視カメラ。正式名称は「赤外線自動車ナンバー自動読取装置」と言う。その数は、全国の公道上に600個所以上設置されており、類似したシステムである「オービス」が違反車両だけを撮影するのに対し、Nシステムは、通過した全車両、全ドライバーの移動を記録している。
参考サイト:http://www.npkai-ngo.com/N-Killer/01whats-nsys.html
ストックホルムシンドローム(ストックホルム症候群)
被害者が犯人に、必要以上の同情や連帯感、好意などをもってしまうこと。
1973年にストックホルムの銀行を強盗が襲い、1週間後事件が解決した後、人質の1人であった女性が、犯人グループの一人と結婚してしまったことから由来する。
参考サイト:http//www.angelfire.com/in/ptsdinfo/crime/crm3gsto.html
武蔵村山市
埼玉県との県境にある新興住宅地。鉄道も幹線道路も通っておらず、桐野夏生の「OUT」でも舞台になっている。

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「刹那に似てせつなく」唯川恵

オススメ度 ★★★★☆ 4/5
人を殺して警察に追われる身となった並木響子(なみききょうこ)42才と、暴力団に追われる道田(みちだ)ユミ19才の二人は偶然の出会いから一緒に逃亡をすることになった。とそんな唯川恵らしくないストーリーが展開していく。
非日常的な2人の行動が普段の生活では感じない多くのことを考えさせてくれる。特に、ユミのひねくれながらも本質を見極めた物事の感じ方が印象的である。

言っておくけど、この国のやつらはみんな貧乏だよ。モノがいっぱいあるってことは何もないことと同じなの。シャネルもグッチもプラダもあるのに、そこら辺で売っている安物の財布を持てる?

また、登場人物の一人である弁護士の皆川久美子(みながわくみこ)が響子(きょうこ)に向けて言う言葉も心に残る

このまま引き下がってはますますそういう男をのさばらすばかりです。弁護士らしくない発言だと言われてしまいそうですが、判決だけが目的ではない戦いがあってもいいのではないかと思っています。

最後の「解説」のページで書評家が、「この本は『買い』だ」と書いている。激しく同意する。特に古本屋で250円で買った僕にとっては。250円では十分すぎるくらい僕の心に変化を与えてくれた。


蛇頭(じゃとう)
中国から日本や米国等の外国への密入国をビジネスとして行う密航請負組織のこと。欧米では「スネークヘッド」と呼ばれる。
じゃぱゆきさん
歌手・ダンサー等の資格を持って日本に入国し、実際にはクラブ・パブ等でホステスとして働いた(働かされた)経験を持つフィリピーナのこと
からゆきさん
明治、大正、昭和のはじめに貧しさのために東南アジアの娼館に売られていった女性たちのこと

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